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第98話 彼と彼女の特別な一日はまだ終わらない

 彫られている英文がわからなかった春陽は雪愛に意味を訊いたのだが、雪愛は内緒、と言って答えてくれなかった。

 後に、自分で調べたところ、意味を知った春陽は手で顔を覆い、しばらく動けなくなった。嬉しいやら気恥ずかしいやら、といった感じだ。ただ雪愛への愛しさが膨れ上がったのは間違いない。


 春陽ももらったネックレスをつける。

「どうだ?」

「うん!すごく似合ってる!」

 雪愛の望んでいた通り、春陽は肌身離さずこのネックレスをつけ続ける。

 二人のプレゼント交換も終わり、デザートを食べ終えた二人は店を後にした。


 外に出ると、辺りは暗くなっており、イルミネーションが華やかに街を彩る。

 何百メートルも続く幻想的な光のトンネルを二人は身を寄せ合い進んでいく。

 その幻想的な光景に静謐な雰囲気が漂っており、大きな声を出す人もおらず、街の喧騒が遠くに感じるほどだ。

 周囲もカップルだらけで、皆思い思いにクリスマスイブを楽しんでいる。


 その先は広場になっており、数百個というオーナメントを装飾した十メートルはあろうかという巨大なクリスマスツリーがあった。

 そのクリスマスツリーを中心にして周囲もイルミネーションで彩られている。

 ある催しの時間までこの辺りを見ている予定だ。


 手を繋いでイルミネーションを見て回っていると、不意に雪愛が春陽の腕に強く抱きついた。春陽は雪愛を見ると、心配そうに顔を覗き込むようにして問いかける。

「どうかしたか?」

 最初のうちは実に楽しそうにしていた雪愛だったが、今は何か不安げな表情をしていたのだ。

「うん……。私達、来年はどうなるのかなって、急に考えちゃって……。来年は受験もあるし、クラスだって同じになれるかわからなくて……。今がすごく幸せだからそれを考えたら何だか急に不安になっちゃって……。ごめんね、いきなり変なこと言って……」

「いや、それはいいんだけど……」

 春陽はどうして今、雪愛が急にそんな不安に襲われたのか、その理由が気になった。

 デート中ここまでそんな素振りはなかったからだ。

 春陽は辺りを見回し、ベンチを見つけるとそこに誘導し、二人は並んで腰掛ける。

「何か不安にさせるようなことしちゃったか?」

 春陽が気遣いながらそう訊くと、雪愛は、ううん、と首を横に振った。

 そして、意を決したように話し始めた。

「……春陽くんは、私のこと恨んでない?」

「っ!?どうしてそんなこと?」

 意味がわからない春陽は慌てるが、雪愛の目には涙が溜まっていく。

 言葉にするのが、それに対する春陽の反応が、それほど怖いのだ。それでも雪愛は言葉にした。

「……小学生のとき、春陽くんがご飯を食べれなくて入院することになったのは私に髪留めをプレゼントしたから、だよね?そのせいで春陽くんのお家は……。春陽くんは当時のことを思い出してもこのことだけは言おうとしなかったよね?それは春陽くんの中で蟠りがあるからなのかなって……」

「っ!?」

 雪愛の不安はこれだった。

 雪愛はとうに気づいていたのだ。

 自分に髪留めを買ったことが橘家の終わりの始まりである春陽の入院の原因となったことを。

 春陽に優しくされればされるほど、そのことを春陽はどう思っているのだろうと考えてしまって。

 自分が大切な思い出だと言ってしまったせいで、春陽は何も言えなくなってしまっただけで、本当は後悔していたりするのだろうか、と。

 いつもそこまで考えては怖くなり、考えるのを止めていた。


 春陽は自分にこうしてほしいとかそれは嫌だとか要望や意見を言うことはほとんどない。

 逆に、雪愛の要望や意見は何でも受け入れてくれる。それはとても嬉しいけど……。

 それがまた、春陽が本音を言わないようにしているんじゃないかという不安を雪愛の中に生んでいた。

 けれど、そんな不安に蓋をして日常を過ごしてきた。


 そして先ほど、こうして素敵な誕生日を春陽がくれて、幸せに満たされていた雪愛はふと来年以降のことが不安になってしまったのだ。

 来年以降も春陽とこんな風に過ごせるのだろうか、と。

 いつか、自分への不満が溜まりに溜まって耐えられなくなって、離れていってしまうのではないか、と。

 そんなのは嫌で思わず春陽の腕をぎゅっと抱きしめてしまった。


 雪愛の言葉を聴き、春陽は沙織の言葉を思い出した。

 雪愛は必ず気づく、と。

 本当にその通りだった。

 自分の浅はかな考えなど簡単に飛び越えてくる。

 だが、それなら自分もあのとき沙織に言った言葉を実行するだけだ。

 春陽は雪愛に自分の気持ちを伝える。


「悪かった!けどそうじゃないんだ。雪愛、聞いてくれ。言わなかったのは雪愛に余計な負い目を感じてほしくなかったから。ただそれだけなんだ。でもそれが逆に雪愛の負担になっちゃってたんだよな。本当にごめん。俺は、髪留めを買ったことに後悔なんてない。例えその後何が起こるかわかっていても、俺は同じように雪愛に髪留めを贈る。ついこの間まで忘れておいて何言ってんだって感じかもしれないけど、あの日雪愛に出会えたことは俺にとっても大切な思い出なんだ」

「春陽、くん……」

 涙が静かに頬を伝う。

 けれどそれは悲しみの涙ではない。

 こうして二人の間にあった最後の隠し事が無くなった。

 春陽はさらに正直な気持ちを伝える。ちょっと躊躇いがあるがここは伝えるところだと奮起する。

「……俺はあの日、ゆーちゃんに初めての恋をした……。今も昔も変わらない。ただ、好きな人に笑顔でいてほしい、それだけなんだ」

「っ、————」

 それが、雪愛に対して、昔だけでなく、今にも通ずる春陽の根幹。

 言ったそばから猛烈な気恥ずかしさが春陽を襲う。海で告白したときよりもドキドキしているかもしれない。

 けれどこの間大地に対して自分で言ったばかりだ。

 相手に伝わってほしいことは言動で示さなければいけない。


 春陽の言葉に雪愛は堪らず春陽に抱きついた。

(春陽くん!春陽くん!春陽くん!)

 嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい――――。

 雪愛の心の中は春陽のことでいっぱいになっていた。


 春陽も抱きしめ返す。そして伝えてよかったと思った。

 雪愛を不安にしてしまったのは自分の落ち度だ。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 それに、将来のことに不安があるのは何も雪愛だけではない。

 自分達はまだ高校生で、雪愛の言う通りクラス替えや受験はもちろん、これからもまだまだ色々なことが待ち受けているだろう。

 だが、春陽だって今の幸せがずっと続いてほしいと願っているのだ。

 それを形として伝えるためのものがコートのポケットに入っている。

 春陽が用意していたもう一つのプレゼント。

 先ほど雪愛に渡したのが誕生日プレゼントだとすれば、こちらはクリスマスプレゼントということになるだろうか。

 ただ、渡すかどうかの迷いが拭えなくて渡せずにいたもの。

 重いと思われないだろうか、とか色々考えてしまっていたが、それは保身の類なのだろう。

 だって渡したいと思ったからこそ、こうして持っているのだから。


 渡すなら今しかない、と春陽は覚悟を決めた。

 雪愛の背をポンポンとして、肩に手をやり、一度身体を離す。

「雪愛に渡したいものがあるんだ」

「?なあに?」

 春陽がポケットから取り出したのは手の平サイズのリボンのついた化粧箱。

「一応、クリスマスプレゼントってことになるのかな」

 雪愛は驚きに目を大きくする。

 レストランでプレゼントをもらったばかりだ。別にもう一つ用意されているなんて誰が思うだろうか。

 あのとき、春陽が誕生日プレゼントとしてくれたものはてっきりクリスマスプレゼントも兼ねているんだと思っていた。

 春陽が化粧箱を開けると中に入っていたのはリングケース。

 その蓋も開くと中にはシルバーのペアリングが入っていた。


 雪愛の心臓がトクンと大きく鳴る。

 こんなサプライズはずるい、と心のどこかが訴えてくる。

 春陽はいつもそうだ。

 自分の不安なんて簡単に吹き飛ばしてしまう。

 そして幸せを運んでくるのだ。

 心がぽかぽかとした温かさを通り越して、まるで燃えているように熱くなる。

「俺も雪愛とずっと一緒にいたい。その証って訳じゃないんだけど……。雪愛にそれを伝えたくて」

 涙が止めどなく流れる。

 嬉し涙というものは簡単に止まってくれない。

「受け取ってもらえるかな?」

 雪愛はこくんと頷く。

 それを見た春陽はそっと雪愛の左手を手に取り、その薬指に指輪を嵌めた。

 雪愛はその様子を放心したようにずっと見ていた。

 指輪のついた自分の手を見つめる。

 が、そこで雪愛は我に返った。

 リングケースに残った指輪を手に取ると、春陽がしてくれたのと同じように春陽の左手を手に取り、そっと薬指に指輪を嵌めた。


 そして、二人の目が合う。自然と口元に笑みが浮かぶ。

 二人は心から幸せだと言わんばかりに笑い合うのだった。

 雪愛の涙は本人も気づかないうちに止まっていた。


 いよいよ時間が近づいてきたので、二人はツリーのある広場に戻る。

 そこにはすでに大勢の人がいて、今か今かとそのときを待ちわびていた。

 二人も人の中に混ざって寄り添いながら始まるのを待つ。

 雪愛の右手は春陽のコートのポケットの中だ。

 その中で二人の手はしっかりと繋がれている。


 そしてアナウンスがあり、ついに始まった。

 次々に打ち上げられる花火。

 これが春陽達が待っていた催し物だ。

 冬の、しかもクリスマスに花火が見られるのはこの辺りではここだけだ。

 だから毎年大勢の人が集まる。


 花火を見ていると、雪愛が左手を翳した。

 花火の光に照らされて、指輪がキラキラと輝いている。

 それを満たされた笑みで見つめる雪愛。

 春陽はそんな雪愛に自分の気持ちをさらに伝える。

「なあ、雪愛。何年先になるかわからないけど……、いつかさ、本物をつけよう?」

「っ、それって……」

 一瞬呼吸も忘れてしまいそうなほど驚いた雪愛が顔を春陽に向ける。

 春陽も雪愛を見つめていた。

「どうかな?」

「うん!つける!約束だよ?」

「ああ」


 空気の澄んだ夜空に上がる冬の花火はとても綺麗だった。


 花火を見終え、二人は最寄り駅まで戻ってきた。

 このまま雪愛の家まで送っていけば今日のデートもお終いだ。

 二人の間に一抹の寂しさが過る。

 だが、今日の春陽は今までと違った。

「雪愛。……今日はもっと一緒にいたい……」

「うん、私も。もっと一緒にいたい」

 勇気を振り絞った春陽の言葉は突然だったのにもかかわらず、雪愛の答えはすぐに返された。

 二人とも気持ちは同じだったようだ。

 雪愛は沙織に今日は帰らないとメッセージを送る。

 すると返事はすぐに返ってきた。

 そのメッセージを見て雪愛が「なっ!?」と声を上げ、顔を赤くする。

「どうした?」

 雪愛の反応に首を傾げながらも、やはりダメだと言われたのだろうか、と思いながら春陽が訊く。

「ううん!何でもないの!大丈夫だったよ」

 沙織の返信は短く、確かに雪愛のお泊りを認めるものだった。だったのだが、言い方が直接的だったのだ。

(母さんのバカ!)


 それから二人は春陽の部屋へと向かった。

 雪愛は期待や喜び、未知のことに対する小さな不安や恐怖といった様々な感情で緊張してしまっているようだ。春陽のところに泊まる、それが何を意味しているかわかっているから。

 一方、春陽も自分から誘ったわけだが、緊張していた。

 それでも時間は刻一刻と過ぎていき、足はずっと動かしている訳で、ついにアパートに辿り着く。

 春陽の部屋の扉を開け、中へと入っていく二人。


 その夜、春陽と雪愛は結ばれた。

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