37.夢の果て
「少年…ありがとう…追手が来る前に逃げなさい…」
男は息絶え絶えだった。そもそも全身に剣が刺さっている時点で、ここまで持ち堪えたのが奇跡的だった。
もはや気力で動いている状態だったのだ。
「おじさん…大丈夫?」
ハイドラは男を心配して近づいていく。
ハイドラは血塗れの男に手を伸ばそうとした時だった。
〈ブシャッ〉〈ゴト…〉
男は右首から左腰にかけて真っ二つになる。それが男の最後だった。
斬られて息耐える直前に男は少し微笑んだ。
「…リス……グ……フ…」
男を斬ったのはエクレールだった。彼女の目から光は消えていた。
「しぶといなぁ…まだ生きていたんだぁ?」
ザク…ザクっと何回も何回も男に向かって剣を刺す。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
何回も何回も何回も何回も念入りに…
「エクレール…もう死んでる。」
ハイドラは彼女を止めようとする。
「もう死んでいるのは知っている。でも街の人を殺した上にハイドラまで傷付けようとした。
だったらもう魂を地獄に落とさないと…」
「もう良いんだ。早く追手が来る前に逃げよう?王は俺達を皆殺しにするつもりなんだ。」
ハイドラはエクレールに手を伸ばす。一緒にこの街を離れる為に…
少しでも助かる可能性を上げる為に…
そしてエクレールにこれ以上戦って欲しくなかったから。
「大丈夫だよ、ハイドラ?どんな事があっても私があなたを守るから。たとえ私が変わり果てたとしても…」
血塗れのまま彼に微笑みかけるエクレールの姿…
彼女の周りには彼らの親や街の人、沢山の兵士の死体が転がっていた。
「だってアナタは弱いんだもの」
*
「勇者ハイドラ…報告にあったがその力は…」
ネビリムは険しい顔をしていた。
ハイドラは『禍飾』による黒い剣を左手に持ち、既に勇者のレプリカを数体戦闘不能にしている。
レディオン王の時のように魂と精神に干渉する事によって…
「何故お前は魔王ガイウスの力を使っているんだ?そして何故に時折お前だけ未来が見えないんだ?」
ネビリムの甘ったるい口調は完全に消えていた。焦っていたのだ…
不死たる存在…無敵の存在の筈だった…
人間を壊滅に追い込み、世界をオモチャにする計画が僅か3人により破綻に追い込まれようとしていた。
未来予知により、あと少し時間が経てば魔王イリスもここに駆け付けるのを知った。
それにより魔力で出来た体のネビリム達は全て終わる。
ネビリムは何としてもこの場を逃れるつもりだった。
(ティアラの攻撃は速く範囲が広いが、わらわ達は再生するので被害は無い。問題はハイドラだ…)
「心繋の宝玉で魂に傷をつけるとは…」
ネビリムはそう思いながらも何か違和感を感じる。
(おかしい…無限に再生する筈が、どんどん体が小さくなっている。この場は魔力で満ちている筈なのに…)
「まさか…」
ネビリムは焦った様子でティアラを見る。ティアラはその視線に気付く。
「あっれぇ?未来予知が出来るのに、今更気付いたん?」
ティアラは意地悪そうな笑みを浮かべる。
「魔力ごと空間を切り裂いていたのか…」
「当ったりぃ。あーしは勇者の失敗作だからぁ…
バカなフリして派手なワザで攻撃しつつサポートしてたって訳。」
ハイドラの黒いオーラに触れれば行動不能になるのを分かっているレプリカ達は、彼に攻撃しようにも近付けなかった。
ネビリムは焦る。しかし何か閃く様に頭にあるシーンが浮かぶ。
(これねぇ)
そのシーンを見てから余裕が出来る。しかしティアラ達にそれを悟らせない為に、焦ったフリを続ける。
「何故だ?お前達と同じ力を持たせた不死のレプリカ達を、何故こうも圧倒出来るのだ?」
「さぁ?生きてるからじゃね?生きてるから生きたいと思える。死ぬ気で戦える。
お前の作った勇者達は必死さがないんだよ。所詮は操り人形ってカンジ?」
ティアラは勝利を確信し、油断していた。
「説明ありがとう。おかげで転移の時間を稼げた。」
勇者のレプリカ達はティアラの意識が向かない一瞬の間に、空間を捻じ曲げていた。
ネビリムの周りの空間がグニャリと曲がる。それにより彼女とハイドラ、そして勇者のレプリカ達が吸い込まれて消えた。
「油断した…ヤバい…」
ネビリム達とハイドラは再び違う空間に飛ばされる。
(ははははは…勝ったわぁ。)
「お行きなさいぃ…レプリカ達ぃ?」
ハイドラはティアラのいる場所から違う空間に隔離された。
つまりこの場はハイドラ1人しかいなかった。
(微かに見えた未来ぃ…あと9体のレプリカを倒した後、ハイドラはぁ、血を吐き倒れる。)
「レプリカが1匹、レプリカが2匹…」
ネビリムはカウントを始める。未来予知によるハイドラが倒れる時を…
「一気に負担をかけましょうねぇ…行きなさぃ、レプリカ達ぃ!」
レプリカは一気にハイドラに攻めかかる…
(禍飾を使い過ぎた…)
ハイドラは今までで一番苦しそうだった。体の感覚が既になくなっていた。
「すまないイリス…俺もここまでらしい…」
ハイドラは自らの死期を悟る。その間もレプリカはハイドラに触れて倒れていく。
すぅぅぅっとハイドラは覚悟を決めて一呼吸した。
「ここが俺の夢の果て…平和の為にコイツらを全て道連れにするのが俺の役目だ!」
「俺はみんなを守る為なら最後にバケモノとして死のうが構わない。」
覚悟を決める。二度と使わないと誓った力を使う為に。
「だから最後に勇気を…力を貸して下さい。」
勇気が欲しかった。
『心繋の宝玉』の中にいるエメリアの魂に語りかける。
まるで最後の時と言わんばかりに…
ハイドラは左手に持つ「心繋の宝玉」に祈りを込める。
『禍飾終点・悪夢』
その瞬間にハイドラを纏う黒いオーラは黒いカーテンとなり、ネビリムと勇者のレプリカを囲い始めた。
だがネビリムは余裕そうだった。
「レプリカが8匹、ラストぉぉぉぉ」
ネビリムは歓喜の笑みを浮かべる。最後のレプリカがハイドラに触れて倒れる。
「ゴホッ」
ハイドラは口から大量の血を吐き倒れた。その瞬間に黒いカーテンは消える。
「あらまぁ、残念だったねぇ…勇者ハイドラァァァ?」
ねっとりと甘ったるい声がハイドラの耳に響いた。
カツカツとネビリムはゆっくりハイドラに近づいていく。彼が起き上がれないのを知っていたから…
「さぁて、勇者も倒れたし『心繋の宝玉』を回収して、魔王達から逃げるとしましょうかぁ。」
そう言ってハイドラにゆっくり近づいていく。彼の左手から宝玉を奪う。
「魔王イリスが寿命尽きるまで、ディカプリオ皇子に成り変わり隠れ潜むとしましょうかぁ…
この世代では魔王の力はわらわと相性悪いしぃ…」
ネビリムはウキウキとした様子で、宝玉にキスをする。
「そうだわぁ…勇者ハイドラを魔王イリスと戦わせる、悲劇的な最後にしましょうかぁ。
ちょうど『心繋の宝玉』もある事だしぃ、魔王ガイウスの様に操りましょうねぇ。」
「『心繋の宝玉』よ。対の宝玉を持つ者の精神を蝕みなさぃ?」
ネビリムはウキウキで宝玉を使おうとした。ハイドラがもう一つの宝玉を持っていると勘違いしていたから…
だから反応はなかった。
「この時をずっと待っていた…あの時宝玉に魂を捧げていて良かった。」
宝玉はネビリムに語り掛ける。
「誰?」
「俺を忘れたのか?全ての元凶よ?」
「何百年も生きているわらわが有象無象なぞ覚える筈が無かろう?」
「そうか…でもなネビリムよ?その有象無象に今から身体を奪われて、貴様は死ぬんだ。」
「何を…ざ」
その途端にネビリムの意識は途絶えた。
ネビリムは一瞬動きを止めた。その後ゆっくりとハイドラを優しい目で見つめる。
「ありがとう!あの時の少年よ。
君のお陰であの時の無念を晴らす事が出来る。」
ネビリムの口調は変わった。意識が乗っ取られた様に…
「お前は…?」
だがネビリム本人も必死に抵抗する。
「最後に名乗っておいてやろう。俺の名はガイウス…
先代の魔王にして愚かにも貴様に操られ惨劇を生み出した者。」
「さぁネビリム。お前の今まで犯してきた罪の精算の時だ。
今生きる者達を未来へ進ませる為に!」