表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王乱心 ~勇者の嘘と飾られた世界〜  作者: シャチくま
6.悪夢
50/54

50.悲しい願い

 ハイドラの仮面に亀裂が入る。先程の記憶を見て、ハイドラは頭を抱え苦しみ始める。


「俺は…俺は…」


 イリスも神将の2人の最期を見て涙を流していた。平和を望む2人の死の瞬間…

 覚悟を決めていたが心が締め付けられる。


(予想していた以上にキツい最後だったなぁ…


ソルとルナ…ほぼ不死に近い二人がどう死んだか気になってはいたけど…)



「あなたが最初にわたしのお城に来たときの事…


 あなたが最初に言ったのは『命と引き換えに平和を』だった。


それは罪の意識があったから?」

 イリスはそう言って、再び剣を強く握る。ハイドラを救うために…


 救いを求めて自身の元に来た人間を救うために…


「でもまぁ…ソルとルナの分、あなたをボコボコにするから!!覚悟してね?」


 そう言ってイリスはハイドラに突っ込んでいく。

 2人の辛い最期を見て、正気ではいられなかったからだ。少しでも気を紛らわせたい。


 ハイドラは過去を見たくないように動揺していた。動作が乱れていた。


すかさずイリスはハイドラに剣を振るう。

直感的な危機を感じるのか、イリスの白い剣を再び受け止める。


 その瞬間、先程と同じように黒い空間が白い空間に浄化されていく。

 そして映画のシーンのようにハイドラの記憶が流れる。


「なぁ…世界が平和になったらどうしたい?」

 野営の途中、焚き火の前でディランが聞いた。


「俺は世界の酒場をめぐることだな!」

 ゴリアテは肉を頬張り酒を飲みながら答える。


「あーしは世界を旅して…酒を飲むことだな…やっぱ。」


 ディランはゴリアテとティアラの夢をクスリと笑う。

「2人は本当に酒が好きだな…知らない街で飲みすぎて倒れるなよ?」


 ハイドラは焚き火の前で静かにスープを飲んでいた。

「………ん?」


 いつもと少し様子が違うことに気づく。


「なぁ…ハイドラは将来どうしたいか夢はあるのか?」

 ディランは一番気になっていたハイドラの夢を聞く。


「夢……か……。」


「あ。あーしも気になる。だってハイドラっちの技に『夢』ってついているから。」

 ティアラもにこりと微笑みながら聞く。お酒を飲みながら…


「夢か…今はないな…」

 ハイドラは少し考えた。しかし浮かばなかった。


「そうなのか?将来おまえが勇者でいる必要がなくなったら、どうするつもりだ?」

 ディランが真剣な表情で質問する。可能であれば、魔王討伐後にハイドラをスカウトするために…


「俺が……勇者でなくなったら……か……考えた事がなかったな…」

 ハイドラは急に悲しそうな表情をした。


 その場でディアラだけが暗い表情をする。


「まぁ魔王討伐なんてしばらく先なんだし、討伐後に考えるでいいっしょ。


 てか今日の料理うまくね。あとでレシピ教えてよ?」


「ティアラはどうせ料理しないでしょお?」

 ネビリムがつっこむ。


「うっせーし。」


 ハイドラはスープを再び口に入れる。彼の表情が明るくなることはなかった。

「…………味が……」


 ハイドラは右手をグーパーし何かを確認した。


「俺は…」

 ハイドラの仮面のヒビがより大きくなっていく…

 それは彼の心が不安定であることを表しているかのように…


 ハイドラの動作が少し遅れている。

 その隙にイリスはもう一太刀を入れる。が、相変わらず黒い剣に阻まれてしまう…


「これでこの一帯の魔族は殲滅したか…」

 ゴリアテは一息つく。

 大量の魔族の軍勢をわずか6人で制圧したのだ。


 終わった後、彼らの疲れはピークだった。


 ハイドラ以外の5人は一息ついていた。しかしハイドラはただ立ち尽くし、やるせない表情をしていた。


「こんなんで平和に近づいているのか?やっていることはただの…」

 誰にも聞こえない声でハイドラは呟いた。


 その様子をネビリムは見落とさなかった。ニヤリと彼女は笑った。



「ハイドラ…後ろだ!」

 ディランはハイドラの背後から死んだと思っていた魔族が、ハイドラに襲いかかるのに気付く。

 大声をあげた。


 しかしハイドラは物思いに更けているのか気づいていない様子だった。

 ハイドラの右手は魔族の持っていたナイフによって斬られた。それでもハイドラは気づかない…

魔族はハイドラの心臓を突き刺そうとした。


「開☆門」

 間一髪ティアラの空間操作が間に合いハイドラは一命を取り留めた。


「リッパー!」

 その後リッパーがなんなく対処して事なきを得た。


「ハイドラ…大丈夫か?」

 右手から血を流しているハイドラをディランは心配した。


 ハイドラは涙を流していた。


「ナイフに斬られたら痛いに決まっているよな?」

 おどおどするディランを横目にハイドラはようやく自分が切られていたのだと気付く。


「とりあえず回復を!」


 ハイドラの周りは慌ただしい。それでもハイドラは落ち着いていた。


ディランが自身を回復していた事で、ようやく自身が斬られた事に気付いた。


 ずっと考え事をしていたのだ。斬られた事も気付かない位に…


「俺たちが傷つけてきた魔族も痛かったのかな?


 俺たちが最初から憎かった…?いや…あれは俺と同じ…」

 そう呟いて先日のウィソルの最後の表情を思い出す。憎しみに満ちた眼だった。


 なにかを奪われれば憎い。そんな瞳だった事を思い出す。


流れる記憶はハイドラ自身を蝕んだ。空間が白くなっていく度にハイドラの心の闇はさらけ出されていく。


「俺は……もう殺したくなかった…それでも…」

 ハイドラは白く染まる空間が許せない様に自身の周りを再び黒く染め上げる。


「それでも人々は…王は争いを望む。


 戦う度に俺たちの手は汚れる。だが奴らは手を汚さずに平和を謳歌する。


俺がこんなに苦しいのに…助けて欲しいのに…


許せない…」


「ハイドラ…もう苦しまなくて良いの。もう平和まであと少しなの。悩みがあれば私にも教えてよ。


 あなたの背負っているものを…私にも背負わせてよ。」


「俺は……」


ハイドラがイリスに斬りかかる。これ以上、記憶を見て苦しまない為に…

だがイリスは剣で攻撃を受け止める。


「ティアラ…俺はまだ生きているのか?」

 ハイドラとティアラは二人きりだった。その際に真剣な表情で聞いた。


「はぁ?生きてるに決まってんじゃん。


つかあーしに悩みそうだんとか、人選ミスワロタ。」

 ティアラは明るく質問に返す。


「あぁ…そうか…すまなかった。」

 儚げに微笑んだ。


 だが子供の時からの付き合いだ…ティアラも最近ハイドラの様子がおかしいことに気づいていた。


 ティアラは少し悩んで口を開いた。

「ハイドラ…もう魔王討伐はあーしらでやっておくからさ…


 アンタはエクレアちゃんの…いやエクレールの元に帰りなよ。」


「それはできない…俺は…」


「あんたの秘密はもう知ってる。エクレールに何をしたかも。


 でもアンタはそれじゃ幸せになれない。だったら帰ってエクレールを幸せにしてやんな?」


「俺の秘密…まさか…」


「いや…大丈夫だよ。

元からあーしにアンタの技は最初から効果ないから…


 他の人間にはばれてはいないよ…だから他の人間に知られる前にさっさと前戦から身を引きな?」


「それでも…俺は」


「足手まといは消えろって言ってんの。


 あんたの力は初見殺しだ。けど対策されれば攻略出来る。

それに最近のアンタの様子はおかしい。


それこそ生き急ぎ過ぎて、足元さえ見えてない。

本当にアンタ…死んじゃうよ?」


「………」

 ハイドラは何も言えなかった。だってティアラが正しいから…


 しょぼくれたハイドラを見てティアラは言い過ぎた事を後悔した。

「まぁ…その…アンタの人生なんだ。他人の事を考えず、アンタが一番幸せになれる生き方を探しな?」

 そう言ってティアラは去っていく。


 ハイドラはポツンと一人立ち尽くす。

「幸せか…幸せって何だったっけ?もう分からないんだよ…

 感情が…何もかもが分からないんだ…生きているかどうかも…


 誰か…助けてくれよ…もう全てをなくす前に…人間であるうちに俺を殺してくれ…それが俺の…」


 イリスの瞳から止めどなく涙が溢れる。少しずつハイドラの心を知っていく。


 けれどそこに救いがなかった。救いがなかったからこそ彼にとっては『死』が救いになりかけていた。

 だからハイドラはイリスの元に来た。


 そこには楽になりたい気持ちもあったかもしれない。秘密を守ったまま勇者として『死ぬ』。

 それが彼の望んだ悲しき願い…


「俺は誰かに助けて欲しかったんだ…」

ハイドラの仮面の亀裂は大きくなる。



「ハイドラ…わたしはあなたを絶対に幸せにする。だから帰ろう?」


「けれど助けを求められなかった…


だって俺は勇者でいなきゃならなかったから…」


(あなたが一番踏みにじっていた事。それは自分自身とその気持ち…)


 イリスとハイドラは剣を交え続けた。会話を行う様に…

 刃を交える事にハイドラの記憶が流れる。


 そのうちにイリスは夢か現実かの区別がつかなくなる。



「見ろよハイドラ。平和が近づくにつれて街の人の笑顔が戻ってるな」


何気ない仲間との会話。みんなも嬉しそうだ。

だが俺は嬉しさは感じなかった。何も感じなかった。


世界から拒絶されてる気がした。もう分からなくなっていた。

 自身が戦う理由さえ、存在意義さえわからなかった。


「ハイドラ…みんなあなたを待っている…エクレールも…だから帰ろう?」


 イリスはエクレールの名前を口に出す。叶わなくてよい…ただハイドラをもとに戻すためなら何でもするきでいた」。

 ハイドラにこれ以上苦しんで欲しくはなかった。


「エクレール…あぁ…エクレールだ…」

 ふとハイドラは彼女を思い出したかの様に呟く。


「俺は勇者で居続けなければならないんだ…アイツを救うために…」

 ハイドラは黒い刃でイリスに斬りかかる。だが力はこもっていない…


 ただ空っぽの刃だった…


もう2人は精神的に限界が近づいていた。刃を振るう力が入らなかった。



「死んでしまいたい…わたしはもうハイドラとは一緒に生きられない…」

エクレールは影に隠れて泣いていた。


ハイドラはただ彼女を陰から見ることしかできなかった。

いや見て見ぬフリをしていただけだった。


 だって彼女を助ける力はなかったから…


「俺が…アイツを…俺は勇者になりたかったんだ。だから…」

 ハイドラは完全に立ち止まる。彼の仮面の亀裂はどんどんと大きくなっていく。


 もうイリスは彼を斬ろうと思えなかった。だって彼の心を知る度に彼女の振るう刃は重くなるから…


 助けたい…でも彼の心を軽くすることはできても、彼の心の闇を取り払えない気がしていた。


救うには何か別のモノが必要な気がした。


それでもイリスは刃を振るう。大好きな彼を助けるために…


「はい、ハイドラ。」

イリスから料理が出された。正直不味そうだ。


でも俺は味覚が無いから食べられる。

一口いれた。


あぁ…味がある。まるで昔みたいに


 自然と笑みがこぼれた。まるで感情が戻ったかのように…

 人に戻れた気がした。


(俺はまだ生きていた。イリスのお陰で、生きている事を認識出来た。俺はまだこの世界にいるんだ。)



イリスの持つ白い剣の刃が、黒く染まったハイドラの心臓を目掛けて突き刺さろうとする。


が、彼の肌に剣が触れたところでイリスは剣を止めてしまった。


「やっぱりできないよ…」

ハイドラと過ごした短い日々。それが頭をよぎる。


イリスは大粒の涙をこぼしていた。

これまでの幸せな日々を思い出して…


先に心が折れたのはイリスだった。



「俺はまだ…生きている…」

 ハイドラが口を開いた。


ハイドラの黒い剣は遂に折れた。


「イリス…そうだ…お前が俺を救ってくれたんだ…」

ハイドラの目から涙が溢れ出す。ハイドラの仮面は砕け散った。



「俺はまたお前に救われたのか…


俺は…イリスを守らなきゃいけないのに…」

ハイドラの仮面は割れた。彼を包んでいた黒い体も消え、元通りの彼に戻る。


 世界を黒く染めていた空間は再び彩り溢れるもとの世界に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ