33.氷を溶かす
「死にたくなければ戦場を去れ!」
グリフィスは人間の兵士達に呼びかける。人間の兵士達は皆地面に倒れていた。
彼は今『ヴェリアス荒野』と言う岩以外何もない、戦場にはうってつけの荒野にいた。
何もない…逆を言えば、兵士を大量に投入しやすく魔族侵攻の拠点にしやすい。人間にとっては必ず勝ち取りたい場所であり、魔族にとっては守り抜きたい重要な場所だった。
その何もない荒野は一面が氷に覆われ、凍えるような寒さだった。
グリフィスはこの土地を一面の銀世界に変えてしまった。
鎧が金属の兵士は体がより冷やされていた。
「おい…眠るな。」
一人の兵士が眠りかけている兵士を起こそうとする。その兵士達にグリフィスは近付いて行く。
「ほい。」
グリフィスは指をパチンと鳴らす。その瞬間にポンと火が生まれた。その火を兵士達に渡し暖を取らせる。
彼は大気中の水を操る事が出来る。つまりは水を原子レベルで分解出来る。その分解したものは衝撃を与えれば簡単に燃えるのだ。
「お前のその武器を、火に焚べる薪と交換してやろうか?」
「武器を奪って殺すつもりだろう?」
兵士は憎しみの目をグリフィスに向ける。
「殺すならいつでも出来る。敵意があるなら俺達はお前らの敵だ。ないならばお前達を殺すつもりはない。」
姉を見習って高圧的に話し敵兵を威嚇しながら、敵わないと悟らせる。
「それに勇者ハイドラの意志もある。俺達魔族は人間と手を取りあえる世界を作りたい…」
高圧的に言った後、優しい表情で微笑む。姉曰く緩急が大切らしいからだ。
「そんな訳だ。受け取れ。」
グリフィスは持っている薪を適当に地面に投げそれを燃やす。
薪が争いを治める武器になるとは、部下達は予想していなかった。まだ成人ではなく幼い故、知略で攻めるのが彼のスタイルだ。
「まぁ死にたくなければ武器を捨てろ。そうすりゃ薪でも火でもくれてやる。」
武器を渡さなくても、捨てさせれば助かると選択肢を与える。
そう言ってグリフィスはその場から去る。この戦場にいる人間兵は皆凍えていた。
命を取るか武器を取るか?答えは明白だった。
人間の兵士達は武器を捨て、暖を取っていた。武器を持つ者はみな眠り死にかけていたから…
将をあと2人討取れば荒野では魔族の勝利となる。3人の将は既に捕らえた。だが残すはかつての勇者の仲間…
「おやおやおやぁ。これは優しい事で!」
グリフィスの前に全身を包帯で巻いたミイラの様な人間が姿を見せる。目と口以外は全て隠れている。
「お前は…この戦場の将の1人だな?」
包帯を巻かれたミイラ男は血塗れのナイフを取り出し、戦闘態勢に入る。
「俺様はリッパー・J!この戦場で最強の男!いや勇者ハイドラの力を今は超えている最強の存在だ!」
「勇者…?最強?お前如きがか?」
有り得なくもないだろうがあり得ない。見た目で判断してはならないとハイドラから学んだ。
グリフィスはしっかり戦闘態勢に入った。
「俺様の天恵は『複写』。このナイフにはハイドラの血が沢山付いている。つまり俺は勇者の力を得たに等しい。」
リッパーはナイフについた血をペロペロと舐める。
このナイフは王都で子供がハイドラを刺したナイフだ。
その後左手の指をパチンと鳴らす。
『逆夢』『夢幻』『飾逆』
「つまり俺様は勇者を超える存在になったってことよぉ!!アイツとは違って魔族には加減はしない!」
リッパーは『夢幻』によって無数の幻影を作り出す。だがその分身は本体を隠すフェイク。
魔宝具の力を使い、本体は分身に隠れたままグリフィスの影に移った。そしてグリフィスの背後に姿を見せる。
「拒絶しろ…『氷結地獄』」
グリフィスの周りが凍り付いていく。更に氷の槍が何百本もグリフィス自身と地面、空中のあらゆる場所から生え出した。
全てを拒絶するかの様に…全てを傷つけるかの様に…
グリフィスに近付けば攻撃が当たると察したリッパーは、再び影に潜りその場から離れる。
「なぁ…その程度の実力で勇者を語らないでくれよ?」
グリフィスは物凄い殺気をリッパーに向ける。その後リッパーの方に進もうとするが、『逆飾』の力で思っている方向と逆方向に歩む。
(方向が逆転しているな…)
グリフィスは瞬時に軌道を修正しつつリッパーの方に向かって歩いて行く。
「ハイドラの強さはそんなデタラメな力の使い方じゃない。頭を使って戦っているところだ!!」
グリフィスは一度ハイドラと戦った。頭脳を使い瞬時の判断で適切に力を使っていた。
力の規模はグリフィスの方が上だった。だが負けたのだ。
リッパーはグリフィスから距離を取ったが全身が凍り始めた。他にもまだ凍っていない物質まで凍り始める。
だが他人を巻き込まない様に力をセーブしているようだった。
リッパーはその場から身動きが取れなくなった。
「お…おい…こっちに来るな……」
リッパーは怯えながらも、震える手でもう一つ血の付いたナイフを取り出す。
「とでも言うと思ったか?」
そう言って自信満々に影の中からもう一つのナイフを舐める。
その瞬間に周りの氷は弾け飛んだ。
「ハハハハハハハハ。今の俺は魔王イリスの力を手に入れた完全なる存在。魔王と勇者の力を手に入れた俺に敗北は無いのだよ!!」
そう言って凍りかけた体を再び動かせるようにする。
『天墜』
そう言ってリッパーはナイフを持ちながらも右手を天に掲げて隕石を落とす。
「人間の仲間も巻き込む気かよ…」
グリフィスは溜息をついた。彼は傲慢だった。あの時に他の兵士達の影に隠れていれば勝負は分からなかったのにだ。
「前は魔力が足りなかったせいで気絶をしたが、加減が分かれば俺様は最強になれる。勇者も魔王も超えたんだ!」
リッパーの圧倒的な力を前にしても、グリフィスは怯える事は無かった。それどころか手が震える程に怒り狂っていた。
「3流如きが…2人をバカにするのもたいがいにしろよ?」
「全てを閉ざせ。『絶対零度』」
その瞬間に世界が凍り付いた。人間を含む全ての生物を…
世界の時間さえも凍らせて、時を止めた。
時を凍らせる時間は体感10秒。だがそれだけあれば十分だった。
「天墜か…どこに落とすかな?」
グリフィスは止まっている時間の中で被害がなさそうな場所に隕石を落とす場所を決める。
その下にリッパーも移動させて…
「天墜なら何回も見て来た。姉上は不器用だから何回も軌道を変えて来た。」
凍った時間は再び動き出す。
「汚い口で姉上を語らなければ生かしてやったのにな…」
「え?」
リッパーは何が起きたかすら分からないまま隕石に潰される。
「天恵はそれまでの想いが力を強くしているんだ。お前如きが本物に並ぼうなんておこがましいにも程がある。」
グリフィスは隕石に潰されるリッパーに背を向けた。後ろを振り返るつもりもなかった。もはや生き死にがどうでも良かったから…
「さて…この戦場で残すは1人だけか。」
「はっはっは…こりゃまたでけぇ隕石が落ちたな。」
大きな斧を担いだ赤髪の男が歩いて近づいて来る。ゴリアテがこの戦場の残された最後の将だった。
笑いながら余裕がある様子だった。
「連戦か…」
グリフィスは激情に駆られて、魔力を使い過ぎてしまった事を少し後悔した。
ゴリアテはグリフィスの姿を確認してため息をついた。
「一人でこれをやったのか…ったく、ハイドラといい最近のガキは加減を知らねえな…」
ゴリアテは斧を地面に投げ捨てた。その後両手の拳をグリフィスに向けてファイティングポーズを取る。
「貴様?どういうつもりだ?」
「ハンデだよハンデ。ガキとマジでやり合うつもりはねえ。」
「ガキとバカにするなよ?俺は魔王の弟だ!!」
「だったら尚更ボコボコにする訳にはいかねえな。」
「お前…ここは戦場だぞ?下手をすれば死ぬんだぞ?」
「お前も死ぬリスクがあるのに、一般兵を生かして将を捕らえてる。殺した方がはやいのによ…」
「リッパーはあれだが…敵意の無い奴を殺すつもりはねえよ。」
「お前…不思議な人間だな?名は何と言う?」
「俺の名前か?俺の名はゴリアテ。お前は?」
「俺の名はグリフィス。今の魔族で3番目に強い男だ。」
「さて自己紹介もしたし、最後の喧嘩でもすっか?」
「結局戦うのか?」
「3番目に強いなら尚更戦いてえ。」
「戦わなきゃ相手とは真には向き合えない。殴り合いをして、で酒を酌み交わしてようやく俺達は分かりあえる。だから戦うぞ?」
「面白い人間だ。お前がその気なら俺もお前と向き合おう。お前の事をもっと知りたくなった。まだ酒は飲めないが、お前とは分かり合える気がする。」
グリフィスは何故か心が弾んでいた。
こうしてゴリアテとグリフィスは殴り合いを始めた。ゴリアテのパンチはまっすぐだった。グリフィスは全身に魔力を巡らせて、パンチを受け止める。
(俺達は種族が違っても、互いに生きている。熱がある。だからきっと…)
グリフィスの強烈な右ストレートがゴリアテを吹き飛ばす。
「やるじゃねえか?負けねえぞ?」
「俺も今は誰にも負けたくないんだ。」
ハイドラというボロボロになりながらも魔族を守ろうとした人間がいた。
ゴリアテという戦いの中で魔族と分かり合おうとする人間がいる。
魔族だって人間と分かり合えるのを知った。だからきっと遠くない未来で人間と魔族は分かり合える。
グリフィスはそう確信した。