29.違和感
あの後イリスとハイドラは無事に城に帰った。城の魔族全員はイリスが無事に帰った事で安心していた。グリフィスも姉が無事でほっとしたようだった。
イリスが帰ったその日、彼女は人間の友達が出来た事で平和の為の一歩踏み出したという事で、プチ祝勝会を開いた。
「ハイドラの頼み通り、ご飯作ってみたの。」
イリスは食堂を使いテーブルで待っているハイドラの為にご飯を作った。
「………」
ハイドラの返事は無かった。
「おいバカ。姉上がせっかく声をかけたんだ。返事くらいしろ。」
イリスの返事を無視した事にグリフィスは怒る。
「あ…あぁ…悪い。少し考え事をしていてな…」
(ハイドラ…王都から帰って来てから、ずっと暗いなぁ…)
イリスはハイドラの事を心配する。いつもと違って表情も硬かった。どこか心がここにあらずといったようだった。
「ああ…イリス。俺の要望通りにご飯を作ってくれたんだな?ありがとう。」
そう言ってハイドラは料理を口にする。何故かその日はフォークを左手で持っていた。
「………うん。美味しいよ。」
彼の表情は変わらなかった。いつもと同じ顔だが、なぜかいつもと違っていた。少しの表情変化も無かった。
「ハイドラ…?もしかして口に合わなかった?」
イリスはハイドラが心配になっていた。いつもと違いすぎる。それにハイドラはいつも以上にイリスを見ている事も違和感を感じる要因だった。
「いいや。いつも通りだよ。ありがとうな。」
そう言ってハイドラはイリスの料理を食べ切る。だが左手で食べる事に慣れていない為かいつもより雑な食事だった。
「ごめんな。今日は疲れたからもう休むな。ご馳走様。」
そう言って彼は席を立ち上がり、足速に去って行く。
「………」
イリスとグリフィスは無言だった。何か違和感を感じていた。
グリフィスもご飯を急いで食べ終わる。そしてハイドラの後を追った。
廊下を少し進んだ先でグリフィスはハイドラに話しかける。
「おいハイドラ!」
しかし彼から返事はない。
「おい、話を聞けって?」
グリフィスはハイドラの右肩に手を当てる。だがそれに気付かないかの様にハイドラは歩き続けた。
「何があったか知らないが、無視すんな!」
グリフィスはハイドラの前に立ち塞がる。
「ああグリフィス。どうかしたか?」
まるで今までの事に気付いていなかったかのようにハイドラはグリフィスに声を掛ける。
「どうしたって…お前がどうしたんだよ?さっきからずっと声をかけていたんだぞ?」
グリフィスは何か嫌な予感がしていた。
「ああ…すまない。気付かなかった。」
「お前を呼び止める為に肩を叩いたんだぞ?それもか?」
「………悪い…」
「悪いじゃねえよ…ここは人目につく。お前の部屋に一旦行くぞ?」
「俺は大丈夫だ。それよりイリスの心配をしてやってくれ。アイツを傷つけてしまったかもしれないから…」
ハイドラは優しくグリフィスに言う。その姿は何故か幼い時に見た父の姿と重なって見えた。
近いうちにどこかに消えてしまいそうな…儚い笑顔。
「大丈夫じゃねえよ。仲間なんだから頼れよ。お前が大丈夫じゃないと、姉上が悲しむから言っているんだ!」
「頼れ…か。」
ハイドラはフッと笑った。
「グリフィス…お前を頼って良いか?」
「当たり前だろ!」
「じゃあ一つ、頼み事を依頼したいんだ…」
***
「父上…」
レディオン王はベッドから起き上がれずにいた。ディランによる回復も意味のないものだった。
原因不明の身体不随だった。意識はあるが、体を全く動かせない。
「ディカプリオ…ディランよ…すまないな。」
そこにはいつもの様に凛とした王の姿はなかった。
「勇者ハイドラを説得しようとしたが…奴は魔王と共に街を燃やした上に、民を守ろうとした俺達を…」
王は悔しそうに息子2人に語る。
「勇者が…信じられないがなんと卑劣な…」
王と瓜二つの見た目…ヤクザの様な見た目の王より更に目付きは鋭く長身で筋肉質の男・ディカプリオは勇者の非道な行いを聞き憤慨していた。
「ハイドラが…?」
ディランはどこか納得しきれずにいた。王の口から言われるハイドラの行いと、街で倒れていた彼の言動は一致しなかった。
それこそ魔王達の言い分の方が正しいかのように…
「我々は魔王によって油断させられていたのだ。各地に兵を派遣して、戦力を分散させた上での王都を襲撃する作戦だったのだ…」
「ならばこれから我々のすべき事は…」
ディカプリオは口を開けようとするが…
「ディランよ?何を迷っているのだ?まさかこの後に及んで勇者を説得出来るとは思っていないな?」
王はディランを睨みつける。寝たきりではあるが、迫力があった。
「いえ…我が力は王の為に…」
「ディカプリオ、ディランよ…動けない俺が今から策を授ける。この作戦の要はお前達2人となる。つまりはどちらも欠けてはならんぞ!」
王は彼らに作戦を授ける。
「そして魔王を…そして勇者ハイドラを必ず殺すのだ。」
その後2人は廊下で話す。
「まさか国宝の魔宝具を惜しみなく投入するとは…」
「ハイドラが『神剣・|咎≪とがめ≫』の他に『心繋の宝玉』を所有していたならしょうがない。」
ディランは考え事をするかのように、口元に右手を当てながら兄と話す。
「だがいくら敵になったとはいえ、かつての仲間と戦うのは辛いだろう?俺が代わるぞ?」
ディカプリオの優しげな笑みにディランは右手を降ろし拳をギュッと握る。
「兄上…それは相手が勇者だから負ける前提での提案ですよね?私は…いやオレは絶対に勝ちますよ!」
乗り越えたいと願った友。勝手にライバルにした憧れの存在。
だからこそ勝って再び彼を取り戻す。王の為ではなく自分の為に…
「頼もしいな…では俺は魔宝具『古の巨神兵』を呼び起こしに行く。『心繋の宝玉』がなければ完全な制御が出来ないのがリスクではあるが…」
「あと魔王イリスの天恵は、ティアラによれば『消滅』だと聞きました。魔王に対しては巨神兵を使っておびき寄せ、天恵無効の結界で封殺するのがよろしいかと…」
「その案で魔王は倒せるな。」
「では俺は魔王を引き受ける…ディラン…お前には勇者を任せる。共に平和の為に頑張ろうな。」
そしてディランとディカプリオで詳細の作戦まで立てていく。彼らも平和の為に戦おうとしている。魔族を滅ぼしてではあるが…
***
「なんだよ…それ…」
ハイドラの頼みごとを終えたグリフィスはハイドラの部屋の前で壁にもたれ掛かって座っていた。誰にも表情を見せない様に、左手で顔を覆っていた。
「あれ…グリフィス…どうしたの?」
「え…姉上ですか?姉上こそどうしてここに…」
グリフィスは焦った様子で急いで立ち上がった。
「その…ハイドラの様子がおかしかったから心配になって…」
イリスもハイドラを心配して来ているようだった。
それに対してグリフィスは少し顔を引きつらせる。が、すぐに表情を戻す。姉に悟らせない為に…
「………ハイドラは…ちょっと疲れているみたいで…今は休ませてあげて下さい。」
「そうなの…でも眠る前に挨拶くらい…」
「ちょっと男の子の日なんで女子が入るのはダメです!!」
グリフィスはイリスをハイドラの部屋に入れない様に、少し必死だった。
「グリフィスもどうしたの…?あなたもいつもと違う…」
流石のイリスもグリフィスもいつもと違っているので、違和感を感じている。
「いや…その…恥ずかしいので聞かれたくないんですが…」
グリフィスは少し恥ずかしそうにモジモジし始めた。
「ハイドラに恋愛の相談もしてました。それでアイツもそれで悩みがあって…ちょっと異性を意識しすぎて話せないって話になって…」
「え?そうなの?グリフィスにも好きな子が出来たんだ。で、ハイドラと話を…」
イリスの顔は少し明るくなる。
「確かにそれはこれ以上聞かない方が良いね。じゃあ今日はハイドラと話すのは止めておこう。でもグリフィス?あなたは今度お姉ちゃんに話してみなさいね?」
グリフィスの発言を嘘だと気付かないイリスはそのまま部屋を引き返そうとする。
「はい。あと…今すぐ姉上に相談があるのですが…」
「どうしたの?わたしにも相談?」
「これは察して欲しいのですが…ハイドラや姉上に任務や仕事があればしばらくは俺に押し付けて下さい。姉上達が少しでも自由に過ごせるように…」
グリフィスの発言に彼の成長を感じると共にイリスは感動していた。ハイドラが来たことで弟がしっかりと成長しているのを感じていた。
「なら無理しない程度に任せるね…これでわたしももっと仕事を増やせる。」
イリスは呟く。
「だから察して下さい。姉上の仕事を増やす為に引き受けるんじゃないんです。その自由な時間で大切な人と過ごして欲しいから言っているんです。そう言う鈍いところがダメなんですよ?」
何故かグリフィスは怒っていた。イリスは弟の気遣いに気付くことがなく少ししょぼんとする。
「ダメか…確かにわたしはまだダメダメだね…」
(ダメか…このままじゃダメだよね…)
ハイドラが来て確かに世界は変わりだした。それでも今だに彼女自身が満足に行動出来ていないもどかしさもあった。
「とりあえずは明日また仕事を振るね?じゃあおやすみグリフィス。」
「はい。おやすみなさい。姉上。」
こうしてイリスはハイドラの部屋に入ることなく帰って行く。グリフィスはそれに少しホッとした。
「姉上…ごめんなさい。でも俺はハイドラにはもう戦わせたく無いんです…」
ハイドラの頼み事を聞いたグリフィスは彼を嫌いにはなれなかった。初めて彼は人間に幸せになって欲しいと願うのだった。
「姉上達の為に偽りを飾り続ける勇者に、少しでも幸せであって欲しいのです…」