結婚式
結婚式の当日。11時頃、私は式場の喫茶店ではなく別の場所に居た。マリッジブルーで逃げ出した訳ではない。今は化粧の真っ最中なのだ。そして、いま私が居るのはウエディングドレスのレンタル専門店の一室だ。その道のプロ達が私の髪を顔を別物へと変えていく。これぐらいのサポートは店として普通なのだろうか、それともオプション、それとも店長さんが別で手配したのかな?
「出来上がりましたよ」
考えに耽っていると私の顔をあれこれイジッていた女性が微笑みながら話しかける。私は正面を見るとウエディングドレスを着た私じゃない誰かが居た。その誰かは私を見つめている。私もその誰かを見つめる。
ふとその誰かの隣に視線を移すと女性が微笑み立っている。不思議だ。その微笑む女性は私の隣にも居るのだから。ああ、そうか、双子の姉妹なんだな。でも、私と赤の他人をわざわざ向い合わせで化粧する意味はあるんだろうか。
「お綺麗ですよ」
私の隣の女性はそう言うと、向かい側の双子の女性も同時に口を動かした。なぜか向かい側の女性は口を動かすだけで声を発していない。ホントに不思議だ。
「お客様?ご不満でしたか?」
女性は私の顔を覗き込んできた。
「え!?あ、え?」
「ふふふ、目の前に映ってるのはお客様ですよ」
目の前に……映ってる? だって、この人、私じゃないよ。私は片手を顔の高さまで上げ手を振った。すると向かい合う誰かも同じ動きをする。目の前の誰かは私なの?
「えーーー!これ私なの!?」
普段から化粧はしているが、これは次元が違う。まるで魔法だ。さすがプロ。
「どうやったらこうなるの?ありえない!」
鏡の中のもう一人の自分に顔を近づけ細部まで私の痕跡を探す。夢なのではと頬をつねったり、顔中をペタペタ触る。
「お客様?あまりお顔を触りますと化粧が崩れてしまいます」
「どんな化粧品使ってるんだろ?それとも技術?私にも出来るのかな?」
女性の声は届かず尚も顔中を触る。
「お客様、アドバイス致しますので、それ以上は……お客様?お客様!?お客様ーーー!!」
この後、私は女性に丁寧に怒られた。しかも化粧のし直しだ。
時間を掛けて再び私の顔に魔法のような見事な化粧が完了。生涯、これを超える事はないだろう。言わば、今の私は人生の最終形体だ。
いざ出陣……といきたいが、この衣装のまま喫茶店まで歩いて行くわけにはいかない。一応、店長さんが移動手段を手配してくれてるはずだけど。
「お客様、お迎えの準備が整いました」
迎えかぁ、たぶん車だよね。案内され店の外へ出るとそこには
「リム……ジンだ」
そこに停車していたのはやたら胴長な車。間違いない、リムジンだ。初めて見た。
「どうぞ」
男性がドアを開けエスコートしてる。私は非日常のような車に足を踏み入れた。私が乗車したのを確認してからリムジンは走り出した。今から式場の喫茶店にこのリムジンで向かうのだ。窓の外を眺めると見慣れた風景も非日常に感じる。だって、馬車とすれ違ったりもしたのだから。
そして、喫茶店に到着した。私がリムジンから降りる時にも男性が私の手を取りエスコートしてくれた。この人は本物だ。何かわからないけど、その手の世界の本物だと確信した。男性はお辞儀をしてその場から動かない。店内までエスコートしてくれるかと思ったけど……もしかして、店長さんから指示でもあったのかな? それと外から見る喫茶店の雰囲気が違う事に気づいた。全ての窓のカーテンが閉まっているのだ。店長さんの気遣いなのだろうか?
そう思いながら私は喫茶店の………式場のドアを開ける。
「サキ?」
私の名前を呼ぶ声が聞こえた。その声の主は私の花嫁のミチルだ。そして、店のドアが完全に閉まると外からエンジン音が聞こえ車が走り出す音も聞こえた。リムジンが去っていったのだろう。私が見えなくなるまで見送りしていた男性はやはりその手の世界のプロだ。
おっと、そんな事より
「ミチル♪」
「おっとっと、せっかくの結婚式なんだから、まだ二人共、接触は禁止ね」
私とミチルの間に店長さんが割って入った。それもそうだ。今、イチャついてしまったら誓いのキスが軽いものになってしまう。それにしてもミチルの白無垢姿、凄い破壊力。今は顔に掛かったベールのおかげでなんとか耐えられてるけど、それが無くなったら直視できるだろうか。でも、早くミチルの顔をちゃんと見たい。早く、早く……
「結婚式、始めましょう!」
私は逸る気持ちを抑えきれず式の開始を提案。しかし……
「サキ、先輩さんがまだ来てないんだ」
先輩……ミチルに夢中で唯一の参列者の先輩を忘れてた。周りを見回すが見える範囲に先輩の姿は無かった。さてはサプライズってやつですね。
「せんぱ~い?」
私は先輩の捜索活動を開始した。店の隅、カウンター裏、トイレ。だが、見つからなかった。
「サキ、どうする?」
「待つ!」
その判断に迷いはない。先輩が居なきゃ意味がない。私達を祝福してくれる人は絶対に必要だ。一応、店長さんも祝福してくれるだろうけど、先輩の祝福とは天と地の差があるだろう、間違いない。幸いな事に今は12時50分。結婚式の開始予定時間は13時だから問題ない。とりあえず、私達は先輩が来るのを待つ事にした。
13時10分、先輩はまだ来ない。どうしたんだろう? まさか、ドタキャン? いやいや、先輩に限ってありえない。だって、親友の私の結婚式だよ? うーん、考えられる理由は……
「サキ、先輩さんに何かあったんじゃ……」
ミチルが不安そうに私の顔を見て言った。考えないようにしてたけど、ミチルの一言で私の不安が増していく。
「そうだ、電話してみよ!」
「サキ、スマホ持ってる?」
「うん、えーと……」
私は現代人だ。スマホが常に手元にないとソワソワしてしまうくらい現代人らしい現代人だ。だから、当然、持って……
「あーーー!服と一緒だ」
「私も」
私のスマホ、ミチルのもらしいが、着替える前の服に入れっぱなしだ。そして、その服はレンタル店に預けてある。
「どうしよう、どうしよう、ミチル!?」
スマホが手元に無い事で不安が倍増、ミチルに助けを求める。
「落ち着いて!サキ。店の電話を使おう」
「そっか、ナイスアイデア………」
店の電話を使おうとしたが、私は動けなかった。
「サキ?もしかして」
「番号覚えてな~い」
やはり、私は現代人だ。スマホの便利さの弊害でもある。
「俺のケータイ使う?先輩ちゃんの番号登録してあるよ」
「貸してください!」
店長さんの手から奪い取るようにスマホを受け取った。一刻も早く先輩の安否確認をしなくては。
プルルルルルル プルルルルルル
『もしもし、店長さん?いまはちょっと……』
「先輩!私です!」
『サキ!?ごめん、ちょっと遅れる!』
プープープー
電話が切れた。遅れるって言ってた。とりあえずは無事みたい。でも、ちょっと息を切らしてた気がする。何があったんだろう。
「サキ、先輩さんは大丈夫?」
「うん、遅れるって言ってた」
一応、先輩の安否確認も出来たし再び先輩の到着を待つ。
13時25分、先輩はホントに来てくれるよね。不安だ、何か別のこと考えよう。
今日、結婚式の後、私とミチルはどうするんだろう。私達、同棲してないし……私がミチルの家に行って、ミチルが私の家に来るってのも悪くない。そして、結婚初夜………どうしてやろうか…………じゃない!
えーと、えーと……結婚式で起きるドラマチックなイベントといえば、やっぱり、あれだ。「ちょっと待ったー!」ってやつ。先輩、やってくれないかなぁ、そんでもって私を連れ去って、でもでも、私は先輩もミチルも好きで、だから、三人で結婚しちゃったりして、めでたしめでたし♪ なんてね。
バタンッ
「ちょっと待ったー!」
出入口のドアが勢いよく開くと同時に制止を求める声が響き渡った。
「先輩!?」
制止を求めた人物は先輩だった。ウソでしょ、私の妄想が現実になっちゃうの?
「あれ?まだ始まってない?」
「大丈夫です。まだ始まってません。先輩さんを待ってたんですから」
「よかったーーー」
ミチルの言葉で先輩は安堵。なんだ、まだ始めないでって意味の「ちょっと待ったー!」だったのか。ワクワ……ドキド……ヒヤヒヤした。
「先輩、遅いです!先輩に祝福してもらえないと意味ないんですよ!」
「ごめん、ごめん。ちょっと、いろいろあって。それとミオちゃんからサキに伝言」
「なんですか?」
ミオさんから伝言? なんだろう?
「『私、怒ってます!』だそうよ」
「え?なんですかそれ?」
私、ミオさんを怒らすような事したっけ? 心当たりない。
「まぁ、いいわ。サキ、あんた達の結婚式を始めましょう」
「はい♪」
ようやく、ようやくだ。重要なキャストが揃い遂に結婚式が始まる。
私とミチルはカウンター前で向かい合う。店長さんはカウンター裏へ行き牧師役を務める。先輩は最前列……といってもイスやテーブルは移動させてないので私達に一番近いイスに座り私達を見守る。
「では、始めますよ」
「はい」
「はい」
真剣な雰囲気の店長さん。私達もそれに応える。
「サキ、汝は健やかな時も病める時も新婦ミチルの事を支え……」
「ぷっ、くふふふ」
「サキ!笑っちゃダメだよ!」
ミチルに注意されちゃった。
「ごめ……ぷっ」
笑いを堪えられそうにない。
「あー、やめやめ!こんな堅苦しいの俺にはムリ!」
「ほら、サキのせいで店長、怒っちゃった」
「店長さん、ごめ~ん。店長さんの話しやすいようにしていいから続けて~」
「オーケー、オーケー」
仕切り直しだ。店長さんは私を見る。
「サキちゃん、君はミチルちゃんを信じ愛し悲しんでいる時には手を握り寄り添う事を誓いますか?」
「はい♪」
店長さんは私の意思を確認したら次はミチルを見る。
「ミチルちゃん、君はその胸の鼓動を大事にし疑わず迷わず愛し続ける事を誓いますか?」
「はい!」
ミチルの意思も確認した店長さんは次に先輩の方を見る。
「先輩ちゃん、サキちゃんはいま辛い道を進もうとしてる。君にもたくさん迷惑をかけるだろう。それでも変わらず親友であり続ける事を誓いますか?」
「もちろん!」
突然の店長さんのアドリブに先輩は迷う事なく応えた。
「それじゃあ、サキちゃんから、ミチルちゃん、誓いのキスを」
遂にここまで来た。結婚式の最大の見せ場。ミチルは私の顔に掛かるベールを上げる。ようやくベール越しではないミチルの顔が見れる。
ミチル、凄く綺麗。私はミチルの顔を直視できるか心配だったが、ちゃんと見れてる。見惚れている。
「サキ、いい?」
「うん」
私は目を瞑りキスをした。いつもみたいな鼻息も荒くないし、音も立てない。ただ唇と唇が触れるだけのしっとりとしたキスを。
「これで二人を夫婦として……いや、この場合はなんて言ったらいいんだ?」
「“ふうふ”でいいと思います。ただし、夫婦の婦を連続で並べて婦婦ですけど」
そう、私とミチルは花嫁と花嫁、新婦と新婦。男女が結婚して夫婦なら、女性同士が結婚しても“ふうふ”でいいじゃないか。だから、私とミチルは婦婦だ。
「それいいね!」
「でしょ~♪」
ミチルに誉められた。いま思いついた案だったけど私的にもナイスだと思う。
「じゃあ、誓いのキスを以て二人を婦婦と認めます」
「ミチル!私達、結ばれたんだよ!結婚したんだよ!」
「うん、うん」
大喜びの私に対してミチルは涙ぐみ、それを実感する。
「おめでとう、二人共」
祝福し私達の方へ歩み寄る先輩。
「先輩、祝福が足りないです!」
「もう、あんたはワガママなんだから……おめでとう!サキ!ミチル!」
「ありがとうございます♪」
「ありがとうございます!」
私のワガママにぼやきながらも受け入れ祝福してくれた。だから、私達は飛びっきりの笑顔でお礼の言葉を返した。
結婚式当日もいろいろありましたね。サキちゃんがリムジンですれ違った馬車ですが、実はあれミチルを送迎した馬車という裏設定です。先輩もミオちゃんと裏でいろいろありました。何はともあれ、これで二人は結婚しました。めでたし、めでたし♪ でも、あと少しだけお付き合いください。 それでは