25.罠
「おかしい…人が誰もいない…」
イリスは燃え盛る街をただ進んでいた。しかし火の中にいる人間が全く見当たらなかった。
人はおろか助けを求める声さえも…空っぽの街だった。
「あぁ…ここに来たのはハイドラじゃあなかったんだぁ…」
サラサラで長い白髪の少女は残念そうにつぶやく。青いドレスに赤と緑のオッドアイ、小さい背はまるで人形のようだった。
隣にはフードを被って顔を見せない長身の人間がいた。
「俺は別に構わない。どのみちアイツと戦う事になるんだからな!」
声が低く男のようだ。
「キヒヒヒ。それは王が負ける前提?」
甘ったるい声でフードの男にツッコむ。
「あたり前だろ?いくら対策をしても勇者に勝てるイメージが湧くか?」
「確かに。王様ボコボコにされてそう。」
「………」
イリスはただ固まっていた。2人は焦る様子もなくこの街をゆっくりと歩いている。
「でも魔王イリスがここに来たし、新しいコレクションの為に頑張らなきゃ。」
「ねぇあなた達に聞いて良いかしら?街の人は無事なの?」
「うん。無事だよぉ。王様の命令でみんな街から退避してるからねぇ。」
「はぁ…良かった。」
イリスはホッと一息ついた。つまりあの爆撃は王の罠だったのだ。恐らくイリスとハイドラを分ける為に行った作戦なのだろう。それにまんまと引っかかったわけだった。
「つまりはねぇ?」
「お前は俺達の獲物ってことさ。」
「じゃあリッパー|J≪ジェイ≫、隙を突いて攻撃よろしくね?」
「任せろネビリム。」
ドレスを着た少女はネビリム、フードを被った男はリッパーJと言うらしい。
ネビリムと呼ばれた少女はおもちゃのようなステッキと天使の羽の様な物をつける。
「魔宝具『リリカル・マギア』『エンジェリック・ウイング』装着完了。」
「さぁて、行っくよぉぉ。神将ウィソル、ヴァルナ、グレゴリアとその他実験体たちよ!!お友達を増やそうね?」
燃えさかる建物の中から首の無い死体達が大量に出て来た。その数およそ50体…おそらくは魔族であろう、背中に羽や尻尾などが生えていた。
彼らは既に首を落とされて胴体だけになっていた。唯一ショートパーマの魔族だけは首があった。
全身がスライムで液状だった為に首が落とせないからだろう。
「は?何これ?なんでグリがいるの?そしてその格好はソルとルナなの?」
スライムの神将グレゴリアを見てイリスは信じがたい光景に言葉を失った。お揃いの服を着て槍と斧を持つ神将にも見覚えがあった。槍のソルと大きな斧を担ぐルナ…
かつて勇者達に殺された神将達だ…
「ふふふ。じゃあ魔王サマに挨拶に行こうか?」
ネビリムは右手人差し指をイリスに向けて魔族の数人をイリスの目の前まで向かわせる。
「お願い、止まって?あなた達を傷付けたくない。」
それでも止まらず進み続ける。
ドオオン
イリスの目の前で魔族は爆発した。
イリスは無傷だった。無傷だが彼女には血が飛び散る。
彼女の瞳から涙が溢れる。
「どうだい?王の魔宝具『煉獄』のコピーだけど、能力はピカイチだろ?」
ネビリムは右手中指の指輪をイリスに見せる。彼女は他にも魔宝具らしきネックレスや指輪をゴテゴテに身につけていた。
各地の爆発は彼女が行ったのだと、すぐに理解した。最初から誘き出すつもりだったのだ…
「救う者がいないなら、貴方達とは戦いたくない…」
イリスは戦意を喪失していた。昔の部下を傷つけたくはなかった。
「ふーん。じゃあとっとと死んで?ボクは死体で実験出来れば争いなんてどうでも良いんだ。」
ネビリムはあどけない笑顔で答える。
「隙あり。」
リッパーはイリスの背後の影から突然現れる。イリスにナイフで斬りかかる。だが彼女はそれに気付きすぐかわす。
刃はイリスの左腕に掠り、血がついた。それと同時にリッパーは吹き飛ばされる。
起き上がったリッパーはナイフについた血を舐める。
「『複写』完了。」
リッパーは呟いた。
リッパーは右手をグーパーして力を確かめる。ニヤリと笑った。
「ははは、すげー。これが魔王の天恵。力が湧いて来る。」
リッパーは右腕を上げる。すると火に包まれる建物の1つが浮き上がりイリスに飛んでいく。
建物はイリスに命中したが、彼女には傷一つなかった。彼女も防いだ様だった。
「それで終わり?」
イリスは無表情に聞いた。侮蔑の目をしていた。
「はっはっは。今は俺が魔王だぁ。」
リッパーは重力を操り建物をどんどん飛ばしながら、イリスを潰そうとする。彼女は瓦礫の下に埋まる。
しかしすぐに瓦礫を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた瓦礫を、再度強い力でリッパーは地面に叩き落とした。
空間が歪む程の力だったが、イリスは全く動じていなかった。
その隙にネビリムに操られている魔族がイリスに突っ込む。更にはリッパーがそれを操り、まるでおもちゃの様に飛ばされて爆発させる。
「みんな…ごめんね?」
イリスは魔族に謝る。そう言ってイリスは小さな黒い球体を生成する。その球体に魔族は吸い込まれていく。
「黒洞」
それを魔族達の元に飛ばす。その瞬間操られた魔族を強い力が引っ張って、イリスに近づけなくなる。
その後吸い込まれた魔族は潰されるかの様に小さくなって消えた。
「許して…」
そう言って彼女は後ろに少しずつ動いていく。戦闘から抜け出す為に…
「へえ、それ良いな?俺も使おう。」
リッパーは同じく黒い球体を作り出す。イリスの物より大きい。球体はどんどん大きくなる。
「バカ、止めなさい。それ以上は…」
ゴオオオ
唸り声を上げるかの様にリッパーの黒い球体は彼の右手を飲み込んだ。
音は無かった。ただ音すら飲み込んでいる様だった。
「ぎゃぁあぁあ、痛い痛い痛いぃぃぃ」
吸い込まれた手は物凄い力で変形していった。
「消えろ消えろ消えろ…何で消えねえんダァぁぁぁぁ。」
手を潰されて次は腕へ…最後はリッパー自身が吸い込まれようとしていた。
彼はもう自分の力では抜け出せなかった。
「チッ、調子に乗りすぎ…役立たずが…」
ネビリムは頭のない神将ヴァルナを操り、彼女の持つ斧でリッパーの右腕を肩ごと落とさせる。
「ぐゃぁぁぁぁぁ」
リッパーはヴァルナに突き飛ばされ黒い球から抜け出した。その代わりに、ヴァルナが吸い込まれて潰された。
イリスはその無惨な光景に溜息をついた。
「魔族と人間では天恵の扱いが変わる。人間は弱い体にならす様に天恵は進化していく。」
「けれど魔族は最初与えられた天恵を使いこなす為に、扱い方を学び自分が進化していく必要がある。」
「我が力を一朝一夕で扱おうなぞ傲慢にも程がある。」
腕を切り落とされて憎しみに満ちた目でイリスを睨みつける。
「もういい。全てめちゃくちゃにしてやる。」
リッパーは何故か左手を天に掲げた。
「どこまで出来るか分からないが、全員くたばれ!」
その瞬間、昼間にもかかわらず空が光出す。
無数の星が地上に降り注ごうとする。その後リッパーは魔力を使いきり倒れた。
つまりは星の制御が出来なくなったのだ。
「愚かしい…」
イリスも両手を上げて天を仰ぐ様な体勢になる。
(あの星をわたしが当てて墜す。じゃなきゃこの街で沢山の死者が出る。無理でもやらなきゃ…)
イリスが星に星を当てて行く。空で次々と花火が破裂する様な爆発が起きていく。
しかし星は消滅する事がなく、小さい粒となって地上に降りそそごうとしていた。
「そんな…これはどうすれば…」
自らの行いを悔いた。自分のせいで被害が大きくなりそうだったからだ。
「バーカ!被害デカくしようとすんじゃねえよ…」
イリスは全く認識出来なかったが、後ろから頭を鈍器で叩かれる。
「え?」
イリスは振り向く。だが誰もいない。
「おいバカ魔王、空にある星をこの場所に誘導しろ。」
「で…でもあなたや彼らが死んじゃう。」
「バーカ。この後に及んで、敵の心配なんてすんな!情けねえ。あーしが何とかしてやっから。」
その言葉は力強く、何故か信じられると思った。イリスは彼女の言葉に従う事にした。
イリスは両手を組み天を仰ぐ。全てを自分に当てて、被害を最小限にする為に。
「集中しろよ?針の穴に糸を通す様にこの場所に導くイメージをしろ。」
彼女のアドバイス通り、イリスは集中する。星を導く為に…
イリスの引力によって星は殆どがイリスに向かってくる。
もの凄い速度で。
「さっすが魔王。じゃあ、あーしもやりますか。」
そう言ってティアラは急にその場に現れた。彼女は長い杖を持って。
ティアラは長い杖をクルクル回す。
『開門』
空間に裂け目が出来て、あっという間に隕石が消え去った。
「さっすがあーし。完璧過ぎてマジうけるわ!」
ティアラは満足そうな表情をした。
その後イリス、ネビリムの方を物凄い勢いで睨みつけた。
「あぁアホらし。で、これやったのどいつ?」