13.決意
ゴリアテ達は王都の酒場にいた。ティアラと旅仲間だった魔導剣士のディランでテーブルを囲って近況について話している。
「ゴリアテ?大丈夫か?」
魔導士のディランはタバコを吸いながら聞く。黒縁のフレームのメガネ越しに鷹の様に鋭い目が睨む様にゴリアテを見る。
しかし彼は睨んではいない。ただ目つきが悪いだけだ。だがタバコを吸うサマは、一般人では近寄り難いオーラを出していた。
タバコの煙が彼の水色の髪を白く染めていく。
「あぁん?大丈夫に見えるかよ?」
ゴリアテは大分荒れているようだった。彼の周りには飲み干された酒の大きなグラスが何本も置かれていた。
「いや…ボロ負けした事が自然と分かるよ…」
「はっはー。ゴリりんはハイドラに対して大惨敗だったもんね。そりゃテンションサゲサゲだよねー。」
ティアラはゴリアテを煽る様に笑いながら言った。彼女もカクテルのグラスをかなり空けているようだった。
「負けた事は別にいいんだ…アイツには勝てねえと分かっていたしな。ただ…」
「ただ…?」
「何でアイツは俺達に何の相談もなく、魔王の仲間になっていんだよ?俺はそれが気に入らねぇ。俺たちは何でも話せる仲間じゃなかったのかよ?」
「マジそれな。飲まなきゃやってらんないっての。」
そう言ってティアラとゴリアテは酒を一気飲みする。
「それはどうでも良いんです。ボクがここに来たのは、王の為にハイドラは完全に敵になったかと判断する為です。」
ディランはタバコを灰皿に置く。酒も飲まずに真剣な表情でゴリアテとティアラに問う。
「王の為…か」
ゴリアテは小さく溜息を吐く。
「分からねぇな?少なくとも俺達を殺す気は無かったようだぜ?」
「そそ。兵を引いたら無事に帰してくれたしね。」
「そうですか…ちなみに何故、戦場で軍を引かせたのですか?ゴリアテ以外に将や部隊長がまだまだいたでしょう?」
それはゴリアテを見殺しにしてでも戦わせるべきだったという、王側の意見だった。
「おめえはハイドラ1人に苦戦した兵士と人間が大量にいて、その上魔王までいる戦場でどうすべきだと思うか?」
「それは…最後まで…時間を」
「俺たちは敗北を認める事で勝負をなかった事にして貰ったんだよ。」
ゴリアテはビールを飲み干す。
「お前は頭は良いけどバカだよな。負けると分かった戦場で兵士を置く必要はネェ。兵を引かせて別の戦場で勝つのが得策だ。」
「それではハイドラがまた別の戦場に現れたら?」
「負ける。だから引いて別の戦場へ行かせる。」
「じゃあやはり引かなければ…足止めして他の戦場の勝率を上げるべきだった。全ての流れを…」
「命は失ったら戻らねえぞ。だからおめえはバカなんだよ。」
ゴリアテは不快感を顕にし。ディランのグラスの酒も奪い一気に飲み干す。
「やーい。バーカバーカ。」
ティアラもゴリアテに便乗してディランをバカにする。
「ティアラに言われるならまだしも、ゴリアテに馬鹿と言われる筋合いはない。」
「もういい。アイツは魔族に付いた。それが分かれば十分だ。」
そう言ってディランは机に「バンッ」とお金を置いて酒場を後にした。
一瞬静まり返った酒場も、すぐに活気が戻る。
「おいディラン。焦り過ぎて目の前の最適解に飛びつくなよ?もっと大局を見ろよ。」
ディランの去り際にゴリアテはビールジョッキを持ちながら声をかけた。
ディランは無言で酒場を後にする。
「お前に言われなくても…」
ゴリアテとティアラはその後も酒屋に残る。
ゴリアテは追加の酒を飲む際に、ふとティアラに言った。
「なぁティアラ。ハイドラがやろうとしている事って…」
「ゴリ。それ以上は黙れ。」
ティアラは急に声を落としてゴリアテを睨みつける。その後、目をキョロキョロさせてゴリアテにアイコンタクトを送る。
周りには酒を飲みに来たように見せかけた王の部下がいたようだった。
「あーし、バカだからアイツのしたい事なんて分かんなーい。とりあえず暗い話は止めよ?」
「あぁそうだな。惨敗記念に今日は飲むぞ!!」
「あーし朝まで付き合っちゃう。ゴリりんの奢りなら!!」
そうしてティアラとゴリアテは夜通しで飲む事を決める。
一方でディランは夜風を浴びながら、王城へ向かう。
「ボクだって…ハイドラが敵だとは思いたくないさ。」
ディランはハイドラと出会った時の事を思い出す。王に遣える魔導士だった彼は、神将討伐の際に城の兵士とハイドラと共に行動を共にした。
途中で仲間とはぐれ、2人で神将を討伐する事になったが、ハイドラが神将を圧倒した事を。彼に命を救われた事を思い出す。
それが今でも良き思いでとして彼の頭には残っている。
「アイツは…きっと魔王に操られているんだ。そうに違いない。だって『心繋の宝玉』は魔族に奪われたままだから…」
「待っていろハイドラ。ボクが必ずお前を連れ戻す。お前にボクの強さを認めて欲しいから。」
ディランは強い瞳をして覚悟を決める。彼は何をしようとハイドラを連れ戻すつもりだった。
「だからこそボクは命を賭けてでもハイドラを取り戻す。」
命を賭けてでもハイドラを連れ戻し、魔族を倒し平和にする。その為に決意を固める。
「ハイドラ…お前には帰る場所も待っている人がいるんだろ?」
月は雲に隠れ、雨が降りそうだった。
*
「今日は景色が見えないか…」
ハイドラは客室から窓の外を見ていた。イリスと晩御飯も食べて、休息の時間になった。
左手をズボンのポケットに入れて、窓にもたれ掛かるように外を見る。
「魔族も当たり前のように生きているんだよな…」
魔族の街に初めてゆっくりと滞在した。一日を通して、魔族の人達も人間と同じように生きている事を知った。同じように笑い、同じように泣き、同じように恫喝?する。
「平和な世界を作ろうとするにつれて、俺は汚れていく。」
「汚れは決して落ちる事がない。平和に近づいても俺はバケモノのままだ…」
「もう引き返す事が出来ない…だから最後までやり遂げる。」
「イリスが魔王で良かった。あいつならきっと世界を平和にしてくれるだろう。」
ハイドラはイリスを思い浮かべる。強くて優しくて素晴らしい王だ。
「だからこそ俺はあいつの為に命を賭ける。そして世界を平和にする。」
「平和になれば勇者は…いや…もうそこには俺の居場所はないな…」