24.勇者と呪い
「さぁ魔王よ。この国の民は街を燃やした犯人が貴様だと思っているぞ。どうするのだ?」
「そうだとしても助けるに決まっているじゃない。」
イリスはそう言って燃え盛る街へ向かおうとする。
「向かわせないに決まっている。」
そう言ってレディオン王はイリスに斬りかかろうとするが…
「それはさせない。」
『|飾逆≪さかさかざり≫』
ハイドラはパチンと指を鳴らした。王は全く違う明後日の方向を斬りつける。
「イリス…この街の人の救出を任せて良いか?」
「ハイドラ…お願い出来る?わたしが必ず助けてみせる。」
そう言ってイリスは急いで街の人間の救出に向かう。
イリスが街に向かうのを見送りつつも、ハイドラは王を遮る様に立つ。
「ハイドラよ…魔王に救助を任せるより、自分が行った方が良かったのではないか?」
「生憎と人を助けるのはアイツの方が向いているんでね…」
「勇者の癖に情けない。あぁそうか…エメリアの街を救えなかったからなぁ。」
「あの街の唯一の生き残りをここで殺す事になるとは…なんと哀しき事か…」
ニヤリとほくそ笑みながら言う。
「ディランからの報告は聞いているぞ。貴様の事をな。だからお前への対策は出来ているのだぞ?それでも俺とやるつもりか?」
「アイツを守るって決めたんでね…」
レイディオン王は剣を構えハイドラに斬りかかる。
「貴様の宝剣を抜かせる隙は与えんよ。」
パチンとハイドラは指を鳴らす。
『夢幻』
ハイドラは王の攻撃を難なくかわす。
ハイドラは攻撃をかわしつつ、王の周囲をゆっくりと歩き回る。その姿はまるで幻影の様だった。
「小癪な…」
王の剣は再び空を斬る。何回も何回も外すが、次第にハイドラへと攻撃が近づいてくる。
「爆ぜろ『煉獄』」
辺り構わずにレディオン王は爆撃を繰り返す。周りにいる兵士も爆発させ負傷させる。
「対策が出来ているんじゃないのか?」
彼を狙った無差別の爆発でさえハイドラには当たらない。
「レディオン王よ…俺がいつ技を使っているか分かるか?分からなければ攻撃を当てる事は出来ない。」
「おのれ、バカにしおって。破壊しつくせ『煉獄・連鎖』!!」
レディオン王は自らの天恵『連鎖』を用いて周囲一帯を爆撃する。味方も巻き込んで…
「全員、負傷者を連れて引け!」
ハイドラは兵士達にその場から逃げるよう呼びかける。
周りに配備された兵は無差別の攻撃に撤退を余儀なくされる。
「この爆発に当たったが最後、塵と化すまで爆発の『連鎖』を続けるぞ。」
ハイドラは左ポケットから宝石を取り出す。
「呪え…『|禍飾≪マガツカザリ≫』」
その瞬間にハイドラは黒いオーラにに覆われる。
ハイドラの黒い力を見た瞬間に王の背筋は嫌な予感で凍り付く。
しかしそれを感じつつも、王は周囲を爆撃しながらハイドラに剣で斬りかかる。しかしハイドラは右手を差し出す。右手から滲み出る黒いオーラに弾かれた。
「やっぱりさ…俺はアンタの事が許せないんだわ…平和を理由に人を容赦なく切り捨てるところがさ…」
攻撃をし続け体力を消耗する王とは対照的に、ハイドラは余裕そうだった。
「貴様に赦しを乞うつもりは無い。国の為に親兄弟全てを切り捨ててきた。全ては未来の為。俺は悪で構わない。」
そう言って王は爆撃を続けた。
「そうやってエメリアの人を間接的に殺したんだな?」
「だから何だ?最初から貴様が徴兵に従えば滅ぶ事は無かった。」
そう言って王はポケットから丸い粒を取り出す。
「『超越薬』。かつての勇者の天恵『超越』を瞬間的に使う事が出来る人造魔法具だ。」
王はそう言ってそれを飲み込む。
「我が寿命の一部と引き換えに最強と呼ばれた勇者の力を手に入れる。思い知るが良い。」
王の攻撃がハイドラに向かう。
『飾逆』『夢幻』
「そんな小細工なぞ、この力の前では無意味だ。」
ハイドラは回避出来なかった。勝ち誇った様に王はハイドラを斬りかかる。
ハイドラは右手で受け止める。が斬りかかった剣は爆発し、加速してさらに強い力でハイドラを切り込んだ。
黒いオーラは剣により斬られ、ハイドラの右手から血が流れる。
その後王は足元を爆発させてハイドラの追撃の範囲から外れる。その爆発はハイドラには効かない様だった。
ハイドラは斬られた右手を見つめる。傷は少し深い様だった。
「あぁ、知ってるさ。だってそれは俺が大嫌いな天恵だからな!」
悲しそうにハイドラは微笑む。
「もうイリスも兵士も離れたかな?」
「呪え…弱い自分を殺す為に…」
左手に持つ宝石に今剣で斬られた右手の血を与えた。
血は一瞬で黒く変色し、宝石からさらに邪悪な気配が漂い始める。
王は唯ならぬ嫌な気配を感じてハイドラに斬りかかる。
『禍飾・黒剣』
ハイドラの左手に黒く禍々しい剣が生成される。その剣で王の剣を受け止める。
「その邪悪な力は何だ?その力は勇者の力ではないな?」
レディオン王は焦っていた。勇者の使う剣が、彼が装備している宝剣だと思っていたからだ。
所有者の魔力を吸いとり不可能を可能にする聖なる宝剣。その対策までしていた筈だった。
しかし王が予想していた、ハイドラの使う聖なる剣の力とは真逆の力だった。
「そうさ。これは勇者の力なんかじゃない。自分を呪って呪って呪い続けた呪いの力だ…」
ハイドラは思い出す。エメリアの出来事を…生き残った自分の無力を呪い続けた事を…
「レディオン王よ。断罪の時だ。許しを乞い、泣き叫べ。」
『凶夢』
「勇者らしくないセリフだな。だが俺は許しは乞わん。俺は未来の平和の為に悪を為すと決めたのだ!」
だがそう言ったが王の前からハイドラは消えていた。視界が真っ暗だ…
何か声が聞こえる。
「助けて」「死にたくない」「痛いよ…」
「な…なんだ?これは一体?」
レディオン王は真っ黒な闇の中にいた。先程まで街中にいたにも関わらずだ…
「これは記憶さ…エメリアの街の悪夢の…」
「ハイドラよ…貴様はどこにいるのだ?どこに消えたのだ?」
「嫌だ…」「止めて」「……をよ……く」
頭の中にこだまする助けを呼ぶ声。
「聞け!愚王よ。無念に散った魂の叫びを…」
暗い地面からレディオン王の足を何かが引っ張る。地面だと思っていた場所にレディオン王は寝転がっていた。
もはや王は上下左右の感覚すら分からなくなっていた。
「許さない…俺は絶対に人間を許さない…」
レディオン王の前にはかつての魔王ガイウスが立っている。
「魔王…何故貴様がここに…」
彼はレディオン王の体を鋭い爪で突き刺した。痛みが王を襲う。
レディオン王が突き刺された部分を確認するが怪我はない。
「は?」
レディオン王の首が兵士に切り落とされる。しかし斬られた痛みだけが残り、首は落ちていない。
その後王は何回も何回も何回も何回も殺され続ける。
ただただ彼には痛みだけが襲い掛かる。
「あぁぁぁぁあ…」
「『超越』俺が大嫌いな力だ。全てに対応する万能で無敵の力。でもな、お前は知らないだろうが魂への干渉へは無意味な力だ。」
「ぐうううう。あぁぁぁぁあ…」
唸り声を上げる。
「どうだい?『心繋の宝玉』で俺の心に繋げられた心地は?」
「これからお前の魂は『悪夢』の中で蝕まれ続ける。」
「良かったな?お前の探していた『心繋の宝玉』を見つける事が出来てさ」
燃え盛る街並み…
ハイドラの目の前には全身から血を流して倒れ込む王の姿があった。
「精神が壊され続けても、勇者は死ぬ事が出来かったんだよ…お前にその地獄が分かるか?」
「助けを乞うても誰も助けてくれない…いや助けられない…もはやただのバケモノだよ…」
レディオン王を背にハイドラは呟いた。
「『超越』か…イリスに戦わせなくて良かった。」
「さて俺も街へ…」
ハイドラの目の前に広がる光景…
沢山の兵士の亡骸…そして燃え盛る街並み…
「あああぁぁぁぁぁ…」
悲痛な叫び声が口から漏れ出す。
エメリアの過去の光景と重なる街並み。フラッシュバックの様に過去の凄惨な光景を思い出す。
「ニクイ…全てが…」
ハイドラはふと呟く。
「はっ」
ハイドラは我に返る。
「忘れろ。憎しみも怒りも悲しみも…俺がまだ俺である為に…」
『儚却』
「もう俺には時間が残っていないんだ…」
そして燃え盛る街へ歩み出す。