9.決別
静まり返った戦場にカツカツと足音が響く。
「敵の言葉は信じるな…ゴリアテ…お前言ってたよな?」
ハイドラはゆっくりとゴリアテに近付いて行く。ハイドラには傷一つなかった。
一方でゴリアテは動く気配が無くなっていた。
「『逆夢』を使えば、お前は目を瞑るんじゃないかって思ってたよ。お前が俺をよく知っているように、俺もお前の事をよく|理解して≪わかって≫いる。」
「ただ『逆夢』俺が使ったフリだと知ったら、お前はもっと怒るだろうな…」
カツカツと…ハイドラは歩みを進める。ただただゆっくりと
「さて…ゴリアテ…幸せな夢は見えたかな?」
ゴリアテのすぐ後ろにはハイドラが立つ。ゴリアテは何も出来ずに目を瞑ったままだった。
『蝕夢』
「あああああぁぁぁぁぁぁ。」
ゴリアテはあまりの痛みに地面に倒れ、もがき苦しんだ。
握っていた斧は手からすり抜けるように地面に落ちた。斧が地面に触れると同時に地面が割れた。
斧は禍々しい風と魔力を宿しているせいで、止まる事なく深く地面にめり込んでいく。
「え…」
「何が起きた?」
「分からない。」
「だがあの人間が、目を瞑ってから急に動かなくなったゴリアテ様にゆっくりと近付いて行った事しか…」
観客の兵士達は何が起きたか全く理解していなかった。ハイドラとゴリアテの2人にしか分からないやり取りだから。
「ハァハァ…一体何が起きた?」
ゴリアテは地面に倒れ、あまりの痛みに夢から覚めたようだった。痛みで転がりながらもハイドラに聞く。
「ゴリアテが目を瞑ったから、夢を見せただけだよ?お前が思い描く結末を…」
ハイドラはゴリアテに夢を見せていた。全てゴリアテが思い描く理想の未来を夢として…
「そうか…目を瞑ったあの時点で俺は負けていたのか…」
「どうしてだ?何が足りなかった?俺はお前に勝つために必死に努力して来た。けどお前は剣を抜く事すらなく、俺に勝った。」
「俺の今までの努力は一体何だったんだ?俺はお前にとっての何なんだ?」
痛みに耐えながらも、思いの丈をハイドラにぶちまける。
「正々堂々とやればゴリアテが勝つに決まっているじゃないか。嘘吐きの俺に正面から堂々と戦おうなんてダメだよ?」
ハイドラはゴリアテの顔を見る事は無かった。
「ゴリアテ…お前は強い。これまでの努力は無駄じゃない。お前の力はこれからもこの世界に必要だ。」
「慰めなんていらないんだよ。バカ野郎…」
ゴリアテは左腕で両目を覆った。自分の表情を誰にも見られたくはなかったからだ。
「ゴリアテ…」
ハイドラは言葉に詰まる。
「ゴリりん…」
心配そうなティアラがゴリアテの元に近付いて来る。ハイドラを突き飛ばし、ゴリアテとハイドラの間に割って入った。彼をハイドラから庇う様に…守る様に…
「ねぇハイドラっち…いえ、逆賊ハイドラ?あんたはこれからどうしたいの?人間を裏切って…居場所がなくなっちゃうよ?」
ティアラは悲しい表情だった。かつての仲間との決別を回避出来ないと悟ったからだ。それでもハイドラに声を掛け、呼び止めることしか彼女には出来なかった。
「俺は世界を平和にしたいだけだ。誰も悲しまなくて良い世の中を作りたいだけだ。」
「誰も悲しまない?現に私は悲しいし、きっとエクレアちゃんも悲しむ。」
ティアラは泣きそうだった。
エクレアの言葉が出た瞬間に、今まで微動だにしなかったハイドラはピクっと反応した。
「俺はエクレールを…彼女を…守るんだ。アイツが苦しまなくて済む様に…」
ハイドラは左手の拳を握る。力強く…握った拳から血がにじむほどに…
「あなたは悲しんでいるみんなから目を背けるの?見ないフリをするの?そんなの人間のすることじゃない!!」
ティアラの両目から涙が溢れだす。
「俺はあいつが…いや…みんなが泣かなくて済むようにするんだ…例え誰かの想いを踏みにじろうと…」
ハイドラは苦しそうだった。様々な葛藤の中魔王の配下になる事を決めたのだ。
その思いが揺らぐほどに、エクレールに対しての想いが彼を再び惑わせる。
「そこまでじゃ!!」
イリスの声だった。上空にはイリスと、空中に浮いたゴリアテの姿があった。
「え…ゴリりん?」
「今から勇者ハイドラの仲間のこやつを殺す。」
ゴリアテの目の前には宙に浮いた彼の斧があった。まるでこれから彼を真っ二つにするかの様に、刃をゴリアテに向けて…
「なっ…」
これにはハイドラも驚きを隠せないようだった。
「え…嫌だ。どうして?」
ティアラは泣きながらも必死にイリスに懇願する。
「助けて欲しいか?小娘よ?」
イリスはそう言いながら、ハイドラに目配せをする。
仲間を傷つけるつもりはない安心する様にと…
しかし初めてハイドラには目配せをするので、内心意味が伝わらなかったらどうしようと不安に思っていた。
「彼の代わりなら私がやる。だから彼を助けて!!」
ティアラは懇願する。
「はぁ…この小娘は話も聞けぬか?」
イリスはティアラに睨みをきかせる。
情に任せて主導権を相手には握らせない。交渉の鉄則だ。
イリスはティアラだけではなく、一般の兵士に見えるようにより高く宙へ浮いていく。
兵士達の多くがイリスを視認できる場所まで上がり、彼らに呼び掛けた。
「人間の兵士達よ。聞くが良い。」
「見ての通り、我等はこの戦場でも実力ある勇猛な戦士に無傷で勝った。これ以上戦っても、有象無象の貴様らなぞ蹂躙してしまうだけじゃ。」
その言葉で周りの兵士達は無力感に苛まれる。結果武器を構えるのを止める者、地面に落とす者もいた。
「こんなか弱い戦士が上に立つ程度の人間軍なぞ、我らはちっとも怖くはない。虫を叩くようにつまらん。張り合いが全くなく、争うだけ時間の無駄じゃ。」
人間を侮蔑するかの如く…ゴミを見るような目で人間を見下す。そして人間達にプレッシャーを与える。
「だから人間どもに無駄を省く為の選択肢をくれてやる。」
「武器を置き、引け人間よ。さすればこやつの…いやこの場全ての人間の命を助けてやる。負傷者も連れて帰れ!!今ならまだ助かるやもしれぬぞ?」
イリスは先程とは一転。急に諭すように優しい表情を見せる。
「さもなくば何も出来ないまま、我らに蹂躙され泣きわめいて貰う事になるぞ。」
その後人間達に今にも殺しかかるような殺気を向ける。更には人間の兵士達のいる場所の重力を強める。
それはまるでいつでもお前を殺せると示さんばかりに…
緊張感が増した所でイリスは右手を天に掲げた。そして魔族側目掛けて隕石を落とした。
〈ドオン〉と隕石衝突の爆発音が響く。それにより勝てない存在だと示す。
緊張感の緩急をつけて相手に正常な判断をさせない。交渉のテクニックの一つ。
魔王イリスの言葉で前線の兵士達は武器を捨て、逃げ出し始めた。それにつられて全ての兵士も勝てぬと分かったのか負傷者を連れて引き始めた。
「さて…前線にはもう兵士はいないな…」
魔王イリスはそう判断すると、地面にゴリアテをゆっくりと寝そべらせた。
そしてゴリアテから離れ、ハイドラの方に向かっていく。
ハイドラも安堵した表情を浮かべていた。
「ゴリりん…良かった。」
ティアラはゴリアテの元に近寄っていく。
「小娘よ…我等魔族は貴様らに手出しはせぬ。だから我等から奪おうとするな!!さすれば何も奪わぬ。」
「助けて…くれるの?」
ティアラはイリスを見る。
「勇者ハイドラに免じて、今回だけはな…」
少し優し気な笑みをティアラに見せる。
ティアラは安心したようだった。
「ねぇ…ハイドラは…」
安心したのかティアラはハイドラの方を振り向き話しかける。
「話はそこまでじゃ。」
イリスは魔力を込めた右の拳を地面に当てる。すると地面に亀裂がはいり、彼らを分かつ亀裂が一瞬で出来上がった。
(ハイドラは迷っていた。だからこれ以上の話はさせない。)
イリスはハイドラを引き連れて帰る準備をする。
「待って…まだ話が…」
「ティアラ…あとの事はよろしくな!!」
そう言ってハイドラは人間達に背を向ける。
「待ってよ…エクレアちゃんが…アンタを待っているのに…」
エクレアの名前が出ると、少しハイドラはピクリと反応した。しかし振り返る事無く彼女を後にした。再び左手をポケットに入れて…
僅か1日で戦場は静まり返った。たった一人の人間によって…兵士の戦意は消失した。
「じゃあハイドラ…帰ろう?」
イリスはハイドラに手を差し出す。
「帰る…って、どこにだ?」
ハイドラは少し寂しそうな表情をした。
(彼は居場所が…少し無神経だったな…)
ゴリアテ、ティアラと会話して以降ハイドラは少し寂しそうだった。悲しそうだった。
「今日は疲れたでしょ?お城でゆっくり休んで?」
そう言ってイリスは飛竜に乗る。ハイドラの手を引っ張って。
無言で帰る。イリスは色々と考え事をしながら…
ハイドラは悲しそうにただ景色を眺めながら…