12.魔族の街
「あぁ…ようやく見えて来た。」
イリスは指をさす。城から2km程離れている「ルヴィジア」という魔族が住んでいる大きめの街だ。
今日の彼女はドレス姿から、カジュアルなファッションに着替えている。魔王である事を誤魔化す為だ。
しかし誤魔化せているの思っているのは残念ながらほぼ本人のみである。
街の入り口には門番らしき屈強な魔族が立っていた。何か周囲を警戒してピリピリとした雰囲気が伝わって来る。
「え…魔王様?今日はどうしてここに?」
門番は敬礼をして魔王を迎える。
「今日は街にこの人間の服を買いに来た。勿論視察ついでじゃがな。」
「人間の?え…人間…?なぜここに?」
門番はイリスの後ろに隠れていたハイドラの顔を覗き、睨みつけた。
「我が誘ったのじゃ。無害なのは保証する。人間だからとこやつに無礼があれば、貴様の職は無くなると思え。」
イリスはハイドラに失礼が無いように門番を軽く脅す。
「はっ。」
衛兵は右手を額に当てて、再び敬礼をする。敬礼するが、ハイドラの事を良く思わない目で見ていた。
「しかしながら…この周辺で…」
衛兵はイリスの耳元で何か伝言を伝える。
「うむ。こちらも何か異変が無いかを調査してみる。引き続き見張りをよろしくな。」
「は!ではイリス様。どうぞお進みください。」
衛兵は丁寧にもイリスには丁寧な様だった。付き添いのハイドラには目もくれずに街へ入る許可を取る。
こうしてイリスとハイドラは街へ入って行く。
その後、衛兵は他の兵士に呼びかけを行う。ハイドラの存在を知らせる為に。
「へぇ…ここが魔族の住む街か。」
ハイドラは呟いた。
「人間の街とはやっぱり違う?」
「200年前の人間の街みたいな感じだな。」
ハイドラの何気ない一言がイリスを傷つけた。
「まぁ…人間と戦争が100年も続いているもん。だから文明も進まないよね…」
イリスは肩を落とす。それでも必要な建物は一通りそろっている。ハイドラにとっては古い町並みでも、魔族にとっては結構な都会なのだ。
一番の目的であった服も買って、街を散策することになる。
「へえ魔宝具屋なんてあるんだ。」
ハイドラはそう言って1人で店に向かおうとする。
〈バン〉とハイドラと若い魔族の肩がぶつかる。いやわざとぶつかった様だった。
「ハァ。誰にぶつかっているんだ?人間風情が?」
目付きも悪く、汚らしい4人組の魔族の若者がわざとハイドラにぶつかった。ゴロツキの様な存在で、街の魔族は見て見ぬフリをすることにしたようだった。
「すまない。街に慣れていなくて。」
「てめぇさ?人間がここにいるって事は俺達に殺されるつもりで来たのか?あぁん?」
「ちょっと俺達に付いてきて貰えるかな?」
「大丈夫。命までは多分取らないからさ。」
ハイドラに絡む魔族の若者。彼が勇者だとやはり気付いていなかった。
今日の彼は剣を持ってきていない。完全に無防備な状態だった。武器を持っていくと警戒されるとイリスが言ったところ、迷いなく彼は剣を城に置いて来たのだ。
「お前らについて行って、俺に何か得があるのか?」
ハイドラは無表情な顔で彼らに聞く。殺気すら出していない。
「そりゃ街中を汚い人間の血で汚さずに済むんだよ。俺達に得しかねぇ。」
「分かった。」
ハイドラはその言葉で4人組に付いていく事にしたようだった。
「ちょっと待てぃ。」
「あ?なんだよてめぇ?」
「貴様ら?…いや…君達…私の彼に何か用事?」
イリスのプレッシャーが4人組に圧を掛ける。本気の殺気だった。明らかに逆らってはいけないと…
「あぁん?」
「彼だぁ?人間には勿体ない良い女だなぁ?」
ゴロツキの1人はイリスを嫌らしい目で見ながらナイフを舐めた。
(は?ハイドラには私は似合わないってコト?許さない…)
「貴様ら…ちょっと裏に来い。」
低い声でそう言ってイリスは4人組を連れて路地裏に行く。が、すぐに帰って来た。
「早かったな。」
「彼ら路地裏に行くと同時に眠っちゃったみたいなの。」
イリスはにこやかに返事した。本当に彼らは眠っている。イリスは重力を強めた事による意識の消失による眠りだった。
こうして2人は先程の魔宝具のお店に向かった。
「へぇ、安いな。」
ハイドラは魔族の販売している魔道具に関心があるようだった。
「まぁ魔族は魔宝具なんて使う必要がないからね。」
人間と魔族の違い。それは魔力の使い方にある。
魔族の住む魔力の満ちた『魔界』では基本的に空間中の魔力を使う。
その為自分の『|天恵≪ギフト≫』を生かす様ににツノや翼などの人間にはない器官を発達させ、より空気中の魔力を扱えるように進化していくのが魔族だ。
一方で人間は魔界の様に、魔力に満ちた空間で暮らす事をしていない。その為に「天恵」では自分の体内の魔力を使う。魔宝具は魔族の様に大気中の魔力を使って、体内の魔力使用の負荷を下げる為に使う。
メリットは自分の『天恵』を生かしたり、戦いにおいては弱点を補う事が出来る。。
デメリットは自分の『天恵』との相性によっては使えない。またこれを使う事で人間の『天恵』は進化を止めてしまう事がある。
魔族にとっては魔宝具はそこまで必要は無い。日常にあれば、まぁ便利かもしれないという認識だ。
魔族は『天恵』の為に体が進化していき、人間は目的の為に『天恵』が進化していく。
「人間の街で売っている価格の1000分の1の値段だ。この店が人間の街に来たら、あっと言う間に大繁盛だな。」
ハイドラはどこか人間の街を懐かしむ顔をしていた。
「いつか人間と魔族が共存出来るようになると良いね。」
そうして彼らは街の散策をする。お昼を過ぎてあと少しで夕方になるくらい、街の散策を楽しんだ。
「あっ、ちょっとお茶でもしない?あのお店、凄く美味しいんだ。」
イリスは街中で目に付いた喫茶店にハイドラを連れて行く。
「いらっしゃい。…あら、個室を用意しましょうか?」
「お願いします。あと紅茶と甘いモノを2つずつ。」
こうしてイリスに連れられて喫茶店の個室に案内される。
VIPルームとでもいうべきか…物凄い高級そうなアンティークのカップなどが飾ってある。
「このお店は…よく来るのか?」
「昔はよく来てた。お父さんに連れられて。」
イリスはどこか懐かし気に…ただ寂し気に返す。
「そうか…」
「ここね…紅茶がすごく美味しいの。ハーブの香りが良くてね。」
「それは…楽しみだな。」
そう言いながらもハイドラもイリスの様に少し寂しそうな顔をしていた。
少し部屋からの景色を楽しむうちにお茶とケーキが出される。
「美味しそうだね。」
椅子に座りお茶を飲みながら、2人は街の違いについて話す。どれくらい人間の街は発展していて、食生活がどうとか、人間や魔族の違いなどを…お互いをもっと知り合う為に…
お互いに分かり合う為に。
お茶も数種類用意され、その後クッキーやマフィンの様な甘いモノも来て、イリスはそれを食べながら楽しそうに話す。アフターヌーンティの様に甘いモノで机が埋め尽くされた。
ハイドラはお茶を飲みながら、楽しそうにしゃべるイリスの話を聞く。
「あれ…ハイドラ?もしかして甘いモノ苦手だった?」
ハイドラはおやつに全く手を付けていなかった。
「あぁ……すまない…」
ハイドラは黙る。
「作るのは好きなんだけど、食べるのは苦手なんだ…」
イリスは一緒に厨房に立った時の事を思い出した。そう言えば、ハイドラはスイーツを作る際に味見を全くしていなかった。
まるで決められた分量でレシピ通りに作っているから、味見は必要ないのだと勝手にイリスは思っていた。
「じゃあ私が食べるね。甘いモノ好きなんだ。」
イリスも特段甘いモノが好きではなかった。それでもハイドラのお陰で、好きになりつつあった。
ただ今はハイドラの為に甘いモノの食べ過ぎでスタイルは崩したくないと思うようになった。
こうして他愛もない話をしているうちに日は暮れ始める。
夕日を眺めながら、城に向かって歩いていく。
「夕日も人間界のと変わらないんだな。」
ハイドラは夕日を見ながらふと呟く。
「どうしたの?夕日なんて、旅をしている間に見て来たんじゃないの?」
「空も夕日も…街にいる魔族の人達も…俺達がいる場所とあまり変わらないんだな。」
ハイドラは悲しそうな顔をして、ふと空を見た。
「そうだね…私達はただ姿が少し違うだけで、同じように生きている。」
イリスはハイドラに向かって微笑む。
「俺はそんな同じように生きている魔族の人を沢山殺してしまったな…」
「………」
「昔に戻れたらな…」
彼の後悔だった。彼は平和の為に自分が正しいと思う事をしただけだ。それでも見る角度が違えば、正しい事ではなく悪行である事だってある。
そもそも争い…戦争はお互いが正しいと思うから起きるのだ。頭では理解していても、中々気付けない。
「昔には戻れないよ?どんなに悲しい事があっても、私達は乗り越えて生きて行かなきゃならない。目を背けずに、ただ前を見て。」
「だからあなたが間違えたとしても、見ないフリはしちゃいけない。間違いをなかったことにはしてはならない。」
「間違いを二度と起こさない様に、目を背けずに未来に繋げなければならない。」
イリスは力強い瞳でハイドラを見た。ハイドラはイリスの方を驚いた様に見つめる。
「目を背けずに……か…」
ハイドラはふと左手を見る。
時間のせいだろうか…暗くなるにつれて、少しずつ話が暗くなる。昼間なら出来ないような後ろ向きな言葉がつい出やすくなってしまう。
「急いで帰りましょ?夜は冷えるし、多分料理も準備されていると思う。」
「なぁ…イリス。」
「どうしたの?」
「また今度で良いから、お前の料理を食べさせてくれないか?」
ハイドラの頼みにイリスは驚いた。
「街で何か買っておけばよかったかな。」
日が暮れる中、城へ2人で歩いていく。イリスはハイドラと手をつなぎたかったが出来なかった。
何故か彼が悲しんでいるかの様に思えて、手を握る勇気が出なかったからだ。
月には雲がかかってイリス達からは見えなかった。