その言葉が欲しかった
「………ん」
なんだろう、何か聞こえる。遠くから聞こえる何かに耳を傾ける。
「サ……ん」
声だ。なんて言ってるか、わからない。
「サキ…ん」
あと少しで聞き取れそう。
「サキさん!」
ハッキリ聞き取れた。私の名前を呼んでる。それと遠くからだと思ってた声はすぐ近くから発せられていた。
「ん、んんん……私、どうして?」
「大丈夫ですか?サキさん」
私は一人の女性に膝枕されていた。
「私、なにして?」
重い頭を起こし何があったか思い出そうとする。
「サキさん、お姉さんの部屋から飛び出して、それで」
お姉さん? 誰の事だろう? いろいろ理解できない。そういえば、最近のアニメは異世界召喚? 転生?とか流行ってるんだっけ。もしかして、私はそのブームに乗っちゃったのかな。
「あなた……は?」
「私、ミオです。ヨータくんの彼女の」
聞き覚えのある名前に私は現実に引き戻された。そして、忘れていれば楽だった事を思い出してしまい
「うっ、ううぅ、ううううぅ」
泣き出してしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
私の事を心配してくれてる。この彼女さんは先輩の恋敵なんだよね……ダメだ!そんなこと言ったら、また先輩に怒られる。
「ううううぅ」
「私に何か出来る事ありますか?」
彼女さんが私に出来ること………弟くんと別れて私と付き合って。そしたら先輩は弟くんと幸せになれるし、私はあなたに慰めてもらうから………違う! 先輩はハッキリ言った。弟くんには私みたいな窮屈な人生を送って欲しくないって。
「お姉さんとケンカしたんですよね?」
「……はい」
「もしかして、ヨータくん関係ですか?」
「なんでそれを!」
図星を突かれた。誤魔化そうと思ったが、ほぼ答えてしまったようなもんだ。
「お姉さんが怒るとしたら、ヨータくん関係くらいだと思ったので」
彼女さん、勘が鋭いのかもしれない。
「お姉さんってヨータくんのこと好きですよね」
「ちがっ、先輩は弟くんの事がラブじゃなくて……」
「ラブじゃなくて?ラブなんですよね?」
なんで、この子は自信を持って言えるの?
「……………」
誤魔化せそうにないと悟った私は黙った。昔にもこんな事あったな。懐かしい思い出……だけど、今は思い出しても虚しくなる思い出。
「やっぱり、そうなんですね」
彼女さんは私の沈黙を自分なりに解釈した。私は先輩が弟くんの事が好きな事をバラしてない……けど、私がバラしたようなもんだよね。
「なんでわかったの?」
「最初はあの二人を見て仲が良い姉弟だなって思いました。ヨータくんも恥ずかしがるけど、そう思ってます。でも、やっぱり気づきますよ。証拠とかはなかったですけど確信はありました」
彼女さん、それを知ってて、なんで何もしなかったんだろう。する必要がない? 先輩に負けない自信があるのかな?
「私、ヨータくんのこと譲りませんから!」
「え!?」
「サキさんはヨータくんとお姉さんをくっつけたいんですよね?」
「……………」
なんなの? この子、エスパーなの?
「私、お姉さんに嫉妬してるんです。会った時から……ううん、会う前からですね」
「会う……前から?」
「だって、ヨータくんったら、『良い姉ちゃんだから会ってくれない?』って言うんですよ!なんか、悔しくないですか?お姉さんがお兄さんだったら、こんな気持ちにはならなかったと思うんです!」
彼女さんは私を追いかけて来て介抱までして、こんな話をして何がしたいんだろう。まだ話が続きそうなので私は黙って話を聞く。
「でも、会ってみたらホントに良いお姉さんで更に嫉妬しました」
それは私も同意だ。姉としてだけでなく先輩としても良い先輩だ。
「そして、お姉さんがヨータくんの事を好きだと確信した時は怒りで叫びそうでした。私より長い間、近くに居るのに行動を起こしてないお姉さんを軽蔑しそうにもなりました」
軽蔑か………私はそんな風には思わなかったけど、もどかしさは感じていた。
「私は女としての魅力はお姉さんにも負けない自信があります!」
私は先輩の方が魅力的だな。
「私はお姉さんにちゃんと勝ちたいんです!だから、サキさん!」
「は、はい!?」
ひたすら一人で喋ってた彼女さんに急に名前を呼ばれ驚き返事する。
「私、お姉さんと勝負してきます!そのついでにサキさんとお姉さんを仲直りさせてみせます!」
先輩と勝負? 私と先輩を仲直り? 彼女さんは何をする気なんだろう。
「いいですね!」
「はい!」
彼女さんの圧に押され慌てて返事をした。
「期待しててください!ぶちかましてきますから♪」
彼女さんって………見た目と違って豪快なのかもしれない。
それから、数日後、スマホに先輩からメッセージが届いた。
「[今日、家に来て]か……」
気が重い。文字だけだと感情がわからないし、どんな気持ちでメッセージを送ってきたんだろう。
迷いはしたが、先輩の部屋の前まで来てしまった。数日前に彼女さんが私と先輩を仲直りさせてくれるって言ってたけど、それが成功したのだろうか? それなら一緒に立ち会って欲しかった。一人で先輩に会うのは怖い。一歩踏み出す勇気が欲しい………いつも勇気をくれてた人が今は………
「サキ?」
「せん……ぱい」
先輩の部屋の前で途方に暮れていたら部屋に居ると思っていた先輩は私と同じアパートの廊下に居た。
「よかった。買い出し行ってたから、すれ違いになるんじゃないかと心配だったんだよね。ほら、入って入って」
先輩は話ながらドアを開ける。片方の手に持ってるレジ袋にはお菓子がパンパンに詰まっている。
「お邪魔します」
私はいつも座り慣れている場所に腰を下ろすと先輩は私の正面に向き合って座った。
「サキ!この前はごめん!」
「え!?いや、その」
先輩が謝ってきた。これって、もしかして、仲直り出来る? ていうか、彼女さんは何をしたの?
「私、ヨータにちゃんと振られた」
「それって、もしかして、私のせい?」
「違う、違う!ミオちゃんに……ね」
ミオちゃん……彼女さんか。
「なんていうか、スッキリした!」
「あの、弟くんとは?」
振られたなら、その後の関係が気になる。あんなに溺愛してた弟くんとの関係性が悪い方向に変わってしまっていたら、私は先輩に顔向け出来ない。
「ヨータはヨータ。私の弟、何も変わらないわ」
「そうじゃなくて、私が聞きたいのは仲が良いままなんですか?」
「当たり前でしょ!私は最高のお姉ちゃんなんだから!」
強がってるように見えなくはないけど、それ以上に嬉しそうに見える。弟くんとの関係は変わってない。信じても良さそうだ。
「それより、ホントにごめん!」
「謝らないでください!何も考えずに……私も悪かったですから」
「いや、私の気が収まらない!」
すると先輩は買い出しで買ってきたと思われるレジ袋をテーブルの上に置く。
「これ、私の反省の気持ち!」
「いくらしたんですか?これ」
レジ袋の中のお菓子を覗き込み尋ねる。
「三千円くらい」
「ぷっ、私、三千円で機嫌を取られるんですか?」
「これしか思い浮かばなかったんだよ!じゃあ、他になにすればいい?」
「それじゃあ、先輩。私と付き合ってください。私の恋人になってください」
あの日、私は先輩に告白して振られた。それから、ミチルと出逢いミチルには二度告白した。一度目は断られ二度目はミチルの心境の変化があり成功した。あれから、だいぶ時間も経ち先輩も心境の変化があるかもしれない。不謹慎かもしれないが、弟くんに振られてるし、私もミチルに振られた。今ならあの日とは違う言葉が返ってくるかもしれない。
「ごめん」
「ですよねぇ、今がチャンスだと思ったのになぁ」
不謹慎と思ってはいるが、弟くんに振られた先輩に悲しさを感じられなかった。それなら冗談も通じると思った。あ、でも、告白自体は半分本気だ。
「バカ言わないの、あんたにはミチルがいるでしょ」
「……ミチルは私を振ったんですよ?」
「あのミチルが『ごめん』の一言で済ませるとは思えないわ。ちゃんと続きがあるはずよ。その続きをちゃんと聞いてあげなさい」
たしかに先輩の言う事にも一理ある。振られた日から今日までにミチルから何度もメッセージが届いた。着信もあったし、ほとんど使わないメールも。それに私のアパートにも訪ねて来た。でも、私は先輩との一件もありミチルとの接触を拒絶していた。
「聞かなくちゃダメですか?」
「聞くべきよ!こんなんであんたはミチルとの関係が自然消滅していいの?」
「イヤ……です」
「なら出来るわね?」
「………がんばります」
でも、その前に私はどうしても絶対に確かめなければいけない事がある。前まではそれがあったからこそ、いろんな事に前向きに取り組めた。今はそれが不安定……それを確かめなければ私は進めそうにない。だから、私は先輩に聞かなければならない。
「先輩、私は先輩にとって何ですか?」
私の求める答えが返ってくるかはわからない。あれだけ先輩を怒らせてしまったのだ。仲直りしたとはいえ、関係がリセットされててもおかしくない。
「サキ、あんたは私の親友。大事な親友よ」
これだ。この言葉が欲しかった! よかった、本当によかった! 私に勇気をくれる言葉。この言葉があれば失敗なんて怖くない。
これなら、私はミチルと向き合えるはず。
ミオちゃんの活躍で無事にサキちゃんと先輩は仲直り出来ましたね!ミオちゃんは何したんでしょうね。サキ視点だから謎です( *´艸`) 先輩から再び勇気を貰ったので次はミチルと向き合うのですが……どうなるのか。 それでは






