44.神に祈りを
「おやおやエクレール…毎日朝早くからお祈りだなんて偉いねぇ。
熱心に何を祈っているんだい?」
歳をとり、腰が曲がりかけている優しそうな老婆のシスターは声を掛ける。
エクレールは教会の女神像の前で、片膝をつき両手を組んで祈りを捧げていた。
金色の美しい髪に白のワンピース姿…
朝日に照らされたその後ろ姿は神々しかった。
「はやく平和が訪れますように。
あと友達が無事に帰って来ますようにって!」
シスターの方に振り返り、エクレールは優しく微笑んだ。
「おやまぁ…戦場にねぇ…無事に帰って来たらお祝いだねぇ!」
「小さい頃からずっと一緒にいた親友なんです。
彼女は強いから不安なんて無いんですが、最近は様子が少しおかしくて…
私はちょっと不安なんです。」
エクレールは出発前に、普段と違っていたティアラの事が不安だった。
髪も染めてメイクも変えた事も何か心につっかえていた。
「あらら…つい男の子の事だと思っていたわ…
帰って来てエクレールちゃんにプロポーズする場面が、つい浮かんじゃったわ」
シスターは冗談か本気か分からない事を言う。
「私に恋人いないですって!シスターったら嫌だなぁ!」
エクレールは冗談を笑い飛ばす。
「モテモテなのにかい?」
「いえ…モテてなんか…」
エクレールは真顔になる。
シスターは首を左右に振る。
「あなたが祈りに来る様になってから、教会へ男子が悩み相談に来るのが増えてねぇ」
シスターはにこやかだ。今度は冗談ではなさそうな笑みだった。
「恋人欲しいんですけどねぇ…何故か作る気が起きなくて…」
エクレールは微笑みながらも、何かが頭につっかえている気がしていた。
それが恋人を作ってはいけないと思う原因となっている。
「ふふふ…悩んで悩んで結論を出せば良いのよ?その為に私達がいる。
神様が見守って下さっているのだから。」
朝日が差し込む教会のステンドグラスを通して、淡い色の光が差し込む。
その光により女神像は微笑んでいるように映った。
「そうですね!神様は見守って下さっている。
この美しい世界を…そこにいる人々が幸せであるように…
こんな素晴らしい世界に祝福を…
争いが無くなり、世界がはやく平和になりますように…」
そう言って再び祈りを捧げる。
シスターは祈りを捧げるエクレールを見て涙を流していた。
教会に差し込む光によって、彼女に羽が生えて天使の様に見えた。
その美しい姿に思わず息を呑む。
女神像に祈りを捧げる姿は正に聖女と呼ぶに相応しかった。
その光景は刹那にして永遠の様であった。
*
「お願いだ!我々を助けてくれ!」
一夜明け、ディカプリオから余裕は消えていた。
原因は大量の兵士の逃走。
古の巨神兵の体がイリスの重力に適応する為黒く染まった。
光を呑み込み、光を通さない超重力の体に変わってしまったからだ。
イリスの攻撃や魔力の隷属化はおろか、人間の物理攻撃が全く効かなくなってしまった。
その上人間を容赦なく吸い込み始め、逃げられなかった者の殺戮兵器と化していた。
戦いではなく鬼ごっこに変わる。
倒せない存在へと変化し、兵士は完全に戦意を消失し剣や鎧を捨て、我先にと逃走していた。
その逃げる人間を古の巨神兵は追いかける様になっていた。剣や鎧を捨てた事で、巨神兵はそれを吸い込み攻撃を受けたと誤認する。
つまりは古の巨神兵は人間の敵と化していた。
イリス達が食い止め続けているが、巨神兵は侵攻を続ける。
一夜にして既に2つの人間の街が跡形もなく滅んだ。
巨神兵が進む軌道上には残り3つの街があり、それを超える事で王都セレスティアに辿り着く。
つまりは明日にはセレスティアは滅びる。
街は滅んだが、イリスとティアラの力で死者は少なかった。
イリスは街の人々を逃す為に街から街への道のりの重力を軽くし、出来る限り多くの人間が助かる対策を取っていた。
決着は着いた。人間の敗北…
と言うより、大き過ぎる力を制御出来ずに自滅した。
「イリスっち…あーしの空間操作にも対応したっぽい…」
ティアラは一晩中、空間を切断して攻撃したり、別々の空間を繋げて巨神兵の侵攻を止める為善戦していた。
しかし戦いが長引くにつれて攻撃手段は消えていく。
朝日が昇る頃には全ての攻撃やワザに対策されていた。
しかし空間を削ったおかげか、大きさは山一つ分の大きさから家数個分くらいの大きさはなくなっていた。
つまり多少小さくなっていた。
(体は削れるなら攻撃の順番次第では倒せてたかも…イリスっちが最初にあの魔力で出来た重力体にして隷属させれば…)
首を振って仮定の出来事は振り払う。
「マジもぅ無理ぃ。勝てる気せんわ…」
ティアラはボロボロの体で溜息をついた。
「ねぇイリスっち…本当に助けるつもりなん?イリスっちが逃げれば魔族の勝ちよ?」
ティアラは半ば呆れながらイリスに話しかける。
「わたしが望む平和は人間と分かり合う世界だから。
何の罪も無い人間に死んで欲しくは無いの!」
ボロボロになりながらも、イリスは諦めていない様だった。
とはいえ万事休す。2人の力は巨神兵に対応された。残る出来る事は、限られていた。
魔力も体力も限界のティアラは諦めないイリスを見て微笑む。
あと一息…そんな気がした。
「イリスっち…後の事は任せるね?」
そう言ってティアラはブラックホールと化した巨神兵の前に立つ。
『禁忌門・解放』
何十もの禍々しい扉が現れ、その扉が開く。全ての扉が開き、その先にあるモノにティアラは手を伸ばす。
ティアラの目の前の空間には、赤黒くおぞましい巨大な鎌が現れた。
鎌の刃の部分は黒いオーラで出来た非物質の様だった。
『禁忌魔法具・千変万華』
イリスはその鎌のおぞましさに少し身震いする。
「ティアラちゃん…それは?」
「『超越』の勇者エリファスの使ってた魔宝具。
あらゆる事象に適応し、触れたモノに『死』を与える防御無視の鎌。」
「どうしてそんなモノを…」
「あーしはさ…ネビリムの研究所で作られた人造人間でさ…
不死の実験に使われてたのを、逃げ出す際に持って来たってワケよ!」
「でもそれを使えばティアラちゃんは…」
「あーしは死なねえさ。『空間操作』で遠隔操作するから!
代償はあるけどさ…」
ティアラは少し震えていた。遠隔操作でも『死』があるかもしれないから。
「イリスっち。千変万華の刃は物質じゃないよく分からんモノで出来てる。
非物質で切り裂く事で、再度アイツが物質化するのが狙いだ。」
ティアラは真剣な表情で言った。
「つまり物質に戻して再度攻撃出来る様にするの?」
「ああ…あと終わりのないアイツに、『死』と言う概念にも適応させる。
つまり『死』ななくても終わりが存在するようにする。」
「つまり再度イリスっちの力を使って、巨神兵を重力体にしたら敗北ってコトな!」
そう言ってティアラは超重力の塊となった巨神兵に禁忌の鎌を空間移動させて斬りつけた。
ティアラの予想通り重力体の体は簡単に切り裂かれていく。それは布を刃で切り裂くかの様に…
切り裂かれてまるで華が咲いたかの様になる。
が、巨神兵の体の中心に近付くにつれて超重力により、呆気なく鎌は押し潰された。
「さて…頼むぞ!」
巨神兵の体は再度脅威に対応するために変化する。
〈ギィィィィィィ〉
断末魔の様な不快な音がした。
だがティアラの目論み通り、重力で出来た体は物質化し再び瓦礫や鉄の巨大な体に戻った。
「これで後は『終わり』が存在する様になったアイツを終わらせれば…」
ティアラの空間操作に使った右手は黒く変色していた。
「ティアラちゃん…ありがとう。」
イリスは涙を拭き巨神兵の前に進む。
すると巨神兵はガラガラと大きな音を立てて崩れていった。
それに2人は驚く。
「もしかして…勝ったの?」
そう思ったのも束の間だった。
巨神兵に『死』を存在させる。つまり『生』がある存在と変化した。
「巨大な体では的が大きく動きにくいな…体を少し分けるか…」
意思を持たぬ巨神兵に自我が生まれた。それは邪悪な魂が宿ったのと同義だった。