39.最後の晩餐
「おい、メシはまだか?」
牢屋の中でゴリアテは筋トレをしながら看守に聞く。
「1時間前に食べたばかりだろう?」
看守はツッコむ。
「筋トレしてたら腹減っちまった。」
ネビリムとの戦いから3週間が経つ。
グリフィスは戦場にて敵将の殆どを捉えて牢屋に送っていた。
一方でイリスは人間側の研究所や基地を破壊し尽くしていた。
これにより人間側は戦争で指揮を取れる者は殆どいなくなっていた。
平和まであと一歩のところまで来ていた。
あとはレディオン王達率いる、王族の軍を屈服させれば終戦となる。
「今日は地面がよく揺れるな…」
それは地下の牢屋にいる者は皆気付いていた。
捕らえられた将達は王達が最終兵器の『古の巨神兵』を起動させたのだと確信していた。
しかし捕まってから待遇は悪くなく、魔族が悪い者ばかりでない事を知りつつあった。
だからこのまま和解の道を歩んで欲しいと願う者も少なくなかった。
カツカツと杖をついて歩いてくる人間がいた。
「よう…王都振りか?ハイドラ…」
ゴリアテの牢屋にハイドラがやって来る。だがゴリアテは気付いていた。
ハイドラの歩みがいつもより遅く、足を引きずるようにして歩いている事に。
「ゴリアテ…牢屋を抜け出して俺と一緒に戦ってくれって言ったら、お前はうなづいてくれるか?」
ハイドラは左腕で松葉杖に支えられながらゴリアテの牢屋の前に来た。
「オメェ…その怪我で戦うつもりか?死ぬぞ?」
ゴリアテは険しい顔でハイドラに言った。
「それは覚悟の上さ…」
「オメェやっぱり漢だな。」
ゴリアテは微笑む。
*
「そうか…カイナの村が一夜で滅んだか…想像以上の力じゃな…」
イリスは玉座の間にて緊急の知らせを受ける。
海辺の村が山のように大きい巨人により滅ぼされたとの事だった。
「そこから一番近い街はハモアの街か…では我がそこに向かうとするか…」
イリスは出陣の準備をする。巨大な敵との事で自身が戦い、その隙に街に住んでいる非戦闘員が出来る限り生存出来るように。
「グリフィスを中心に神将達に、近隣の街の住民を避難させるように伝えよ。戦える兵も護衛としてつけよ。」
「その間の城の警備はゾークに…いや…巨神兵を陽動にこの周辺一帯にせめて来るやもしれんな…」
「ルヴィジアの街が戦場になる可能性がある。そこの警備をゾークに任せよう。街の人間は一旦この城に避難を…」
ルヴィジアの街…ハイドラとちゃんとしたデートをした思い出の街。
出来れば戦場にはしたくはなかった。だがその可能性があるなら対策はしっかりと行う。
ガチャ…
玉座の間の扉が開く。ハイドラが入って来た。松葉杖に支えられながら…
「ハイドラ…休んでいなくて平気なの?」
彼の体は先日の戦いで、既に体の感覚を無くしていた。
治癒魔法でも治せない呪いのようだった。
恐らくあと1回、心繋の宝玉の力を使えば彼は全てを失う。
「外で話は聞いていた。俺がルヴィジアの街を護ろう。」
ハイドラはイリスに進言する。
「却下です。あなたはもう戦わなくて良いの。」
イリスはもうハイドラを戦わせるつもりはなかった。
平和まであと一歩。だからもう戦う必要もない。ハイドラのお陰で、魔王側の戦力を減らす事なく維持出来た。
あと一歩。ならば最大戦力を用いてか弱き住民を護る。
「ゾーク?ルヴィジアの街の将を貴方に任せるわ。ハイドラを戦わせたら減給だから…」
「我が命に代えても…ルヴィジアの民と…ハイドラ殿の命を守りましょうぞ。」
ゾークは片膝をつき、イリスに忠誠を誓う。
ゾークも変わりつつあった。人間に対しての偏見や態度が…
最初はハイドラを意地でも認めていなかった。
しかしハイドラのボロボロになりながらも平和な世界を作るという夢を叶える姿に心打たれて改心した。
今では人間の事をもっと認めようとしている。もちろん全てを認めたわけではないが、彼なりに成長していた。
それこそ今回のイリスの命令は絶対順守するつもりだ。ハイドラを命に代えても守るつもりだった。
それがイリスの為になるから…
なおゾークのみがイリスとハイドラが結婚した事を伝えられていない。
それまでの行いのせいでもあった。
その後もイリスは兵士や伝令係に細かく作戦を伝えていく。
自身が戦線の最前線に立つ以上、指揮する者にあらゆる伝令をする必要があったからだ。
こうして昼から続いた作戦会議は夜まで続いた。
その後イリスとハイドラは一緒にご飯を食べる為に食堂に行く。
「あぁ…疲れたぁ…やっぱり時間が足りない…」
イリスは料理を作りながらハイドラに語り掛ける。相変わらず彼女の料理は上達していない。
毒々しい煙が立ち込めて、食堂にいる者はその匂いを嗅ぐと同時に食堂から出て行くのだ。
「でもうれしそうだな…」
ハイドラも食後のデザートを作っている。
デザート以外を作るとイリスは何故か落ち込んでしまう為、彼はデザートを作る係になっている。
今日はフルーツのケーキを作っていた。戦場に行く前にイリスの好物をごちそうしようと思ったのだ。
「うん。だってあと少しで平和な世界が来る実感があるから。
わたしが今頑張れば、後の世代で笑顔が増えるって思ったらすごくうれしくて。」
イリスは嬉しそうに話しながら料理を焦がす。
「ここに来たときはこんなことになるなんて全く思っていなかったな。
今では平和になった先の未来も、もっと見て見たいと思っている。イリス達と共に…」
何気なくハイドラは言った。
だがその言葉でイリスの顔は赤くなっていた。平和になった先の未来を勝手に想像して…
その思いが火に移ったのか、更に料理は焦げていた。
「あれ…料理…また失敗しちゃった…」
イリスは落ち込む。
「相変わらずだな…イリス。
大丈夫だよ…ケーキを作るのにまだ時間がかかるから…今度は失敗しない様に作ると良い。」
ハイドラは微笑む。ぎこちなく…
こうしてお互いの料理は1時間かかって出来上がった。
その間イリスは何気ないおしゃべりをして、幸せな時間を過ごす。
「ようやく…出来た。最高傑作が…」
毒々しい湯気は出ているものの、イリスにとっては最高傑作らしい。
ハイドラはそれを口に入れる。
「うん。相変わらず独創的な料理だな。美味しい。」
ハイドラは優しく笑う。
絶対に美味しくないはずの料理を食べて笑ってくれるハイドラをイリスは愛しく思う。
その顔を眺めているだけで幸せだった。
「イリスは食べないのか?」
イリスは自身の料理を食べれないので食堂の料理を食べる。その後ハイドラの作ったデザートを食べる。
「いつも以上に美味しい。またこのケーキを作ってね?」
イリスはハイドラに微笑みかける。
「勿論だとも。平和になったらのんびりできるしな。」
ハイドラは微笑む。
「イリス。この戦いが終わったら、またお前の料理を食べさせてくれよ?」
こうして笑い合って食事の時間は過ぎていく。
翌日からは別々になる2人。だから今しかない時間を大切に過ごしていた。