21.夢
「……美味しいね。」
イリスは魚を食べていた。近くの川で取れた魚だ。街は廃れても生き物はそこで変わらず暮らしている。それを焚火で焼いて頬張っている。
「あぁ。」
ハイドラも無言で食べていた。
飛竜のポチも美味しそうに食べている。
「………」
王都セレスティアに行こうと言っていたが、距離がかなりある事をハイドラに言われた。その為明日の早朝にセレスティアに向かう事になった。
「ちなみにセレスティアに行くとして、策はあるのか?」
ハイドラに策を聞かれる。
「パッと思いついたのは魔族が争いを望んでいないのを直接伝える。で、可能なら停戦かな。」
「王がそれを了承しなければ?それに王は俺達2人を無事に帰すだろうか?」
「その点は大丈夫。私に考えがあるし。」
「考えが思い通りにいかない場合は?」
「万一の事があっても私達なら何とか出来るでしょう?」
イリスはハイドラに微笑みかける。
「まぁそうだな。」
「何も最初からうまくいくなんて思っていない。私達が今回すべきは王都の民を傷つけずに王都から帰る事。戦意を持っていないと証明すること。少しずつでも歩み寄っていくのが大切だと思うの。」
イリスの言葉にハイドラは少し考えるかの様に焚火を見る。
「なぁイリス…少しでも生存率を上げる為に俺の力について教えておこうと思う。」
ハイドラはイリスに向かって話しかける。
「俺の|天恵≪ギフト≫は『|偽飾≪いつわりかざり≫』。認識を|飾る≪上書き≫する力だ。」
ハイドラは焚火に木の枝を投げながら言う。
「まずは『|逆飾≪さかさかざり≫』これは相手の認識を上下左右、逆さまにする技だ。」
「それと『|逆夢≪さかゆめ≫』これは相手の敵と味方の認識を逆さまにする技だ。これらで相手を惑わせて、同士討ちを狙う。」
イリスは思い出す。逆夢により戦場を制圧した事を…
「『|蝕夢≪むしばみ≫』は相手の痛覚を誤認させる。魔力を込めれば痛みは大きくなる。」
「|夢飾≪ゆめかざり≫は相手の記憶を上書きする。」
「次に『|夢幻≪むげん≫』。これは相手の認識を上書きする。俺のいた場所の認識を変える力…攻撃を避ける時に使う。後は…」
ハイドラはイリスに見せた彼の能力を殆ど説明していく。彼は魔宝具について触れる事はなかった。
イリスは恐らく魔宝具込みでの彼の力だと解釈した。
(上書き…か…他人の想いを捻じ曲げる力…)
それが彼が勇者として歩んできた証。生きて行くために手に入れた力。見て見ぬフリをしてきた結果…
その結果に天恵はそう進化したのだと思った。
「主に使うのはこれらだな。全ての発動条件は俺の鳴らす『音』を聞かせる事。」
イリスはハイドラがいつも右手をパチンと鳴らしている事を思い出す。
「で…これが最後だ。もしもこれを使う事があったら、俺を『殺せ』。」
「禁忌『悪夢』これは俺が封じた技だ。二度と使うつもりはない。」
「そんな酷い技なの?」
イリスは恐る恐る聞く。
「……あぁ…この技で2人の神将を惨殺した。」
ハイドラは一瞬迷った様だった。がそれを口にした。
惨殺と言う言葉が聞こえて、イリスの背筋に寒気が走った。それと同時に少し酷い言葉を使わなくても良いのでは?と少し思う。
「この力は俺が使う攻撃の技。蝕夢と違い、相手の脳に負荷を与えて精神を破壊する。」
「じゃあこれが発動された場合は音を聞かなければ大丈夫なの?」
「いや…それだけじゃ不十分だ。俺を見るな。耳を塞げ。別空間に逃げろ。これだけは必中必殺だ。」
「それって回避不可能じゃない?」
「かつては魔族を裁く力だと思って使っていた。でももう使わないと決めた。人間の…魔族の尊厳を奪い去る外道の力だ…」
「仮に使うのであれば、その時は俺をバケモノになったと思って殺してくれ。せめて人のまま死ぬ為に…」
イリスはふと寂しそうな表情を見せる。
(さっきあれだけ生きるように言ったんだけどな…)
「でも俺はもう死ぬつもりはない。もしもの話だ。」
イリスの表情を見てか、ハイドラは優しく微笑みかける。
「さて…じゃあ次はわたしの|天恵≪ギフト≫の話ね…」
イリスはふと安心した。ハイドラも少しずつ変わり始めている事に…
ハイドラは焚火を見ながら真剣な表情になる。
「いや…万一の為にお前の力は言わなくて良い。明日の為に今日は休もう。」
ハイドラは何かを思ったように彼女が自分の能力を伝えるのを止める。
ハイドラが一方的に自身の力について話してイリスは話せなかった事にモヤモヤしつつも、明日の為に火を消して休む事にする。
飛竜をベッドの代わりにして、イリス達は寝そべる。飛竜は彼らが落ちない様に体勢を整える。ハイドラも無理やり飛竜に寝かせた。
信じてはいるが勝手に一人で行かない様に…
月明かりがハイドラとイリスを照らす。
「ねぇ…ハイドラ…手をつないで良い?」
「……構わない。」
少し迷った様だが、ハイドラは右手を差し出す。それをイリスは左手で握る。
イリスの手はかすかに震えていた。
「まさかこんなに早く王都まで行くとは思ってなかった。」
「そうだな…」
「わたしが直接対話に行くのは止められていたの。お父様の事があったから。」
「セレスティアに対話に行ったきり、帰って来なかった。」
「そうか…」
「けどハイドラがいるから今なら何でも出来る気がしてる。」
「俺を買い被り過ぎだ…」
「それでも自分が前線にようやく出る事ができる。」
「わたしはずっと怖かったの。前線に出ずに指揮を取る事が…」
「わたしが指揮を取れば魔族の民は戦場に行き、多くの命が失われる。だから指示したくなかった。けれどそうしなければ、より多くの命は失われてしまう。」
「自分が戦場に出れば、魔族を平和に出来ても人の憎しみの連鎖は止まらなかった。」
「人を含めて世界を平和に出来るきっかけや何かをずっと求めていた。だからハイドラ、本当にありがとう。あなたが勇者でいてくれてわたしは…わたし達は救われた。」
「………」
ハイドラは黙ったままだった。イリスは少し辛気臭くなった事に気付く。
けど黙りたくなかった。2人きりの時間をこのまま続けていたかった。
「ねえハイドラ。もしも…もしも平和になったら何がしたい?」
「……どうだろうな?考えた事も無かった。」
「私はさっき言ったように人間と友達になりたい。魔王なんて辞めて世界中を旅したい。あとね…」
言おうとしたが途中で恥ずかしくなってやめた。
「夢か…未来の事は平和になってから考えるかな…」
「うん。それが良い。だって平和になれば時間なんて沢山出来るんだから。」
「時間か…そうだな…」
ハイドラは少し考える。
「なぁイリス…城に帰ったらまたお前の料理が食べたい。」
イリスは少し疑問に思っていた。ハイドラが何故自分の料理を食べたいというのかと…
正直イリス自身も自身の料理がおいしくない事を知っている。しかし彼の能力を聞いてふと思った事があった。
(もしかして味覚も逆さまになっているの?)
「………」
「ねぇハイドラ…私平和になったらやりたいことが一つ出来た。」
「何だ?」
「いつかあなたに私の料理が不味いって言わせてみせる。」
真剣な表情でイリスはハイドラに言った。
「フ…何だよその変な夢は。お前は今のままでいいんだよ。」
「ダメなの…私は女子だから、料理の腕とか案外気にしているの。」
「だからって不味い料理を作るなよ。」
「平和になったら沢山料理の練習をするの…」
そうして他愛ない話を続ける。その頃にはイリスの手の震えも収まっていた。
笑いながらイリスは眠りに就く。
「眠ったか…ひと時でも良い夢をな…」
ハイドラはイリスに微笑みかける。
その後はるか上空の月を見る。それを少し眺めた後、月に左手を伸ばす。
「どれだけ頑張っても月に手は届かない…」
「もっと…もっと……」
ハァっと小さく溜息を吐いた。
寂しそうに月を眺めていた。
「イリス…最後まで必ず守るよ…お前の夢が終わらない様に…」




