41.古の巨神兵
「どうしてなんだ?どうして魔宝具が使えないんだ?」
数千の兵士達は動揺していた。
魔宝具が使えなくなり空中で飛んでいるイリスへの攻撃手段を失って途方に暮れていた。
「勇気ある戦士達よ、退け!さすれば我は貴様達からは何も奪わん。」
イリスは魔力の隷属化を行い、周囲の魔力を自らの魔力に変換していた。
4枚の翼を生やし、頭の長い2本のツノ…研究所で覚醒させた姿…
それは人間から見たら神話に出てくる悪魔の様な姿だった。
それにより一部の戦士は逃げる者もいた。
「魔力は封じたし、とりあえず武器を奪っておくか…」
引力と磁力を付与した紫色の球体を空中に飛ばす。
すると剣や槍をはじめとした金属が兵士毎、その球に引き寄せられる。
「高さが低いうちに手を離せ。球体が無くなったら落下して死ぬぞ!」
兵士達は武器を失い、将もいない所為で統率力を失っていた。
その為制圧は容易かった。
(あれを無くすつもりは無いんだけれど…まぁ勝手に落ちて動けなくなってくれるなら良いか…)
この場は制圧が終わった事を判断して、数キロ先に見える山の様な巨神兵の方に向かってイリスは飛んで行く。
「グリフィス!あのデカブツの足止めは大丈夫か?」
「姉上!完璧に氷漬けにしました。他の人間達も温度を下げた事で制圧は完了しています。」
グリフィスは余裕そうにイリスに微笑んだ。数千の人間も寒さにより身動きが取れなくなっていた。
鉄やレンガや瓦礫で形作られた山より大きなゴーレムは氷ついていた。
見事に氷漬けになって身動き一つ取れなかった。
「勝負アリか…」
魔族の街に辿り着く前に巨神兵は封じた。
つまりもはや人間側に脅威的な戦力は無かった。
「降参せよ!永きに渡る戦争もこれで終わりとしよう!」
イリスは敵将らしき目付きの悪い水色の髪の人間・ディカプリオに話しかける。
「愚かな魔族め…『超越』の天恵を組み込みし巨神兵はまだ終わらぬよ!」
ディカプリオはニヤリと勝ち誇った顔をした。
そしてイリスの提案を聞いていないフリをした。
「はぁ…姉上がせっかく提案して…」
グリフィスが油断していた時だった。
氷の槍がグリフィスの脇腹を貫き飛んで行く。
「え?」
古の巨神兵はいつの間にか氷の体になっており、人間と同じ大きさの巨大な指を槍の形に変形していた。
その槍状の指をまるで銃の弾丸を撃つように四方八方飛ばしていく。
(敵味方関係無く攻撃を?)
「黒洞」
イリスは氷の槍の軌道を逸らす為に超重力の球体を生み出す。
その球体の引力に氷の槍は吸い込まれる。
氷の槍の軌道が逸れた事で人間の兵士は安心したようだった。
「ちょっと…今の攻撃は味方まで…いや自分まで巻き込むところだったじゃないの?」
イリスはディカプリオに問う。制御出来ているか疑問だったのだ。
「ここで死ぬ民ならばいらん。王あっての民ぞ?王が生き残れば、民はまた自然に増えるのだ。」
「それは違う。民あっての王よ。民がいるからこそ国がある。国があるからこそ皆助け合える。」
イリスは攻撃する為に右手に魔力を集中させる。あらゆる『力』を右手や全身にこめる。
〈シュッ〉
風の音と共にイリスの姿は消えた。それと同時に氷の体になった巨神兵の胴体は粉々に砕け散った。
上半身を失った氷の巨神兵の体は雹の様に地面に降り注ぐ。
それでもディカプリオは余裕な様子だった。
雹は地面に落ちて溶け、水に変わる。その水はスライムの様に変化して無数の兵士にくっついていく。
「うわぁぁぁあ」
兵士は水に飲み込まれていく。何十、何百と簡単に兵士は飲みこまれた…
(これは…倒しても死なない体の…)
それはかつてネビリムの研究所で見たようなスライム体として、新しく巨大な体を再構築していく。
「魔力よ…我に従属せよ…」
スライム状の巨神兵の体はイリスの力により魔力へと分解され、吸収されていく。
巨神兵は再び鉄状の体に変化し始める。
(液体じゃなくなれば、人間は助けられなくなる。
けど人がアイツに吸収されては…黒洞は使えない…)
イリスは宙で一旦静止し、人間を助ける方法がないかを考える。
「姉上…人間を助けるつもりですか?
ならば全力の黒洞を使って下さい。一瞬の間に人間を助けてみせます。」
「グリフィス…お願い出来る?」
イリスは少し不安そうな表情を浮かべる。その動作は弟を危険に晒す可能性があったから迷う。
「姉上…魔王らしくご命令を…」
グリフィスはイリスの迷いを感じてか、彼女を案じる。
「グリフィス!一瞬で可能な限りの人間を助けなさい!」
「は!魔王様。」
イリスは両手に全魔力を集中させる。
(黒洞では不十分かもしれない…だったら…)
『|地祇≪くにつかみ≫』『黒洞』
地面には磁場を作り出し、空中には超重力の球体を生み出す。
それにより金属体となった巨神兵の体は重力へ引っ張られる。次に人間の鎧の金属部分がひきつけられる。
その後黒洞により軽い人間は彼らを纏うスライムごと次々と超重力のブラックホールに吸い込まれて行く。
グリフィスはキツそうな表情を浮かべながら…
「全てを閉ざせ…『|絶対零度≪コキュートス≫』」
その瞬間に世界の時が凍り付く。
「姉上にこの技を見せたいのだけれど、姉上まで凍ってしまうのが難点だな…」
グリフィスは力なく微笑んだ。
「さて…」
グリフィスは時間が止まっている間、全力で人間をブラックホールに飲まれない様に遠ざけていく。
人間を掴む間にも、巨神兵のスライム状の体が動きつつあった。
(こいつ…時間を止めている間も動けるのか…困ったな…)
『|黒氷絨毯≪こくひょうじゅうたん≫』
グリフィスは人間を救い終わった後、氷で出来た絨毯に重力を付与して出来る限り人間が吸い込まれないように尽力した。
「ハァハァハァハァ」
時間が元に戻る。時間を止めた間に動き続けていた疲労がグリフィスを襲う。
ブラックホール近くで彼は止まってしまった。
「少し、救えなかったか…俺も…」
グリフィスを含め人間が数人ブラックホールに吸い込まれて行く。
『|開☆門≪ヘブンズ☆ゲート≫』
突如、空間に穴が開く。そこに人間が吸い込まれて行く。
「ティアラちゃん参上!」
杖を持ったティアラが突如イリス達の前に現れた。
「え?」
「え?」
「ほい!」
ティアラの手によってグリフィスはどこかに消された。
そしてその後液体部分の巨神兵も吸い込まれて行った。金属部分の巨神兵は地面にくっつき身動きが取れないままだった。
イリスも敵のディカプリオもいきなりのティアラの参戦に驚いた表情をした。
「安全な場所に移動させただけだから…安心して?」
ティアラはイリスに話しかける。
「おぉ…次元の魔女か…よくやったぞ!これで勝てる!」
イリスへの話を自身に言ったのと勘違いしたディカプリオは勝ちを確信した顔になった。
「は?ジョーダンきついんですけどぉ?」
イリスはディカプリオの背後に周り込み、ナイフを首に当てる。
「死にたくなければアイツの弱点を言いな?」
いつも明るいティアラの目は完全に光を失っていた。殺す事をまるで躊躇しない目付きだった。
「キサマ…魔族に付くつもりか?」
「バーカ!10年前の事を忘れたか?あーしは自分の思うままに生きるの!」
そう言ってティアラはディカプリオの首筋を軽く切った。
「ヒぃ」
「で…しゃべんの?死ぬの?あーしはどっちでも良いけど…」
「心繋の宝玉で巨神兵の魂を砕くのだ…そうすれば…」
「で?それはどこ?」
「ハイドラが持っているだろう?」
「もう一つあるだろ?寄越せ!」
「もう一つ?知らん…
頼む助けてくれ…」
「チッ」
ティアラはそう言って、イリスに巨神兵の倒し方を教える。
「あ…てか巨神兵の事を忘れていた…」
ギュルルルル
巨神兵はブラックホールの中で押しつぶされてグチャグチャになる音が聞こえていた。
「ティアラちゃん…これで戦いは…」
「終わりじゃないと思うよ…だってハイドラっちの未来は…」
タロット占いの結果はあの後も変わっていなかった。つまり彼の破滅はまだあり得るという事だった。
<ゴオォォォォ>
ブラックホールの中の音が変わる。何かが変わったようだった。
そのうちに黒い球体は小さくなっていく。
「こんなにはやく小さくなることって…」
イリスにとっては予想外だった…
「『適応』…いや『超越』かな?多分この巨神兵もネビリムが絡んでんなぁ…」
ティアラは溜息を吐いた。
黒い球体の中から出て来たのは押しつぶされて少し小さくなったものの、
真っ黒に…禍々しい姿に変わった巨神兵だった。