31.誓い ~運命を共に~
※イリス視点で物語は進行します
厳かな空気の教会…様々な色のステンドグラスから色鮮やかな光が差し込んでいる。
女神の像の前にわたしとハイドラは立っていた。
「わたしはハイドラを愛することを誓います。」
そう言ってわたしは女神の像に対して祈りを捧げる。
「俺もイリスを幸せにすることを誓います。」
ハイドラも女神に向かって祈りを捧げる。
思えばわたしはずっと待ち続けていた。
わたし達魔族を救ってくれる勇者の存在を…
わたしはずっと待ち続けていた。わたしと同じ志を持っている人間と分かり合える日を…
部下のみんなはわたしが人間と争いたくない事を知っていた。だからみんなわたしにデスクワークを押し付けて前線に立たせない様にしていた。
魔族の王としてわたしはそれに相応しい力を持っている。
部下達は知っているのだ。わたしに頼ればすぐに戦争が終わる事も…
それくらい破格の力だと…けれどわたしを気遣ってくれる優しい部下達だ。
わたしがその圧倒的な力を使えば、人間は魔族に対して恐怖心を覚えてしまうだろう。
わたしが王であるうちは平和な時代が続いたとしても、恐怖の薄れた次の世代がまた争いを始めるかもしれない。
力を持ちつつも力を十分使う事が出来ずにいた。
永遠の平和は無いかもしれない。けれど出来る限り平和を続ける為には魔族が争いを望んでいないことを示し、人間と同じように心を持っている事を示さなければならない。
だがそれで人間とわかり合おうとした魔族は捕らえられ殺された事もある。
部下達はわたしが戦場に出ない様に相手の戦力を影から削っていった。武器庫を破壊していき戦争の店舗を遅らせたり、殺傷性の低い地雷を仕掛け負傷者を増やして戦場から退避させたり。
けれどそんな戦術は王の逆鱗に触れた。王は怒り狂ったように、数の暴力で魔族を攻め続けた。
争いを望まない人間も徴兵したのだ。わたしはそんな兵士達を傷つけるのが怖かった。
不器用な弟は他の神将と共にわたしが争いを望まない人間を傷つけないように頑張っていた。前線から遠ざけ続けた。
わたしは守るべき存在に護られ続けていた。けれどそのせいで死んでいった神将もいる。
そんなわたしはどこかもどかしかった。
「ハイドラ…本当にありがとう。」
わたしはハイドラに微笑みかける。
思えば最初は勘違いから始まった恋だった。「お前が欲しい」と言う言葉をわたしはプロポーズだと勘違いしてしまった。
情けなくも経験が少ない為、舞い上がってしまったのだ。
でも勘違いでもなかったかもしれない。自らの命を代償にわたし達に平和を持ちかけた。そんな人間がいるとは思わなかった。
見くびっていた彼の圧倒的な力を見た。
この時にわたしは既に脳が焼かれたように彼の姿が頭から離れなかった。
もしかすると一目惚れだったかもしれない。
わたしは魔族だから…という理由で心にブレーキをかけていた。そのブレーキは彼に壊された。それくらい衝撃的だったのだ。
彼の力はわたしが望み続けた敵を惑わす力。相手に夢を見せ、戦いを望まない者は傷つけない力。
『力』とは別の相手の『心』を折る能力。
争いを望む者同士で傷つけさせる力。最初は勇者らしからぬ卑怯な力だと思ったが、争いを望まない彼らしい優しい力だった。
一目惚れで浮かれていた時、わたしは現実を突きつけられた。
ハイドラにはエクレールと言う守るべき存在がいた。彼女は明るいが、強くどこか壊れていた。
そんな彼女を守るために、ハイドラは彼女を遠ざけた。
そんなハイドラの姿を見て、わたしはハイドラと距離を取らなければならないと決めた。
どこか諦めていたのだ。わたしの恋が叶わないことを…
イリスとハイドラは誓いの口づけをする。
「ハイドラ…わたしは今幸せです。」
「この平和が続くように…支え合って行こう。」
ハイドラは平和を望んだ。だがそれを叶える為に強い力を求めた。その代償が彼自身を蝕み続けた。
命まで削っている事にわたしは今更気付いた。
彼を引き留めるモノが無かった。彼が自身で遠ざけていたのだ。守るために…
全て見て見ぬフリをして…
思えば最初に自分の命を代償として提示したのも、彼の命が短い事を悟ったからかもしれない。
だからこそわたしに対して平和の為に自らを生贄として差し出そうとしたのかもしれない。
彼は自分の命を平和の礎にしようとしたのだ。
「わたしがあなたの生きる理由になるから。」
「俺もお前が幸せに生きていける理由になる。」
ハイドラは勇者だけど人間でもあった。戦場では無敵だった彼も、子供に刺されて倒れた。
信じられなかったのだ。彼が倒されている事に。
その時にわたしは彼も『弱い人間』の1人だと知る。誰かの支えがなければ、彼も生きられないのだ。
だからわたしは彼が生き続ける理由になると決めた。命を捨てない様に。出来るだけ長く生きる事が出来るように。
「ハイドラ…後悔はない?」
「俺は誓ったんだ。それに既に俺はお前のモノだ。」
わたし達はお互いの首筋を噛み合う。お互いに傷をつける為に。
お互いの血を体に入れる為に。互いを受け入れる為に…
魔族の結婚。それはお互いの証を首筋に残す事。そしてお互いの血を体内に入れる事。
いつでも繋がっていられるように。
「病める時も健やかなる時もお互いに支え合って生きていきましょう?」
「ああ。」
わたしは誓う。これまで平和の為に全てを捨てて来た勇者を幸せにすると。
その為に世界を平和にして、彼が戦わずに済む理由を作る。
「わたしがこれからはあなたの代わりに前線に立つ。だからあなたはわたしの傍に立っていて?」
「でもそれでは…」
「あなたが戦場にいるだけで既に脅威となる。それに力を使うフリをするだけでも十分脅威になる。」
「あなたにはなるべく力を使わせない。限界が来る前に世界を|征服≪平和に≫してみせる。」
「だが危ない時は俺も力を使うぞ?お前達を護る為に…」
「ありがとう。」
わたしはハイドラの血で濡れた唇のまま、再びハイドラに口付けをした。
「今まで運命なんて信じていなかった。現実は苦しいモノだと…」
「あなたが勇者で良かった。勇者だからこそ巡り会う事が出来た。この出会いは運命だと思っていたいな。」
ハイドラもわたしの気持ちに応える。
その後少し時が経ち、わたし達はお互いの顔を離した。
「イリス…お前には今は話せない事がある。けれどいつか話せるよう日が来た時に必ず話す。」
「待っているね?」
彼にどんな秘密があるのかは今は分からなくて良い。いつか彼が話してくれるなら。
彼は秘密が沢山あるな…彼の腰の剣も未だに使われていないし…
けれどいつか全てを話す日が来ることを信じている。
「その為に世界を平和にしよう。」
「ええ。」
そしてわたしはハイドラの左手を握る。
「わたしはあなたのモノで」
「俺はお前のモノだ。イリス…共に未来を掴もう。」
ハイドラも左手を強く握り返す。
「じゃあ改めて始めましょうか?世界を平和にするための『世界征服』を!!」
守るべきモノは今までもあった。
けれどそれを差し置いてでも護りたい人、そして今まで頑張った分幸せになって欲しい・幸せにしたい人が出来た。
だからわたしは…
いやわたし達は共に歩む。お互いの為に…真の平和の為に…
その先に幸せがあると信じているから…
ハイドラとこれから先の運命を共にしよう。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
キリが良いので2023年の更新はこれで終わりです。
年末・年始を使って細かい見直しをしていきます。
では良いお年を。
来年も皆様にとって良い年でありますように