40.開戦
「ワタクシはいつのまにか死に場所を失ってしまっていた…」
ゾークは1人でルヴィジアの街の前にある草原に立っていた。
いつもの執事の服では無く、30年前まで使っていたボロボロの燕尾服に着替えて…
恐らく最後になるであろう、自身の死場所となる戦いを始める為に…
大切なモノを護る為に…
ゾークの元にディラン率いる5人の戦士たちが近づいて来る。
少女から老人の魔法使いまで様々だ。
皆が一級品の装備を纏い、歴戦の戦士の風格を出している。
ハイドラによる魔王討伐が失敗した際に用意されていた精鋭4人達だ。
ゾークはこの平原に至るまでに、あらかじめ罠などを大量に仕掛けていた。
だから突破出来る者一握りの精鋭となる。
「オイオイ…あれだけ必死にここまで来たのに、迎え撃つのは魔族一匹だけかよ…」
髪の毛ボサボサで目つきの悪く性格が悪そうな見た目の剣士は悪態をつく。
だが油断はせずに剣を構えてゾークに向かっていく。
「かつての人間と比べれば、5人は多いですなぁ…老体に堪えそうじゃわい…」
ゾークは短剣を両手に構えた。そしてゆっくりと向かって来る戦士の元に歩んで行く。
「一人で向かってくるか…本当に舐められたものだぜ!」
「若造が…足元不注意にもほどがあるぞ?」
<ドォン>
一人の戦士の足元が爆発した。戦士は吹き飛ぶ。
だが空中で回転し、体勢を整える。
「はぁ?こんなもので…」
戦士は何が起きたか理解していた。これまでの道のりに地雷や罠が大量に仕掛けられていたから。
精鋭らしく地雷一つではびくともしない。攻撃の態勢に入ろうとした時だった
平原をゆっくり歩いているゾークも自身の仕掛けた地雷を踏む。
<ドォン>
爆発音によってゾークは戦士の方に吹き飛んだ。
「ははははは。自分たちの罠に引っかかるとか馬鹿かよ。」
<シュ>
ゾークは戦士の鎧の隙間にナイフを突き立てた。戦士はゾークが吹き飛ばされて以降、何が起きたか見えていなかった。
喉元を斬られ瞬殺だった。
「まずは1人…」
ゾークは黒いハンカチで血の付いたナイフを拭く。
イリスには出来る限り殺すなと言われた。
だからここまで来れなかった者を殺すつもりで罠は仕掛けなかった。
しかし何万の罠で心が折れなかった精鋭は違う。生かせば魔族を殺す人間だ。
だから殺す。容赦はしない。
ディランたちは一瞬の出来事に凍り付いた。
「アイツ…地雷の爆風で加速したのか…」
「一人で戦っていたのは、味方を地雷に巻き込まない為か…」
「まだこの先の街に戦える魔族がいると仮定して、戦力は温存すべきだろう…」
一人やられて分析を始めていた。
「アイツは…やはり…」
ディランはゾークを見て何かを思ったようだった。
「ここはボクが行こう。カイゼル、ファランクス援護を頼む。エベレスは力の温存を…」
ディランはメガネをクイっと上げた後、剣を携えて前に進む。
カイゼルと呼ばれる真紅の鎧で身を包んだいかつい老兵と、ファランクスと呼ばれる気の弱そうな細目の若者がディランの横にならぶ。
カイゼルは無数に槍を生成した。それを投擲していき地面に突き刺していく。それにより地面に埋まっている地雷を爆発させていく。
ファランクスは杖を構えて魔法を唱える。
ゾークに向かって前方を水浸しにしていく。これにより相手の移動を制限する。
「ライトニング」
ディランは雷の中級呪文を唱えて、水に満ちた場所に雷を放つ。
<バリバリバリバリ>
それは上級呪文を放った時の様に、水浸しになった地面は電気で満ちた。それと同時に一瞬で地面の地雷は全て爆発した。
ゾークは今地面に突き立てられている槍の元に飛び移る。が槍にも電気が映っており、ゾークはしびれたような動作をした。
「降り注げ天雷よ…『|神の裁き≪インドラ≫』」
ファランクスは杖を天に向ける。それと同時に空の雲が黒雲に変わる。それと同時に巨大な雷撃が地面に落ちる。
地面に突き刺さり避雷針と化した槍を目掛けて。
辺り一面が真っ白になるくらいの大爆発だった。地面に突き立てられた槍は燃え尽き、地面の形が変わる。
そしてゾークの姿は消え去った。
「燃え尽きたか…」
カイゼルは安心した。
「結局魔王を想定して組まれた俺達メンバーにかかればこんなものです…」
魔族1人に対して過剰な力を使ってしまい、少し苦笑いだった。
「ならばその力は到底ワタクシどころか、魔王様やハイドラには及ぶまい…」
ファランクスの喉元に短剣が突き立てられる。
彼が倒れディラン達が気を取られている間に、ゾークは再び姿を消し去った。
「油断したわい…恐らくこやつは俺達の知らない神将ですな。」
カイゼルは焦る。
「キサマ…名は何と言う?」
ディランはゾークに名を聞く。彼が強敵と認めた瞬間だった。
「ふぁっふぁっふぁ。ワタクシの事は時代の流れと共に忘れ去られているようですな…ワタクシめは『卑劣』の…」
ゾークは言いかけた言葉を飲み込んだ…
「いや今日だけは卑劣のゾークではなく、
神将『卑屈』のゾークと名乗らせていただきましょうか。以後…はございませんね…」
ゾークは背筋を伸ばし会釈した後、にこやかに微笑んだ。
ゾークは思い出す。自身と共に力を競い合って来た神将が、魔族を守る為に戦い自分より先に死んでいったことを。
「死ぬのを恐れるのはお前の良さだ。だからこそ万の策を以て、戦場に赴いてくれるんだろ?部下を…自分を死なせない為に…」
そう言ってくれたガイウスを護る事が出来ずに死に場所を失っていた。
だからガイウスの大切な娘である、イリスとグリフィスを護ると決めた。彼らの為に死ぬと決めた。
だがそれも出来なかった。
だから今は魔族の未来を…ハイドラを護ろうと決めた。
ここをゾークは死場所に選ぶ。
「下がれ…やはりここはボクが一人で戦う。」
ディランはカイゼルを後ろに下げる。その後目を瞑る。
「部下を逃がそうとは…甘いですな…」
ゾークは鎧の隙間から見えるカイゼルの首にナイフを突き立てようとしたその時だった。
「そこか…」
ディランは目を瞑ったままカイゼルの首元近くに剣を突き立てる。その刃はゾークの胴体に突き刺さった。
「『増幅』が俺の天恵。魔法の威力を高めるだけでなく、感覚を鋭敏にすることも出来るんだ。」
ディランは目を開ける。鋭い目付きはゾークを捉えていた。
「『卑屈』のゾーク。父上に教えられて知っているさ。
父上達が倒せなかった過去の神将。無限の策にて敵を無力化する神将。
生きていて欲しくないと願っていたが、これまでの道のりの罠からお前だと考えていたよ。」
「お前の事を調べて、対策をしていなければボク達は惨敗だったな…」
ゾークにとっては最大の褒め言葉だった。先代の魔王以外に認められて、最後に「将」として死ねる。
「ふぁっふぁっふぁ。まさか覚えてくれている者がいるとは…
そしてワタクシの対策までして頂けるとは光栄な最後ですな…」
ゾークの体には爆弾が大量につけられていた。自身を倒す強敵を確実に葬る為に…
「エベレス…剣ごと奴を飛ばせ。」
ディランはエベレスと呼ばれる小さな女の子に命令する。
それと同時にゾークは強力な風の力によって街の入口にまで飛ばされる。
「は…このままでは街が…」
ゾークの爆弾は爆発しそうだった。
「ここは俺に任せろよ。」
街の入口からゾークに飛び掛かる深紅の髪の巨体の男。ゴリアテだった。
ゾークに飛び掛かり彼の全身にパンチを連打し彼自身も爆弾の爆風に飲まれながら、最後にラリアットを喰らわせる。
「ごふぅ」
それにより口からゾークは地面に倒れる。
「き…さ…ま…まさか…」
ゴリアテは牢屋から抜け出していた。それによってゾークは倒された。
「ゴリアテ」
「ゴリアテ様」
ディランたちは街から出て来たゴリアテの姿を見て安堵の笑みを浮かべた。それと同時に勝ちを確信した表情を浮かべた。
だがゴリアテはディラン達を睨みつけ、戦闘準備をしたままだった。
<カツカツ>
ゴリアテの後ろから松葉杖をついて、杖に支えられてこちらに向かって来る人影があった。
「あれは…裏切者の…」
ゴリアテを見て安堵の笑みを浮かべたディランの付き人達は、一瞬にして険しい顔となる。
ディランは右腕を横に上げて、付き人を静止させる。ゴリアテに近付かせない為に…
「ハイドラ…」
ディランはハイドラを見て彼を睨みつける。
杖に支えられながらゾークの元に歩んで行く。
「ゾーク…ありがとう。後は俺が引き受ける。」
「ハ…イ…ドラ…さま…」
ゾークはハイドラの名前を呼ぶ。
「ゾーク…はやく逃げろよ。せっかくゴリアテが傷を引き受けてくれたんだ。」
「へ?」
ゾークは立ち上がろうとする。簡単に立ち上がれた。
「体が軽い…」
「ゴリアテは『引き受け』の天恵の持ち主だからな。触れた相手の怪我や物を引き受ける事が出来る。」
そうしてハイドラは杖をついてディランたちの方に向かっていく。ゴリアテはそれをただ見守る。
「ディラン…久しぶりだな。」
「ハイドラ…どうしたんだ?その怪我は?」
「少しやらかしてな…」
ハイドラはぎこちない笑みを浮かべる。
「そこまでして戦う理由はあるのか?魔王や魔族はお前を使い捨てにしようとしているじゃないか?」
「平和の為に命を賭ける事は悪い事か?」
ハイドラは杖に支えられながらもディランを睨む。
「それならば何故人間側で命を賭けない?お前がこちら側でいてくれれば、そんな体になる事もなかっただろう?」
ハイドラはフルフルと首を左右に振る。
「この運命からは避けられなかったさ。だから俺は悔いのない未来を選ぶことにしたんだ。」
「お前は…魔族に組みした裏切り者として死ぬつもりか?」
「世界が平和になってくれるなら…それで構わない。」
ハイドラの強い覚悟を感じさせる瞳がディランを見た。
「分かった。ならばボクの憧れ…ボク達とお前達で、人間同士での最後の戦いをしようか?」
ディランはハイドラの覚悟を悟る。そして剣を構えた。
「戦闘準備」
ディランたちは各々の武器を構える。
「大将はディランに集中しな?雑魚は俺達で引き受ける。な?」
ゴリアテはゾークに向かって声を掛けた。ゾークは呆れた顔をしてうなづいた。
ハイドラは自身を支える松葉杖を投げ捨てる。少しよろめきながらも左手をディランたちに向ける。
「じゃあディラン…始めようか?俺達の最後の戦いを…」