喫茶【私達の。】オープン
今、私はミチルの働く喫茶店に居る。ミチルに会いに来たのではない。店員として働いている……いや、働かされている。
私とミチルがめでたく結ばれた結婚式が終わった直後、店長さんはとんでもない事を言い出したのだ。それは私達の衣装や化粧、送迎の乗り物、大した売上もない店の使用料、その全ての代金を私達に請求してきたのだ。
その返済で私も喫茶店で働く事になった。借金は決して返せない額ではない。だが、厄介なのは1日1割という法外な利息だ。毎日、十万近く加算される利息なんてバイト程度で返せるはずがない。店長さんがこんな悪い人だったなんて思いもしなかった。
警察に相談? そんな事できるはずがない。だって、店長さんは私達の赤裸々な話をいろいろ知っている。きっと、下手な事をしたら公に実名で暴露されるだろう。
しかも借金の返済方法だが、一括返済しか認めないときた。そのおかげではあるが、バイト代から引かれず自分の生活に支障はない。でも、こんな悪行に泣き寝入りする私ではない。ありったけの感情を乗せ店長さんに罵声を浴びせた。
「ありがとうございます♪」
この私の迂闊な一言のせいで店長さんは私達に店を任せると言い出した。しばらくは店長さんが経営に必要な事を最低限は教えてくれるって言ってたけど、私は確信している。店を正式に引き継いだ途端に店の借金を押し付ける気だ。こんな大事な事を私だけで決める訳にはいかないので、ミチルと先輩に相談した。
慎重に慎重を重ね私達に不利益はないか法律の本を読もうかと思ったが、先輩がこの話に本格参戦する事が決まり法律の勉強はやめた。だって、先輩が居れば怖いものナシだし、ミチルが居れば生きていける。私は無敵だ。
だから、私達三人はこの極悪非道の店長さんに立ち向かう事にした。
「よろしくお願いします♪」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
これが私達の宣戦布告の言葉だ。
先輩も喫茶店で働く事になったが、先輩は接客未経験。おかしな事に先輩より先に働いていた私もまだ接客した事がない。ここは古株バイトリーダーのミチルに教えを請う事になった。
ある程度、ミチルから接客とコーヒーの淹れ方を教えてもらい、店長さんを客に見立てて実践する事に。
店長さんの私への評価だが、なんと! 接客は満点だった。でも、コーヒーは40点……これは私が勝手にコーヒーにミルクと砂糖を入れてから出したのが原因だった。だって、世の中、ブラックを平然と飲める人の方がおかしいというのが私の中の常識だ。
次に先輩だが、コーヒーは95点だった。さすがは先輩。でも、接客は悩みに悩んで出した点数が85点。店長さん曰く、ツンデレ喫茶なら輝ける。先輩はそういう顔立ちなのだそうだ。
一応、ミチルも店長さんの接客をする事になった。コーヒーは先輩と同じ95点。だが、接客が70点という微妙な点数。店長さんが助言し再挑戦するも前回より低い点数、その後、何度か挑戦するが、その度、点数が下がっていった。
そして、店を引き継ぐ上で新しい店の名前を決める事になり、三人で話し合った結果、【私達の】という名前で仮決定。
それを店長さんに報告したら店長さんは爆笑していた。何が面白かったのか理解できない。その店長さんは“私達の”の後に“。”を付ける事を提案した。三人で話し合い【私達の】から【私達の。】に最終決定。私的にも“。”を付ける事で可愛さを感じる。さすが文字を扱う仕事をしていただけはあると店長さんを見直した。
それから、私達は喫茶店の経営を引き継ぎ、遂にオープン初日。私達三人は店の前に立っていた。感慨深いが、店の看板を見るとため息が出る。看板には【私達の。】と新しい看板が掲げられている。だが、その看板を発注した費用はまた私達の借金に加算されてしまったからだ。私達は店長さんには逆らえないと悟りコーヒー飲み放題を永久的にサービスする事を決めた。
「いよいよ、私達の店がオープンだね♪」
「そうだね、サキ。緊張してる?」
「ううん、ワクワクだよ♪先輩は?」
「私も同じよ!早く入りましょう」
「うん♪」
私達は私達の店、【私達の。】のドアを開け足を踏み入れる。
「わ~♪なんにも変わらな~い」
「そりゃあそうよ、変えたの看板だけなんだから」
私の感想に先輩は軽くツッコみを入れた。
「サキが内装は変えたくないって言ったんだよ?」
「そうだっけ?」
ミチルの指摘にわざと惚ける。
「とりあえず、掃除始めよ♪先輩が嫌いな掃除を」
「失礼ね、嫌いなんじゃなくて面倒なだけよ」
「ふふふ、ちょっと前までは私一人で掃除してたから、今は掃除が好きだよ」
そっか、ミチルはちょっと前までは一人で店を回してたんだよね。
「じゃあ、床掃除は二人、テーブルとかの拭き掃除は一人で始めよう♪」
「私、一人は嫌だな」
「もう仕方ないなぁ、ミチルは私と一緒ね♪」
ミチルはそれとなく甘えるのが上手だなぁ。
「ちょっと!私を一人にする気?」
なんと! 先輩も私をご所望ですか! 私、困っちゃう♪
「じゃあ、先輩さんは私と一緒に床掃除ですね」
「え!なんでそうなるの~?」
「だって、私と先輩さんは一人は嫌ってちゃんと意思表示したから」
「じゃあ、私も一人はイヤ~」
埒が明かないのでグーとパーで別れる事にした。
「………なんでこうなるの?」
「床掃除始めようか、ミチル」
「はい!先輩さん」
私を置いて床掃除を始めるミチルと先輩。オープン初日からついてない。こうなったら、早く終わらせて手伝ってやる。私は黙々と拭き掃除開始。
「あれ?二人共~、こっちに何かあるよ~」
カウンターを掃除してると本を見つけた。それは片手に収まるサイズの文庫本。三冊重ねた本が三セット、合計九冊だ。
「何があるの?サキ」
「サキ、あんた寂しいからってウソ吐かないの」
二人は私の方へ。
「ウソじゃないです!ほら!」
「……ホントね。なにかしら?それに紙もあるわよ」
先輩の指摘した通り四つ折にされた紙が添えられていた。私はその紙を手に取り開いた。紙は数枚あり文字が書かれている。その紙は手紙だった。手紙の最初の文字は……
[これは君達の物語]と書いてある。
掃除中に誰かが入ってきた気配はなかった。という事は開店前から、そこにあった事になる。この店に自由に出入り出来るのは私、ミチル、先輩…………そして、店長さんだ。
「サキ、この本、もしかして!」
「書き上げたみたいね」
二人は私を見る。私のリアクションを待っている。
「出来たんだ」
思ったより感情が込み上げて来なかった。完全に忘れていたから感情が追いついてないだけなのかもしれない。
「サキ、手紙にはなんて書いてあるの?」
「え?あ、うん。読むね」
ミチルが前のめりに聞いて来るから私は手紙を読み始める。
[察しはついてると思うけど、この小説は君達をモデルにした実話だ。ようやく完成したから、これを君達の店の開店祝いとして贈らせてもらう。]
「やっぱり、そうなんだ!サキ、続きを読んで!」
ミチルにせがまれ続きを読む。
[この作品は【私の先輩。】がサキちゃん、【私の親友。】が先輩ちゃん、【私の恋人。】がミチルちゃんの視点で書いてある。だから、一人に三冊ずつだ。]
「これはそういう事なのね」
先輩は三冊重ねられた本をずらし本のタイトルを確認。
[今からこの作品を書いてる内に思った事を一人一人に伝えたいと思う。まずはミチルちゃん。]
「はい!」
手紙で名指しされたミチルは緊張気味に返事をした。
[君は恋愛に対して無頓着、無関心だった。それが、サキちゃんと出逢って君の恋愛観は一変しただろう。まさに運命の出会いだ。もしサキちゃんと出逢ってなかったら君はどうなっていたのかな? それを考えると俺の功績は大きいと思う。ミチルちゃんは俺に感謝すべきだ。]
「ふふふ、感謝してますよ。店長」
手紙相手に感謝を伝えるミチル。
[次は先輩ちゃん。先輩ちゃんはなかなかシビアな恋をしていたね。大切な人の幸福を願う君は苦労が絶えないだろう。君は大切な人の幸福が自分の幸福と思っているかもしれないが、それは正解でもあるし間違いでもある。いつか自分の幸福が何なのか見つめ直してみるのもいいかもしれない。それは苦しい自問自答になるかもしれない。もし新しい恋に踏み出したくなったら、俺が相手として立候補するよ。]
「お断りします」
手紙越しに店長さんは振られてしまった。
[そして、サキちゃん。君はこの作品の主役だ。三冊とも別々の視点だけど、その中心に居るのは君なんだ。君の物語を書いてる時、俺は思ったんだ。君は幸運の女神に愛されてるんじゃないかって。君の恋愛事情を知っても距離を置かず変わらず見守ってくれる先輩ちゃん。恋愛に無関心だったミチルちゃんは今では君の人生のパートナーだ。片方だけでも難しいのに君は両方とも手に入れた。ご都合主義な展開は俺の趣味じゃないけど、これは君の実話だから仕方ない。君のその幸運を俺にも分けて欲しい。今度、一緒にパチンコ行かないかい?]
「ふふ、考えておきます♪」
[そして、今からサキちゃんとミチルちゃんにとって重要な話をする。この本は結婚式の出来事まで書いてある。加えて実話だ。何が言いたいかと言うと、この本はサキちゃんとミチルちゃんの結婚証明書という事だ。国が認めなくてもこの本が君達の結婚を証明する。しばらくすると、この本は一般の書店に並ぶ事になる。俺は業界にコネがあるからドラマ化だって実現するだろう。そうすれば、国が認めなくても日本中の人が君達の結婚を認識してくれる。 改めて、おめでとう]
「ありがとうございます♪」
「ありがとうございます!」
私とミチルは手紙相手にお礼を言った。
[そして、最後に君達に贈るこの本は製品版とは少し違う。ファンなら高値で買うだろう。だけど、売らないでくれよ?]
「売らないです!ね?ミチル、先輩」
「うん、売らない、絶対」
「当たり前よ!特別仕様の先生の本を売るわけないでしょ!」
「先輩は店長さんのファンだもんね~、付き合っちゃえば~」
先輩は時々、店長さんを先生と呼ぶ。そんな先輩を私はからかう。
「イヤよ!それはそれ、これはこれなんだから」
断固拒否する先輩。
「それにしても店長の手紙、なんていうか粋ですね」
「うん、心に沁みた」
ミチルの意見に私も同意。結婚証明書かぁ、本当に小説を書いてもらってよかった。
ところで店長さんはなぜオープン初日にも立ち会わずにこのような形で私達に贈り物をする事になったのかだけど、ミチルが言うにはパチンコの最新台の稼働日で負けられない抽選があったらしい。私的にはそれは建前なんじゃないかと思っている。
「ねぇ!今、この本読まない?」
私は二人に提案した。
「でも、いま営業中だよ?」
「いいんじゃない?客が来たら中断すればいいんだし」
先輩と違いミチルはホント真面目だなぁ。よし、説得しよう。
「ミチル、おねがぁい」
「わかったよー」
ミチルの説得もしたし私達は自然と各々、好きな場所で読書を始める。私は最初に【私の親友。】を読み始めた。これは先輩の話だ。読んでいて辛い場面が多かった。
読み終わると私の座るテーブルにコーヒーとトーストが置いてあった。ミチルか先輩が置いたのだろう。それに気づかないほど私は集中していた。
トーストを食べてから、コーヒー片手に読書を再開。次は【私の恋人。】を読む。ミチルがどれほど私が好きなのかがわかった。それとミチルがチョロい原因も。私の手にそんな力があったなんて知らなかった。
【私の恋人。】を読み終えた私は窓の外を見る。
「もう……夜」
外は暗くなり街灯の光があちらこちらに。こんなに長い時間、読書してたんだ。客が来なかったからってのもあるのかな。あ、でも、これからは客が来ないと困る。明日からは頑張らなきゃ!
「サキ、まだ読む?」
「ううん」
ミチルの問いに私は答えた。二人の話は読んだ。残りは私のだけだけど、それは今度でいい。それより今は感想を語り合いたい。
「先輩は?」
「私も自分の以外は読み終わったからいいわ」
先輩も私と同じように自分の以外を読んでいたらしい。先輩の顔をよく見ると目が充血してる。
「ねぇねぇ!感想聞かせて!」
私がこの本を書いた訳ではないけど、どうしても聞きたい。
「いいけど、サキ、あんたも話なさいよ?ミチルも」
「うん♪」
「ちょっと、恥ずかしいけど」
ミチルも恥ずかしそうに参加する。
「サキ、ホントあんたは何をするかわからなくて放っておけないわ」
「ホントだよ、私にいきなりキスした時、あんな事思ってたなんて。無鉄砲っていうか」
先輩が口火を切って喋り出し、ミチルはそれに追従する。
「えへへ♪でも、ミチルは私の手に弱いんだね~、今度から何かお願いする時はたくさん手を握ってあげるね♪」
「そんな風に利用する事を知ってれば、もう簡単には堕ちないよ」
ミチルはそう言うが、たぶんこれからもチョロいままだと思う。
「先輩は……」
「先輩さん……」
私とミチルは悲しそうに先輩を見つめる。
「な、なによ?」
「だって、先輩の話が辛くて」
「あんた、ちゃんと読んだんでしょうね?私は十分、幸せよ!」
「うん、わかった」
私は変わらず悲しそうに先輩を見つめる。
「だから、その顔やめなさい!ミチルもなんとか言って……」
「先輩さん……」
ミチルも私と同じように先輩を見つめる。
「あんたもやめなさいよ!もう!私は幸せよーーー!」
「ぷっ、ふふふ♪ごめんなさい。ふざけすぎました」
「先輩さん……痛々しい」
私は途中からわざとだったけど、ミチルは今も同情中。
「私はし・あ・わ・せ・よ!」
「イタッ!」
先輩のデコピンがミチルの額に直撃。それがキッカケだったのかはわからないが、三人で笑い合っていた。たぶん、この短い時間で話しきれない感想が沢山ある。私達は言葉のプロじゃないから、その笑いで伝えきれない感想を伝え合っていたのかもしれない。
私は店長さんから贈られた本で私の知らないミチルの事、先輩の事を知る事が出来た。私はミチルから先輩から勇気を貰っていたけど、それは二人も同じだった。
ありがとう、二人共。これからも私に勇気を頂戴。私も二人に勇気を与えるから。
皆さんは店長の事をどう思いました? 悪い人? 良い人? そして、サキちゃんは借金を完済出来るのか? まぁ、そこは気にしなくていいか(ノ´∀`*) でも、店長の存在意義は今回、大きかったと思います。なかなか良いキャラです。次はエピローグです。 それでは