27.路地裏
ハイドラを兵士達が襲いかかる。
『逆夢』
それを難なく同士討ちさせてハイドラはその場を切り抜ける。
「助けなきゃ…」
建物に人がいないと分かっていても。ハイドラはある場所に向かう。
王に人間扱いされていない者達の元に…
燃え盛る街並み…それはかつてのエメリアの街のようだった。燃える街並み、倒れる兵士…
何度も何度もかつての出来事を思い出し、怒りや憎しみに囚われつつも『儚却』を用いて、その記憶や感情をなかったことにしていく。
見て見ぬフリをしてハイドラは生きて来た。そうしなければ後悔や憎しみに押しつぶされそうになったから。
街を歩くうちにハイドラの腕や体には小さな傷や火傷などが無数に出来ていた。それに構わずに彼は進む。
路地裏や排水溝を見て歩く。家が無くここに住みつく人間は王都の民として扱われていない。
王都の孤児院で育ってきたから分かる。孤児も人間扱いされない事があった。そうして何人も消えていった。
「守らなきゃ…」
そうして燃え盛る街の中、ハイドラは街の角にある路地裏にたどり着く。そこには逃げ遅れた子供が数人いた。
「あぁ…良かった。」
ハイドラは子供達に手を伸ばす。
「来るな。どうせ俺達を殺しに来たんだろ?」
「いや…俺はお前達を助けに来たんだ。このままではここも燃えてしまう。」
「信じられるか!」
「信じなくても構わない。すみかを無くすとしてもここより安全な場所に避難してくれ…」
女の子の1人が何かに気付く。その子供はハイドラが伸ばした手を取る。
「ねぇ…私達を助けてくれるの?」
「あぁ。」
「ありがとう。勇者様!!」
女の子は笑顔でハイドラに言う。そして…
ブシャ
ハイドラのお腹にナイフが突き刺さる。
「………?」
「あはははは。みんなぁ、こいつ偽物の勇者だよ?こいつの身柄を引き渡せば、私達は救われる。皆で沢山お金をもらって、幸せになろう?」
「それでお前達は幸せになれるんだな?」
ハイドラは自分を突き刺した女の子の頭を撫でて笑いかける。
「もう少しだけ待ってくれないか?もっと沢山の人を助けなければ…」
「お前達は必ず助けるから…」
ハイドラは悲しそうに笑いかける。
急にハイドラは倒れた。
「あ…れ……」
ハイドラは天に手を伸ばす。だがかつてのエメリアと同じでその手が何かを掴む事は無かった。
「エクレール……助けて……」
「な…なぁ…カレン…これで良いのか?悪い人じゃなさそうだぞ?」
「だ…だって手配書に書いてあったんだもん。悪い人だよ。」
カレンと呼ばれるハイドラを刺した少女の手は震えていた。
「助けを呼ぼう…俺達じゃどうしようも出来ない。せめて誰かに助けを…」
「バカ…それじゃ俺達が捕まってしまう。ここは身ぐるみを剥いで逃げよう?」
「みんなは逃げて。私が助けを呼びに行く。」
「お前だけに罪を背負わせるかよ。」
カレンと呼ばれる少女は路地裏から出て街中に出て行く。それにつられて他の子どもも路地裏から街中に出て、助けを求めに行く。
30分ほど時間が過ぎた。2人の人間が子供の声に応じて路地裏にたどり着く。
「ったくやるせねえ…俺達が勝てない勇者様がガキにやられるとはさ…」
大きな斧を担いだ大男は呟いた。
「お前が…お前がこのような所でくたばる人間か?なんなんだ?この有様は…」
水色の髪の目付きの悪い男は悔しそうにハイドラに話しかける。
その場にたどり着いたのはゴリアテとディランだった。
「お願い。この人を助けて。私達を助けようとしてくれたの。けど私が…」
ディランは子供に頼まれた後、すぐに返事はせず、少し悩んでから子供の声に答えた。
「安心しなさい。セレスティア王国第2皇子である|私≪ディラン≫が約束します。あなた達は安全な場所に…」
「私達は助けて貰えないんだよ…人間じゃないから…」
「ゴリアテ?これはどういう事だ?」
ディランは子供の言っている意味が分からずに聞いた。
「レイディオン王がこの国で人間と認めているのは税金を払っている奴だけ。後は人間にはなれないその他だ。」
ゴリアテはガッカリしながらディランに話しかける。
「そうなのか…知らなかった。だがこのような可哀想な子供を助けようとするなら、ハイドラは元に戻ったんだな?」
ディランは安心したような表情を見せ呟いた。
「可哀想か…自分達が作った結果じゃねえかよ、バカが…こいつは最初から変わらない。元に戻るもねぇよ…」
「ならばゴリアテよ…やはりハイドラを魔王を倒し、魔族から取り戻さなきゃな?」
「………ディラン…もうハイドラはそっとしてやろうぜ?魔族とも争いを止めてさ。それがこいつにとっては幸せなんだ。」
「ありえない。魔族は我らに害を為す存在だ。だから滅ぼさなきゃならない…」
まるで何かの暗示の様にディランは呟く。
「あっ、そうだ…この人がエクレール助けてって言ってたの。多分その人なら…」
「クソが…」
ディランは路地裏の壁を叩く。それに怯える子供達…
「ハイドラ…お前が助けを求めるのは一緒に旅をした私達ではないのか…」
ディランは悔しそうにギリっと奥歯を噛み締めた。
「まぁとりあえず救急手当をしてこいつが起きるのを待とうぜ?何をやろうとしているか聞く為に…」
「いや、やはりダメだ。コイツは人間を裏切ったんだ。助けなければ、平和の為の残りの強敵は魔王だけになる。」
「ディラン…今はコイツは人助けをして倒れた人間だ。勇者と思うな?」
「いや、こいつは俺たちの助けを求めていないんだぞ?」
「バカが…」
ゴリアテはディランの頭が硬すぎて困っていた。
ちょうどその時だった。
「大丈夫?助けに来たわよ?」
イリスとティアラが別の子供に連れられてその場に現れる。
「あちゃー…」
ティアラはバツの悪そうな感じでディランとゴリアテを見た。
「魔王……イリス……」
ディランは剣を抜き、構えイリスを威嚇する。
「ティアラ…お前魔王と…」
ゴリアテも巨大な斧を構える。
「いんや…あーしは人を助けながら散歩してただけ。彼女と一緒に…酒買ったらもう帰るから…」
そう言いながらもティアラの手はボロボロだった。イリスと共に色々な場所を巡っていたのが分かった。
「それでも…」
ディランは空中に大量の魔法陣を展開する。
『開門』
ティアラがそう呟いた瞬間、魔法陣は消える。
「ディラン止めとけ。あーし達一般人じゃぁ、魔王に傷一つつけられないのを確認した。」
ティアラは面倒くさそうな顔をしてディランに言う。
「でもやってみなければ…」
「ならインテリ、オメーの剣貸せ。」
そう言ってティアラはディランから剣を奪い取る。
「イリスっち、ごめんね?」
そう言ってティアラはディランの剣でイリスに斬りかかった。
「え?」
ティアラに剣を振り下ろされた事にイリスはビックリしたが、剣がイリスを斬ることはなかった。
何故なら途中で刃が消えたから。
「見ての通りこいつの天恵は『消滅』。あーしらじゃ触れられない…」
ティアラはイリスを見て舌を出しながら、ごめんつウィンクした。
「そんな…それではこいつは…無敵ではないか?」
ディランは焦った顔だった。
「だからハイドラっちが死んだらコイツを倒せる人間はもういないぞ?」
ディランがハイドラを助けていないのを察したティアラは、ディランから戦闘体制ではなくしハイドラを助ける策をうつ。
「あーし達は魔王の気まぐれで生かされていたようなものだし…」
「クソ…」
ディランは懐から傷を治す薬の入ったポーションを取り出す。
「治癒力よ。『増幅』しろ。」
そうやってディランはあっという間にハイドラの傷を治した。
「呼んでくれてありがとうね?」
ティアラとイリスは子供達にお礼を言う。彼らがいなければ、ディランはハイドラを見殺しにしていたかもしれないから…
「とりあえずここは危ないから、アンタら孤児院送るわ。ティアラが後は任せたってシスターに言っといて?助けてくれっから。」
ティアラは子供達を安全な場所に送る。
「じゃあハイドラ拾ったし、街の人の安全確認したら話し合いでもすっか?」
いつの間にかティアラがまとめ役になっていた。