6.初デートは戦場で
飛竜は戦場の100メートルくらいの真上を飛んでいた。真下には魔族・および魔物と人間がお互いを傷つけあっていた。
「うん。ここからでも十分ね…」
イリスは右手に魔力を宿らせる。
彼女の右手を中心に周りの空間は歪んでいく。
「今から戦場の重力を強めるわ。いつもより動きが鈍くなるから油断しないようにね?」
「重力?」
「簡単に言うと地面に引っ張られる力よ。」
余裕そうな表情で人間と魔人たちの殆どを囲う巨大なドーム状の空間を一瞬で作り上げる。
「さぁ、飛び降りるわよ?」
「え?」
イリスはハイドラの手を握ったままだった。その為、無理やり彼の手を引っ張り、飛竜から飛び降りる。
「あぁぁぁぁぁぁああああ。」
これまで表情を変えなかったハイドラが初めて恐怖におびえる姿を見る。
「え…死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ…」
慌てふためいたハイドラは勇者でなく、本当に普通の人間の様だった。
およそ10秒の時間ではあったが、ハイドラにとっては恐ろしく長くも感じられる時間だった。
「ふふふ…大丈夫よ?」
地面に叩きつけられる直前に徐々に落下速度は遅くなる。最終的に無重力の空間が出来た様にフワッと2人の体は浮かびあがった。飛竜に引力を付与し、地面の重力を消したのだ。
「はぁ…死ぬかと思った…」
「どう?楽しかったでしょ?」
「楽しいかは分からないが、今の俺でも十分に怖かったよ。」
イリスは笑顔だった。まるで戦場のど真ん中であるという事を忘れているようだった。
「空から…人が降って来た?」
人間側の兵士はざわざわしていた。
「一人は一般人?もう一人は魔族か?頭にツノが生えているぞ…」
「魔族とつるんでいるってことは、アイツも魔族か?」
「魔族とその仲間は皆殺しだ!!ぶっ殺すぞ。」
兵士達はイリスとハイドラを見て驚いていたが、イリスが魔族と分かるやいなや、すぐさま憎しみの表情を顕わにした。
イリスとハイドラは背中合わせになり、互いの種族の方に向かい合った。
「みんな、争いをやめてくれ。俺達人間は今は争っているが、話合えば分かり合えるはずだ!!」
お互いの同胞に争うのを止めるように呼びかけようとする。
「やっぱりアイツは人間か?」
「誰かは分からんがそれは無理だ。俺達は魔物達に家族を殺されたからここにいるんだ。正義の鉄槌を魔族に下さなきゃならないんだ。」
「魔族を庇うならお前も敵だぞ?」
人間達は力強く武器を握りしめ、ハイドラ達に敵意を示す。
「魔王様…元々は我らの土地を奴ら人間が何の理由も無く奪いに来たのですよ?許せる訳がないでしょう?」
魔族たちも同じだった。彼らも武器を握る。
(憎しみの連鎖…これは戦場を客観視しなければ見えてこないな。)
「争いが続く事で憎しみの連鎖が続くんだ。だから誰かがそれを止めなければ…」
ハイドラは人間に呟く。
「若造が何を言ってやがる!!お前が魔族の味方をするならば、お前を殺すだけだぞ!!」
そう言って兵士は小さな石を拾ってハイドラに向かって投げた。
〈ゴツン〉
石はハイドラの頭に当たる。傷は浅いが頭から血が流れだす。
ハイドラは痛みを感じていないかの様にその場に不動のままだった。ただ少し悲しそうにして…
その後兵士達は足元の石をハイドラに投げつけ始めた。人間に対しての警告の意味を込めて。
ハイドラ達に兵士達の石の雨が降り注ぐ。それをイリスは魔力を操作す、ハイドラに当たらぬように空中で止める。
「ハイドラよ。あの人間達は言っても分からぬようじゃぞ?無力化せねば、お前を…敵と認識する全てを攻撃するつもりじゃ。」
イリスにとっては最初から分かっていた事だ。話し合いで解決するなら戦争は起こらない。どれだけ平和を望もうと、口だけではどうにもならない。
「やるしか…ないのか…」
ハイドラの手は震えていた。
イリスは悲しそうなハイドラを見て、彼に戦いを押し付けるべきではないと判断した。彼が傷ついてしまうから。
「いえ…この戦場はわたしが受け持つわ。ハイドラはゆっくりと見ていなさい。」
そう言ってハイドラに指示を出す。
「いや…イリスが人間に勝っても彼らの憎しみは止まらない。人間に対しては人間の俺が引き受ける。」
そしてハイドラはイリスに向かって微笑んだ。
「イリスは少し遠くまで行ってくれないか?ここは俺が一人で引き受ける。」
ハイドラは手を震わせながらも、兵士達に向かって歩んでいく。
(え…やだ。一度言われてみたかったセリフだわ。)
「承知した。しかし無理はするなよ?いつでも助けるからな。」
イリスのテンションは若干上がりつつも、ハイドラの言うとおりにすることにする。
何千人もの軍隊と分かっていても、協力しようではなく俺が引き受けると言ったのだ。ならばそれが不可能でも、出来るところまで挑戦させるのが上司としての役目だと思ったのだ。
「何をごちゃごちゃ言ってやがる。人間だろうが容赦はするな!!」
先頭の兵士は剣を掲げ、突撃の合図を出す。
パチンとハイドラは指を鳴らした。
『逆夢』
「人間と魔族の両方に告げる。争いたくない者、誰も傷つけたくない者は目を瞑れ。この力は俺には手加減は出来ない。」
(城で使った技か…)
「俺は…平和の為にこの力を使う。誰かの想いを踏みにじる事になっても…」
そのままゆっくりと人間達の中に歩いていく。
(は?え?剣を抜かず手ぶらで敵の中に突っ込んだ?え、大丈夫なの?)
ハイドラは手ぶらだった。腰に装備している剣を抜く気配が全くなかった。城と同じ様に左手はポケットに入れて。
先兵の1人が剣をハイドラの頭目掛けて振り下ろす。
『夢幻』
兵士が斬ったハイドラは、霧の様に消える。
その剣は最初からハイドラではなく別の物を斬るように、全く違う場所を斬っていた。
ハイドラはその剣を振り下ろした兵士に右手を伸ばす。
『蝕夢』
ハイドラが一般兵に触った瞬間だった。
「ぎぃぃやああああああ。」
この世の悲鳴とは思えない程の悲鳴が一人の兵士から発せられた。
「え?」「何が起こった?」
周りの兵士はその声の向きを確認する。
ハイドラは違う兵士に触れる。
「痛い痛いあああああああああ。」
そう叫ぶと同時に痛みの余り、兵士は気絶して倒れた。傷口は全くなかった。
ハイドラは他の兵士に向かって口を開いた。
「気絶しただけだ。俺はお前達とは戦いたくない。頼むから逃げてくれ!!」
「あの悲鳴で気絶なんて嘘だ。」
「そうだ。お前は魔族側に味方し人間を殺した裏切り者だ!!」
兵士達の敵意は一層増した。ハイドラを完全に敵だと判断しより武器を握る力を強めたようだ。
(裏切者…)
イリスは裏切り者と言われたハイドラを心配する。先程まで手が震えていた人間だ。心までは強くないのだ。
自分達が想像する完全無敵の存在ではない、『か弱い人間』でもあるのだ。
世界を平和にする覚悟を持ってこの場にいる。人間の兵士と同じ志を持っている。
他の人間と同じ様にプレッシャーも感じるのだ。
兵士たちが一斉にハイドラに向かう。
「頼むからこれ以上は止めてくれ!!死人が出てしまう。」
悲しそうなハイドラの表情を見る。
「お前を…いや平和を脅かす魔族達を殺せば、妻が…妻を殺された俺も前に進めるんだよ!!」
そう言ってハイドラに向かって剣を振りかざそうとする人間がいた。
「死ねよ。魔族。」
「死にたくない。だから殺さなきゃ。」
兵士達は何人も徒党を組み、ハイドラ一人に立ち向かう。
「俺はそれでも…それでも」
ハイドラは悲しそうに進み続ける。
(ハイドラ…危ない)
突っ立ったまま動かないハイドラに向かって兵士達は一斉に突っ込んだ。
〈ブシャ〉
〈グシャ〉
あっという間だった。ハイドラはただ兵士達の間をゆっくり進んだだけだった。周りには兵士達が倒れていた。向かって来た兵士はそれぞれ、お互いの仲間を攻撃したようだった。
「どうしてだよ…お前らどうして味方を攻撃しているんだよ?」
後ろの兵士が悲壮な声を上げた。
(そうか…城でゾーク達がやられた理由は仲間同士で攻撃し合ったからか!!)
イリスはハイドラの『逆夢』と言うが敵同士の相打ちを狙う技だと知る。
それゆえ敵の数が多い方が逆に有利な技なのだと、城での彼の自信に納得した。
「やっぱり…こうなったか…」
ハイドラは悲しそうな表情をしていた。
「俺は…」
「それでも俺は、誰かの想いを踏み躙ってでも前に進む。」
ハイドラはそれでも兵士達に臆せず前に進み続ける。
まるで迷う心に言い聞かせるように…