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魔王乱心 ~勇者の嘘と飾られた世界〜  作者: シャチくま
偽りに飾られた世界
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53.偽りに飾られていた世界

 エクレールは悲しかった。理由はなぜだか分からない…

 悲しい気持ちが心の奥から溢れ出してくるのだ…


 言い表せない悪い予感と共に、悲しみが自身の心から消えなかった。


 そんな気持ちで溢れている時、ティアラが戦場から帰って来た。

 帰って来た彼女はエクレールに話しかける事無く、自室に籠りただ泣き続けていた。


 彼女なりのエクレールへの気遣いだとわかっているからこそ、エクレールは寂しかった。


 悪い予感はティアラに関してだということを理解する。しかしエクレールに心当たりは無かった。


 恐らく自身とティアラに関わる事柄…

 何か大切なモノを失っていると思いつつも、何も思い出せない自身がもどかしかった。


「ティアラ…大丈夫かなぁ…」

 自分が悲しいのはきっとティアラが悲しいからだと自分に言い聞かせる。

 だが心の奥で何故かもがき苦しむ自分がいた。


「落ち込んでるなんて彼女らしくない。美味しいモノを作って元気だして貰わなきゃ!」

 エクレールはティアラのために、街で買い物をすることにした。

 好きなモノを好きなだけ食べて貰って、元気になって貰う為に…



 だからエクレールは家を出て街に向かった。自分の気の迷いも吹き飛ばす気分転換も兼ねて…


 街に出ると街中はお祭り騒ぎだった。戦争が終結した事が話題となっていて、街の人々は浮かれていた。


 平和に近づいた事でエクレールも少し嬉しくなった。

(平和になっても…ティアラは泣いている…きっと…)



「もうすぐみんな帰って来るね!」

 街の人々はにこやかに笑っている。ようやく皆が待ちわびた世界の平和が来るのだ。


(けれど…帰って来ない人もいる…ティアラの大切な人は…)



「魔族との戦いもこれで終わりか…


 残念な事に結局は話し合いで解決するみたいだけど…」


「結局魔王は倒せなかったらしいね…勇者が死んだせいで…


 人間を裏切るし、本当に役にたたない勇者だったわ…」


 街中では人々が情報を交換し合っていた。


「勇者が…死んだ?」

 エクレールの胸の中で嫌な予感がし始めた。


 それと同時にティアラが泣いていた事に納得した。

 彼女は勇者と共に行動していた仲間だったから…


「友達が死んだなら悲しいよね…」

 エクレールは今日は教会に行って祈る気にはなれなかった。


 それと同時に平和になって嬉しいはずなのに、世界に一人だけ取り残された寂しい気持ちになる。


 廻る世界でただ一人きり…そんな気持ちだった…




「そういえばティアラが一緒に旅していた勇者の名前って何だっけ?」

 友達が一緒にいた筈なのに分からない…

 記憶にモヤがかかったように勇者の名前が思い出せない。


 エクレールの記憶は良い。けれど何故か勇者の名前を忘れてしまう…

 まるで誰かが心に干渉しているかのように…


 そんな時エクレールに勇者の名前を教えてくれるように、街中から話し声が聞こえた。


「まぁでも魔王は倒せなくても、裏切り者のハイドラが死んでよかったよな!


 アイツまで人間の敵だと、平和に成った気がしないしさ!」

 無邪気に青年が笑う。


「本当だね!ハイドラが死んで良かった!」



 街中ではハイドラという人間の裏切り者が死んで喜ぶ人で溢れていた。

 それもそうだろう。魔王と対を成す力の持ち主…


 それが人間を裏切ったなら、人々に対しては脅威でしかないのだから…



「ハイドラ…?死んだ?」

 心臓がドクドクと強く鼓動する。自身の知らない人間…

 それでも知っているような気がする人間の名前…



「勇者のクセに平和を乱すとか、ハイドラが死んで安心したぜ!こいつめ!」

 またとある青年が酒を飲みながら談笑している。

 恐らくハイドラという人間が載っているであろう新聞を、地面に叩きつけ踏みつけている。



「死んで良かった?安心?」

 エクレールの目の前がふと暗くなり始める。

 名前も…顔も…知らない人間…


 それでも死んで良いなんてあるわけがない…そう思っていた。


 嫌な気分になったエクレールは、素早く買い物をして帰ることに決める。

 街を歩いていても、人々の多くがハイドラの死を喜んでいたから…


 知らない人間でも気分が悪かった。


「そりゃ…ティアラちゃんも辛いよね…」

 ハイドラと言う名前を聞くたびに、自身の心臓がバクバクと高鳴っていく。


 ふと強い風が吹いた。

 それにより地面に捨てられていたクシャクシャな新聞が、エクレールの視界に入る。


 エクレールの目に映る新聞の写真…


 茶色の髪に目付きが悪い細身の青年…


 見たことのある顔…

 いや…ずっと見てきた…

 いや…ずっと一緒にいた…


「ハイドラ……」

 そう呟いて、風に飛ばされる新聞紙を捕まえる。


「そうだ…ハイドラだ…ハイドラだよ…ハイドラなんだ…


 私が忘れていた…いや…忘れさせられていた大切な人…


 ハイドラが…死んだ…は?なにこれ?」

 エクレールは新聞紙の写真を見て呟いた。


「ハイドラが…死んで良かった?安心した?は?何を言っているの?」


 ティアラが泣いていた意味をようやく理解した。

 小さい頃から共に過ごした幼馴染みが死んだのだ…家族が死んだのだ…


 泣かない訳が無かった。エクレールの目からも涙が止めどなく溢れ出した。

 悲しみ…憎しみ…虚無感…あらゆる感情が津波のように彼女の心を押し潰した。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ」

 怒りとも悲しみともとれる絶叫が街にこだまする。



 日が沈み夕方になった…


「今日はエクレールは来なかったねぇ…」

 教会のシスターは椅子に座って寂しそうに女神像を眺めていた。


「ようやく世界に平和が訪れて、エクレールの願いも叶うんだねぇ…


 そうしたら彼女の祈りも減るんだろうねぇ…」

 平和になりエクレールがこれから教会に来る頻度が減るだろうと思い、嬉しくもあり悲しくもあった。


<バンッ>

 力強く教会の扉が開いた。華奢で可愛らしい金髪の女の子…

 待ちわびていたエクレールが教会に訪れた。


「おやおや…エクレールかい…今日は来ないかと…」

 シスターはエクレールに近づいていく。いつもは早朝に来る彼女が、夕方に来たことを心配して…


 だが近づこうとしたシスターは、エクレールの様子が普段と違うことに気づく。


「泣いて…いたのかい?」

 シスターはエクレールの顔の涙の痕を見て、悲しい事があったと理解した。

 恐らく戦争で大切な人を失ったのだと…


「エクレール…待っていなさい。すぐに飲み物を用意するから…」

 シスターはエクレールの為に気分が和らぐ飲み物を用意しようとした。

 それを飲みながら彼女の悲しみが和らぐよう話を聴くつもりでいた。


「お気遣いは大丈夫ですよ?シスター。


 今日は女神へのくだらないお祈りではなく、自身の懺悔に来たんです。」

 普段の優しいエクレールの言葉づかいでは無かった。どこか刺々しく怖い…


 教会に来たときから既にシスターは気付いていたが、今日のエクレールはいつもと違っていた。


「懺悔…かい?」

 シスターはおそるおそる聴く。怖かった。天使のように優しいエクレールがとてつもなく恐ろしかった。


「えぇ…忘れていたことをようやく思い出したんです。」

 エクレールはにこやかに笑った。口元は微笑んでいるが目が死んでいる。


 エクレールは女神像の前まで進んでいく。


「あぁ…なんて醜い世界なんだろう?気持ちが悪い。吐き気がする。」

 シスターにはエクレールの周りの空間が歪んで見えた。


夜に変わりつつある暗めの夕日が教会に差し込む。

 ステンドグラスを通して入る光は暗い虹色だった。まるで別の空間にいるように幻想的だが、陰惨な空間に教会の中を変える。


 例えるなら教会は暗い絵の具を使った、グチャグチャな絵画のようだった。

 嫌な気持ちで溢れている…終わりを暗示するかのような絶望的な色合い…

 そんな世界の終末を凝縮したかのような空間…


 迷える人々に安らぎを与える筈の部屋は、迷える人々を更に惑わせる暗い空間へと変貌を遂げていた…


ステンドグラスを通した赤い光により、女神像は血の涙を流しているようだった。

 それは世界に絶望している女神のように見えた。


 シスターは普段とは違う…重々しい教会の光景にただ固まったように動けなかった。



「神様なんて信じた私が愚かだった。祈った私はバカだった。


 どうして最初から救いの無い世界でそんな存在を信じていたのだろう?

 本当にヘドが出る。」


「でも一番悪いのは私だ!


 どうしてハイドラを信じてしまったのだろう。あんなに弱い人間を信じた私がバカだった!

 最初から何もできないように手足を鎖で繋いでおくべきだった。


 そうすれば死ぬ事なんて無かったのに…」

 エクレールは女神に向かって泣いているようだった。


「エクレール?」

シスターは懺悔を吐き出すエクレールを心配する。


「最初からアイツらを殺すべきだった。私が静観なんてしなければ良かったんだ!」


教会に差し込む夕日によって、エクレールも血の涙を流しているようだった。

 いや…実際にエクレールは血の涙を流していたのだ…


 それは自らの記憶を忘れた罰かのように…

 二度とそれを忘れない為に、脳に刻み付けて負荷をかけるかのように…



あまりに恐ろしい姿にシスターは呼吸が出来なかった。彼女が怖かった。

その光景は刹那にして永遠の地獄の様であった。


「色々とハイドラがくれた感情も…


 もう必要ないね…


 だってこれから私は…」


 教会の中に重々しい魔力が満ちている。一般人でも怒りに満ちたとわかるくらいに恐ろしい密度の魔力…

 それは教会を中から崩壊させていく…


 その後、しばらくの間エクレールは懺悔を続けた。

 いつの間にか女神像の首は落ちていた。教会も崩れ去っていた。エクレールの魔力によって…


 シスターも眠りに就いていた。


「じゃあシスターおやすみなさい。


 夢の中では幸せに暮らしてね?理想の世界で誰かに祈る事もなく、思うままに生きれば良いの。」

 挨拶を告げてエクレールは教会を後にする。


「ハイドラのいなくなった世界なんてもう要らない。」


 その日とある街の人々は眠りについた。安らかな眠り…

 人々は夢の世界に旅だったのだ…

 理想の世界…苦しまずに済む、優しい世界。


「私はこれから……この世界を終わらせる。」

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