36.魔王の覚醒
「ありがとう…少年…」
銀髪の男は涙を流しながらもハイドラにお礼を言う。
「あなたの望みは叶えられた?」
ハイドラは恐る恐る男に聞く。
「キミのお陰だ。」
そう言って男はネックレスを引きちぎり小さな宝玉をハイドラに渡そうとする。宝玉は男の血を吸いながらも綺麗な深紅の輝きを放っていた。
「これは?」
ハイドラは綺麗な宝石を不思議そうに眺める。
「『|心繋≪しんけい≫の宝玉』という、生物の魂に干渉する危険な魔宝具…
これを悪用されない様に君があの岩場に隠してくれないかな?」
そう言って岩場を指差してハイドラに向わせる。
その後、先程男が攻撃した女性の元に近付いて行く。その後女性が左手に持つ宝石を奪う。
「これ以上悪用されない様に私の魂全てを宝玉に捧げよう。悪しき者を拒む為に…」
男は両手でその宝石に祈りを込める。宝石は男の魔力を吸い、鈍くも美しい光を灯していた。
<ブシュ><ガシュ>
鈍い音を立てて、男の体に大量の弓矢が刺さる。兵士達の大群がその場に押し寄せる。
奇跡的にハイドラには矢は命中しなかった。
「魔族1体に弓矢命中。しかし少年には当たりませんでした。」
「王より賜りし命は殲滅。全てを皆殺しにせよ!!」
「あぁ…良かった。ようやく…ようやく…この少年が死ぬ未来を回避することが…出来た…」
男は安堵の笑みを浮かべる。
「残すは悪しき人間を全て滅ぼす。」
『|惨禍≪さんか≫の|蜃気楼≪しんきろう≫』
男は黒いオーラを身に纏う。それと同時に世界が歪みだした。
*
イリスは魔力で満ちているが、空以外は何もない平地に飛ばされていた。
そこでガイウスの姿をしたネビリム率いる、武器を持つ大量の実験体・勇者のレプリカに追われていた。
イリスは父の姿のネビリムから遠ざかるように移動しながら、黒い球体をいくつもに勇者の失敗作に投げつける。
失敗作は攻撃を予知してそれを避けるが、球体の強力な引力により吸い込まれる。
〈ゴキ〉〈バキ〉
実験体の体は黒い球体に吸い込まれて骨ごと潰され続ける。が、引力が弱まるにつれて液状になり黒い球体から抜け出し再び体を形成し直す。
「無駄よぉ。だってそいつらはわらわが操る死体でぇ、変形可能なスライムの体だものぉ。
死なないし、体は元に戻るのぉ。いずれかの死体の魔力が続く限りねぇ…」
(だからこの空間は魔力で満ちているのか…)
魔力が続く限り…つまりはネビリム達はここでは半永久的な命だと理解する。
「お父様の声で話すな…お父様からから出ていけ。この下衆が!!」
イリスは父を侮辱されている為か怒りを露わにしている。
イリスは移動しながら自らの魔力を振りまいていた。『磁力』を空間に付与する為に。
磁力を満足にばら撒けたイリスは右手をネビリムに向ける。
『|地祇≪くにつかみ≫』
ガイウスの周りに砂鉄が次々に集まる。砂鉄は隙間のない丸い牢獄を作るように彼を覆い尽くした。
更には砂鉄は集まり金属状の槍になり、実験体を下から串刺しにする。
『|災禍≪さいか≫の|嚆矢≪こうし≫』
ガイウスの周りには黒いオーラが漂っていた。普段は見えない高密度の重力により、光が捻じ曲げられた証だった。
黒いオーラによって、ガイウスを捉える砂鉄の牢獄はバラバラと砂鉄が地面に落ちて行く。
「この状態は全ての攻撃を無効化する。つまりあなたはわらわには勝てないのぉ。」
ネビリムはイリスを嘲笑う。
「魔王イリス…あなたの死体は可愛がってあげるわねぇ?お父様と一緒にぃ」
「|天墜≪てんつい≫」
イリスは空に祈りを込める。それにより大量の隕石がガイウスに向かって降り注ぐ。
『|惨禍≪さんか≫の|蜃気楼≪しんきろう≫』
隕石が降り注いだ先にガイウスはいなかった。それはまるで初めからガイウスがいなかったかのように…
「全ての攻撃は無駄なのぉ。今のわらわは擬似的な攻撃への対応と不死を手に入れてるからぁ…更には無敵の防御も持つ完璧な存在。
不死だった『超越』の勇者に並ぶ至高の存在!」
彼女は一旦彼から離れるつもりだった…しかしガイウスの方に進んでいく。思う方向と逆の方向に進んでいた。
その後イリスは方向感覚がなくなりその場から動けなくなる。
「魔王を殺すならこの技ねぇ…『天墜』で終わりにしてあげるねぇ?」
イリスの頭上に大きな隕石が落ちる。
(どうしてだろう…追い込まれている筈なのに、危機感を全く感じない…)
不思議とイリスの周りに魔力が集まってくるせいだろうか、不安がなかった。
〈ドオン〉
隕石が落ちた衝撃音はもの凄かった。
イリスは頭上に隕石が落ちたにも関わらず、彼女は無傷だった。
イリスの周りには巨大なクレーターが出来ていたが、彼女のいた場所だけはそのままだった。
(あぁ…やっぱりお父様がわたしとグリフィスを平等に教え、平等に育ててきたのは…)
イリスは足を止めた。何かを実感しているかのように…
「動かないならこちらから攻めるわねぇ?」
『黒胞』
ガイウスは無数の超重力の球体をイリスに放つ。
「潰れなさいねぇ?」
イリスはキッとガイウスを睨む。
その瞬間にその場にある全ての魔力がイリスに集まっていく。
(やっぱり…わたしは世界を壊さない為に…力を封じ込めていたんだ…)
イリスへの異常なまでの魔力の収束。
イリスに向かって放った黒い球体は分解され、魔力へと変わりイリスの元に集まっていく。
「その力はぁ?」
ネビリムは焦った様子で聞いた。イリスを殺すつもりの攻撃は無力化されたのだから。
「お父様…ありがとうございました。あなたが導いてくるたおかげでわたしは世界を壊さず、他の魔族や人と歩む道を選ぶ事が出来ました。」
魔力を吸収し続け、イリスの頭のツノはより長く伸びていく。更には肩にはコウモリの様な翼が4枚生える。
膨大な魔力による変性だった。
「魔族は身体に蓄える魔力や天恵により、姿を変えていく。」
「わたしの…いや我の天恵は『力』。この世界の力そのもの。」
「理すら無視するのはありえない。そこまでの力を何故今まで使わなかった?」
ネビリムの余裕は消え始めていた。
「『力』を全力で行使すれば、世界の魔力が全て我に集まる。
我に優しい父がおらねば、きっと世界をも喰らうバケモノと化していただろうな…」
「早く殺さなきゃ…レプリカ達よ!アイツを仕留めなさいぃぃ!」
勇者のレプリカ達はイリスに一斉攻撃を仕掛ける。あらゆる勇者を模倣した技を次々と…
「人とはここまで醜くなれるのだな?」
イリスは右手にあらゆる『力』を集約させる。
『天地開闢』
白い光が放たれる。それと同時に勇者もどき達は消え去る。
スライムの体は再生する事がなかった。
「なぜ?再生されない?未来が見えない?勇者の力が発動しない?」
焦りながらもネビリムは攻撃する為に手をイリスに向けようとする。
が、腕がなかった。
「『魔力』の隷属。魔力による力なら、どのような力も従え我のモノとする。」
「めちゃくちゃなぁ…」
絶望の表情を浮かべる。
「さて愚民よ…図が高いぞ?『ひれ伏せ』」
イリスは冷たい目でガイウスの皮を被ったネビリムを見る。
「良いのか?父親にこんな事をさせても?」
「父ガイウスの想いは既に受けておる。故に我はその想いと共に未来へ歩む。」
そういうとガイウスの体が分解されて次第に消えていく。
「バケモノめ…」
「確かに我はバケモノかもしれん…
だが親や弟…そして勇者ハイドラから『愛』を受け心までは永劫バケモノと化す事は無い。」
「もう醒めない夢を終わらせるが良い…醜きバケモノよ…」
「やああぁぁぁぁぁ…いや…いや…消えるのは嫌ぁぁぁぁぁあ」
こうしてガイウスの体ごとネビリムは魔力へと変わり消えていった…
「終わった…」
イリスはその姿のまま泣き始めた。
「お父様ごめんなさい。グリフィス…最後にあなたに合わせてあげたかった…」
嗚咽を堪えつつも涙を流す。
「誰もいなくて良かった。魔王のわたしが泣くのを見られる訳にいかないもの…」
ようやくイリスは父の為に泣く事が出来た。そして過去と一区切りついた。
「待っていてハイドラ。少し泣いたらあなたを助けに行くから。」