34.勇者計画
イリスとハイドラは小型の飛竜に乗り、2週間近くの間2人きりで各地を巡っていた。
勿論新婚旅行も兼ねている。
目的は各地に点在する武器庫、軍事基地、研究施設など武器や兵器の生成場所を破壊もしくは再起不能にする為だ。
人間から武器を取り上げる。兵士が生まれないようにする事で、魔族の被害を減らす為に…
現在は主要な30程の施設を破壊してある。食糧調達は現地の無力化した場所から手に入れながら…
人間への被害は極力少なくしている。
王都の城の様に施設を浮かせて兵士を含めた人間を強制的に退避させる。退避しない場合は浮かせたままで、地上との連絡を絶つ。一般人に対しては有効的で簡単に制圧出来た。
この日は北の雪国「アインクラン」にあると噂されている研究施設に訪れていた。
噂程度だがそれがどこか怪しかったからだ。王都セレスティアから離れており、魔族が住む魔界から最も遠い場所である。
「ハイドラ…ここに本当に研究施設なんてあるの?」
「分からない…それでもレディオン王にこの雪国の周辺は近付くなと言われたから、何かあるはずなんだ…」
「あぁ…研究所なら向こうの山の地下道の抜け道を進んだ洞窟にあんよー。」
飛竜にのるハイドラとイリスの間に一人の人間が、何もない空間から突然出現した。
サラサラのダークグリーンのロングヘアー…それと目がぱっちり開いたやせ型の美女。
「え?誰?」
イリスは急に飛竜に人間が現れた事に驚く。戦闘態勢に入ろうとするが、ハイドラは全く動じていなかった。
「あぁ…ティアラか。」
ハイドラは一目見た瞬間驚きも無く、彼女だと気付く。
「え?えぇぇぇぇ?」
イリスは両手を頬っぺたに当てて、叫ぶように間抜けな顔で驚いている。
メイクをしっかりとしたギャルのようなティアラしか知らなかった。髪色も違い濃いメイクをしていないと全くの別人だった。
「おすおすおっす!」
ティアラはにこやかに笑う。その笑顔を見てイリスはティアラの面影を感じる。
「どうしたのティアラちゃん?」
イリスはビックリとした感じでティアラに聞く。
「過去の清算…かな?とりあえずあの大きな山のふもとまで、レッツゴー!」
口調はしっかりとティアラだった。ティアラは何もない空間から杖を出したと思うと…
イリスとハイドラ、ティアラと飛竜はいつの間にか小さな洞窟のある雪山にたどり着く。
「おっし。無事とうちゃーく!」
ティアラの力で一瞬で場所を移動してしまう。
「ティアラ。お前の狙いは…?」
ハイドラは険しい見た目でティアラに聞く。普段と様子が違う事に何かを察していた。
「……笑うなよ?」
ティアラはハイドラを睨む。
「笑わないさ。」
「また昔みたいにあーし達3人で笑い合いたいなって…イリスっちもそこに加えてさ…」
ティアラはハイドラに顔を見られない様に言った。彼女にとってはいうのが恥ずかしかったのだ。
イリスはその言葉に感動する。
「………」
ハイドラは少し考え始める。
「ティアラちゃん…一緒にがんばろうね?」
「けどさ…きっとこの研究施設にあるもんは見ない方が良い。それでも来る?」
ティアラは深刻な表情だった。
普段の金髪ツインテールのティアラが10年前に初めて出会った時と同じ格好だった…
王都セレスティアを滅ぼそうとした時の姿…つまり彼女が『次元の魔女』と言われていた頃の姿だった。
「何か…あったのか?」
ハイドラは少し心配したような表情でティアラの様子を伺う。
「何か…あるかもしれないんでね…アンタにさ…」
こうしてティアラを先頭にして研究施設の中に入って行く。
「懐かしいな…てかやっぱり稼働中なんか…」
ティアラは独り言をつぶやく。足元はかすかに光が点灯しており、最低限の道を示していた。
だがその暗い道は一度踏み込めば、二度と帰って来れなそうな迷宮になっていた。
暗い道をティアラは迷う事無く、左右真っすぐにクネクネとどんどん進む。それはティアラがこの研究所に詳しい事を暗示していた。
20分近く歩き続けていた。
「はぇぇぇぇ。すっごい大きな研究施設ねぇ。魔族もいつかこんな施設作ってみたいわぁ…」
「マジでこれだけは絶対に作ったらあかんよ?禁忌の証だから…」
ティアラは杖を横に振りながら、普段より低いトーンで話す。杖を横に振るたびに、隣の部屋から<パリン>とガラスの割れるような音が聞こえて来る。
そうして恐らく研究施設の奥地ともいえるべき、突き当りにたどり着く。そこには大きな扉があった。
「2人とも…ここで待っていて?」
「いや、2人も招待してあげなさい?失敗作のティアラ?」
誰かの声が聞こえた瞬間に、それまで暗かった道は前後左右に光が灯り急に明るくなった。
その後ティアラ達を誘い込むかのように、目の前の大きな扉が開いた。
「『未来予知』…か?あぁ…ヤダヤダ。」
ティアラは溜息を吐く。
目の前の部屋の中に迷いなく進む。
大きな部屋の中には液体で満ちたガラスケースの巨大な水槽に人間や魔族が何人も閉じ込められていた。
「『勇者計画』…これまだ続いてたんか。」
「わらわが生きている限り続けるわよぉ。」
黒髪に深いエメラルドとサファイアのオッドアイ…深紅と黒の2色の着物を着ているまるで東の国の人形のように綺麗な大人の女性。甘ったるい声は耳にこびり付く不快さだった。
「相変わらずネビリムはシュミ悪いな。」
かつてハイドラ達と共に冒険した人間と同じ名前の人間が目の前にいた。だが姿はハイドラ達と旅をした彼女が大人になったような姿だった。
「ハイドラもこんにちはぁ。ちょうどアナタの『勇者』の力が欲しかったところよぉ。」
ネビリムはにこやかに、しかし甘ったるい声でハイドラに微笑みかける。
「イリスもこんにちはぁ。暇つぶしにしてたぁ研究結果をずぅぅっとあなたで試したかったんだぁ。」
ネビリムはパチンと指を鳴らした。その瞬間に液体で満ちた水槽は割れる。
水が抜けていき、何人もの人間が何もない地面に倒れ込んだ。既に死んでいるようだった。
「覚えているうぅ?魔王イリス…わらわ…いやボクの|天恵≪ギフト≫の死体遊びをぉ?」
ネビリムは声の口調を一瞬だけ王都での少女の様な口調に戻す。その瞬間に水槽の死体たちは立ち上がる。
イリスは王都で対峙した時の魔族達を思い出す。自由がなくただ操られるだけの敵の存在…
今後の脅威の為に天墜で倒した存在の筈だった…全員姿形が美男子だったり美女だったりと、ネビリムの好みが一目で分かる死体だった。
「ここにいるモノは全てかつての勇者を模倣したレプリカよぉ…勇者の天恵を全て宿しているわぁ。
顔は気に入らないから自分好みに変えたんだけどねぇ…」
「うえぇぇぇ…シュミ悪ーい。」
ティアラはゲロを吐くように嫌味たらしくポーズを取る。
だがネビリムはそれを意に返していないようだった。
「感動の再会だねぇ!!目覚めなさいねぇ。魔王ガイウス。」
そこにはイリスと同じ、銀色の髪で鋭い目付き、褐色の肌で長身で筋肉質な男性の魔族の姿。
だが胴体は左首から右の腰に向かって糸を縫い付けられて、上半身と下半身を無理やり繋がれた跡があった。
ガイウスは1人でネビリムの隣に歩み寄る。それはまるで意思があるかの様に…
魔王ガイウスの名前を聞いた瞬間にハイドラは再び対峙することになる。
かつての故郷「エメリア」を滅ぼした魔王と…
そしてイリスは大人になってから再び相まみえる。
かつての変わり果てた父と…
「では『次元の魔女』さん?2人が思い出に浸っている間に、水槽に入りましょうかぁ?」
ネビリムはティアラに向かって歩んで行く。数多くの死体を連れて。
「だぁかぁらぁ…オメーがその通り名を呼ぶと吐き気がするっての。」
対してガイウスはイリスとハイドラ達の元に向かって歩いて行く。
「二度と会いたくなかったよ…俺達の始まりの存在と…」
ハイドラは悲しそうに呟いた。