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魔王乱心 ~勇者の嘘と飾られた世界〜  作者: シャチくま
6.悪夢
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51.夢

 漆黒の空間に光が差し込んでいき、元通りの空間に戻る。ここが戦場だったと嫌でも思い知らされる。


 空間が戻ると同時に心繋の宝玉もボロボロと灰のように崩れて消え去っていく。


 イリスとハイドラ以外の人間や魔族はほぼ全員が地面に横たわっていた。

 イリスとハイドラも力を使い果たし、その場にはもう戦えるものは皆無だった。


 ハイドラの胸の前には神剣『咎』の切っ先が静止している。

 それでもハイドラは気にすること無くイリスに話しかける。


「俺は…みんなを傷つけたんだな…」

 ハイドラは悲しそうに言う。イリスはコクリと頷いた。


「……俺は最後まで勇者にはなれなかったな…」

 ハイドラはイリスの握る神剣『咎』を見て微笑んだ…


「あなたは立派な勇者だった。この戦場の英雄よ?誇りなさいよ!」


「それでも最期は…俺は…イリスに助けられてばかりだな…情けない…」


 イリスはただ涙を流していた。ただ悲しいのではない…やるせなさも感じて…


「情けなくなんて…ない…」


 ハイドラの背負うモノがあまりに過酷で…

 けれど自分にはきっと背負うことが出来ない…

 それゆえにハイドラは全てを失った…感情さえも…


「ハイドラ…あなたを命がけで救ったのだから、しっかりとこれから世界の為に働いてね…


 あと絶対にわたしを幸せにしてね?」

 イリスは泣きながらもハイドラに微笑む。


 帰る場所として彼を迎える事…それが彼女の役割だと思ったからだ…


「………」

 ハイドラは無言だった…まるでそのイリスの言葉を受け入れられないかのように…


 少しの間、両者は沈黙したままだった。


「ねぇ…どうして…どうして黙っているの?まだ…何かあるの?」

 イリスは微笑む事が出来なくなり、大粒の涙を流し始めた。


「イリス…ごめんな。」


「どうして謝るの?わたしに謝らなくて良いの。傷つけた人たちに謝れば…」


「…………」

 ハイドラは再び黙る。


「ごめんな…もう俺にはできそうにないんだ…」

 そう言って、ハイドラはイリスの持っていた神剣『咎』の刃を掴む。


 純白の刃はハイドラが握ると同時に少し黒く染まった。


「え…何をして…」

 イリスが言い終わる前に、ハイドラはその刃を自らの心臓に突き刺した…


 白と黒の刃がハイドラを貫いた。


「いやぁぁぁぁぁぁ…どうして…どうしてなの?ハイドラァァァァ」

 イリスは剣を離し、その場に泣き崩れてしまった。


 それと同時に剣の刃は消え去る。剣で貫かれたハイドラに傷は無かった…


「ごめんな…俺の魂は…もう殆どこの体に残っていないんだ…


 このまま俺が生きていれば、巨人兵の魂に乗っ取られてしまうから…」



「もし乗っ取られたら助けてあげるわよ…


 ここまで頑張って…平和まであと少しのところでどうして…」



「ごめん…それでも…」


「どうして?どうしてあなたは頑張ったのに…

 頑張った人間がどうして不幸になるの?幸せになれないの?


 どうしてあなたは自分が幸せになろうとしないの?


 わたしはまだあなたを幸せにしていない。頑張った分の褒美も出してない。

 だからお願い…生きて?お願い…何でもするから…」


 ハイドラにすがり付くように泣く。涙が止めどなく溢れ出す。


 悲しみだけではない…悔しさ…そして絶望感によって涙が止まらない…


 ハイドラはイリスに見えないが首を左右に振った。


「イリス…おまえのお陰で…俺は幸せだった。」

 ハイドラはすがり付くイリスの頭を撫でながら優しげに微笑む。



「嘘よ!あなたは幸せなんかじゃない。こんな争いの続く世界で、これから来る時代に幸せがあるの!


 平和な時代になって、みんなと笑い合って…家族に囲まれて…それでようやく幸せだと言えるの!」


 イリスの頭を撫でるハイドラの手の力は次第に弱くなっていく。



「あぁ…それもきっと幸せだろうな…でもな…」



「あなたは感情を…幸せだと感じる気持ちを無くしたんでしょ?


 それなのに…それなのに…お世辞なんて要らないの…」



 すがりつく力も次第に弱くなっていく。いや…弱くせざるを得ないのだ。

 このまますがり付いていたらハイドラは倒れてしまうから、


 今のイリスにはハイドラが倒れないように、もう抱き締めるしか手段がないのだ…



「だからこそだよ…イリス。」

 ハイドラは最後の力を振り絞りイリスを抱き上げる。


 ハイドラとイリスは抱き締め合う形になった。それでももうハイドラに力は残っていない…

 抱き締めながらもイリスにもたれ掛かる姿勢だった。


「俺は旅をする中で…感情も…味覚を含めた感覚も…全てを失っていった…

 一人の人間が何も感じない…生きているかも分からないバケモノに変わっていっていたんだ。


 けれどな…お前と過ごす日々…お前の作る料理のお陰で俺は『まだ生きている』と実感できたんだ。」



「料理?」

 イリスには理解出来なかった。自身の料理が彼の支えになっていた理由を…


「あぁ…

 お前の作る料理は確かに不味いんだろう…


 けれど味覚を失った俺が唯一味を感じることが出来た。生きていることを実感できるようになっていた。

 それを食べるときが…おまえと一緒に笑って過ごす時が…俺の唯一の支えになっていったんだ。」


 ハイドラはイリスと過ごした日々を懐かしむように涙を流し始める。


「料理なんて…また作るから。もっと上手になるから…だから…」


 イリスはハイドラを力強く抱き締める。

 次第に力が弱くなっているハイドラにまだ生きていると感じさせる為に…


 出来る限り長くこの世界にいてもらう為に…

「イリス…お前の体温は…こんなに暖かいんだな。」


「当たり前じゃない…生きているんだから…あなたもまだ…生きているんだから…」

 抱き締めるイリス…その温度を感じるハイドラ…けれど次第に彼の体温は低くなっていく…


「人間として…最期を迎えられる…良かった…」


「良いわけないじゃない!あなたはこれからも人間として生きていくの!


 わたしと生きていくの。ずっとこれから…だからこれが最期なんかじゃない。

 お願い…お願い…嫌だ…嫌だよ…


 私の夢は…あなたと一緒に人生を過ごす事なのに…」


 どうしようもない結末…避けられない…ただ無力にも声を出し続けるしかない…


「夢…か…」

 ハイドラは微笑んだ…


「そうよ!夢よ!ハイドラ…平和になった世界で何がしたいの?


 今のあなたなら何でも出来るんだよ?」


 ハイドラの記憶を見た。彼には夢がないことを知っている…


 けれど…もうイリスにはハイドラを少しでも引き留める為に会話をするしかなかった…


「俺の夢は……『イリス…おまえとずっと一緒にいること』かな?」

 ハイドラは力無く微笑んだ。


 そしてイリスに口づけをする。そして口を離す。


「イリス…愛している。幸せだったよ。」


 イリスも口づけを返す。そして言葉を出そうとした時だった。


 ハイドラは微笑んだ…

「ずっと…一緒に…」


「わたしも幸せだった。今もこうしてあなたといられる事が幸せなの…

 だから逝かないで…ずっと一緒にいて!それだけでわたしは幸せだから…


 愛している…愛しているから…逝かないで…」


 力無くイリスにもたれ掛かるハイドラをただ抱き締める事しか出来なかった。


 もう彼女には力が残っていない…助けを呼ぶにもみんな倒れている…

 どうしようもなかった…


 魔王の嗚咽が静まり返った戦場に悲しく響いていた…

「いかないで…お願い…お願いだから…」

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