10.祝勝会
夕方ごろイリス達は無事に城に戻る。
「イリス様、お帰りなさいませ。」
城の門にはゾークを含む衛兵と、使用人たちが魔王の帰りを出迎えた。
「うむ、戻ったぞ。特に問題はなかったな?」
留守の間何もなかったことを確認する。
「はい。勇者ハイドラがここにいる以外は問題ございません。なので今からそやつを排除します。」
ゾークはハイドラを一瞬睨みつけ、にこやかにイリスに言った。
「そうか…ゾーク、今まで世話になったな…」
「へ…?どうして今生の別れみたいなセリフを?」
ゾークは何を言われているか分からない様子だった。
「上司への礼節を欠く者をクビにするのは悪い事か?」
「へ?上司?ハイドラが?」
「本日|武勲≪ぶくん≫を立てたこのハイドラを我が右腕と任命した。よって上司に従えない者はクビじゃ…」
「へ…武勲?一体本日はどちらに行ってらしたのですか?」
クビを宣告されたゾークは恐る恐るイリスに聞く。
「コルニアス平原に行き争いを止めて来た。」
「あぁコルニアス平原ですね…|弟君≪グリフィス様≫の任されていた場所…あと一カ月程で制圧出来そうな場所ですね。」
ゾークは思い出すように呟く。呟いた後にハッとしたように…
「え?はぁぁぁあああああ?たった半日でですか?しかもほぼ無傷で?」
ゾークはちらっとハイドラの頭に傷があった事を確認したが、しかし明らかに戦場にいたような汚れ具合ではない。
血も付いてないし、砂ぼこりで汚れてすらない。街に散歩にでも行って、転んで怪我を負って帰って来たかのような格好のままだった。
「という事でハイドラには褒美にこの城をくれてやる事にした。」
「え?は?いや、お城ですよ?先代の魔王様が集められた宝石やら沢山あるのですよ?」
「いや…だって、ハイドラが欲しいものがないっていうから…とりあえず報酬を、ね?お金は私と共有するから必要ないだろうし…」
イリスはハイドラの方を見る。
「いや…いらない…」
ハイドラは本気で迷惑そうな顔をしていた。
「ホラ見ろ。とりあえず異性に何でも貢ごうとするんじゃない。恋愛経験が少ないってバレて、すぐカモにされるぞ!!」
「え…だって…」
イリスはゾークに叱責される事で頬っぺたを真っ赤にして少し涙目になる。
「あ…」
周りの兵士達は無言でゾークを見る。やらかした者を見る悲し気な視線だった。
その視線にハッとしたのか、ゾークは急いで取り繕う。
「とりあえず戦いを治めたなら今日は祝勝会です。美味しいものを私達が用意しますので、今日はそれを褒美として与えるで良いでしょう?褒美の相談なら後日私が乗りますし…」
とりあえずさりげなくクビを回避し自分が使用人として居続けるルートを瞬時に提案する。
「うむ、頼んだぞゾーク!!」
イリスはパァっと明るい笑顔を見せる。
ゾークは誰にも見えない様に安心して一息つく。。
(フフフ…計算通り。ってか、何とかクビを回避した…)
そうして夕食になる。食堂には朝とは打って変わり豪勢な食事が用意されていた。
「それではハイドラの武勲を称し乾杯!!」
イリスの一言で城の兵士達はグラスを上に掲げる。祝勝会の際の城の見張りはゾークが行う事になった。
「あそこを制圧するとは凄いですね!!」
「どちらの軍も決め手に欠けて、硬直していたあの争いを止めて来るなんて…」
「その…朝は申し訳ございませんでした。」
武勲を立てたハイドラに、城の兵士達は近寄って来る。取り入ろうと必死だ。
なにせ魔王イリスが何故かベタ惚れしているからだ。
これは魔王の次期婿となる可能性が高い事を兵士達は理解していたからだ。つまり取り入れば後の地位は安泰になる。
衛兵も人間と分かり合えるかは分からない。だが魔王が分かり合おうとしている以上は、分かり合う為に努力すべきだと判断したのだ。
「はぁ…」
ハイドラは少し困惑していた。敵対していた者達にいきなり友好的に接され、何か裏があるのではないかと疑っていた。勿論裏があるのだが…それに大規模な宴会は苦手だった。
「どうだ?ハイドラ。料理は口にあうか?」
イリスはハイドラに群がる兵士が邪魔だなと思いつつも、自然な形で兵士を退けて話しかける。
「あぁ、おいしいよ。」
だが朝イリスが見た時の様に、彼に笑顔はなかった。皿に盛ったものの、少し食べたきりだった。
それをイリスは見逃さなかった。
「嘘を言わなくて良いのだぞ?今日の主役は貴様じゃ。料理が気に入らんなら、新しいものを用意する。」
ハイドラは迷った顔をしながら少し黙る。
「良いのか?」
「勿論。」
「なら…手間かもしれないが、イリス…お前が作った料理をもう一度食べたい。」
ハイドラは少し微笑みながらイリスに言った。
その瞬間、食堂は凍り付いた。一人を除いて…
城の兵士は持っていたグラスや皿を地面に落としそうな勢いで愕然としていた。勿論食べている途中に喉につっかえさせる者もいた。
対してイリスは顔を真っ赤に染めていた。
「え…わたしの料理で良いの?今朝食べたのに…?」
イリスは朝食べた自分の料理が、今出されている料理よりも不味い事を知っている。朝食べて、美味しくない事を確かめたからだ。
「もっとお前の料理を食べてみたい。」
「え…」
予想外のハイドラの言葉にイリスは固まっていた。
(味覚音痴なのか…?)
(なんだ?この胸の高鳴りは…)
(100点の口説き文句。だがお前の味覚は0点だぞ。)
宴にいる者達の胸は何故か高鳴っていた。甘酸っぱい青年時の時のように…
「イリス様、自分は治療中の衛兵に料理を運ばねばならないので先に失礼します。」
「自分は嫁の顔が見たくなったので、先に失礼します。」
「自分はお腹いっぱいでイリス様の料理を食べられないので失礼します。」
「ゾーク様がサボっていないか確認してきます。」
こうして食堂にはイリスとハイドラの2人だけになった。
「時間かかるけど良い?」
「いつまででも待ってるさ。」
「ねぇ…私もハイドラの作ったデザートが食べたいな!!」
イリスは頬を赤く染め、ハイドラにデザートをおねだりした。
「じゃあ2人で料理するか?」
「うん。」
厨房には料理人がいた。しかし空気を読んでか、しばらくの間退出すると出て行った。
こうして2人だけで大きな厨房を使う。別々の物を作る為だが、イリスは胸が高鳴っていた。
(とりあえず美味しく作るには調味料を沢山いれなくちゃ。)
唐辛子にタバスコ、ニンニクなどのありとあらゆる調味料を沢山入れていく。
対してハイドラは慣れた手つきで、卵を割ってそれを解き、小麦粉と混ぜ合わせて香りづけをしたりしていく。
こうして無言ではあるが、お互いに料理を進めていく。イリスは味見をしながらも必死に…
一方でハイドラは慣れた手付きで味見をすることなく料理を進めていく。
こうしてイリスはよく分からない料理を作り、ハイドラはフルーツのケーキを作った。
「ごめん…ハイドラ…私失敗しちゃった…」
イリスは申し訳なさそうに謝った。味見をした際に物凄く酷い味だった。何回も作り直ししたが、結局はマシなモノを選ぶしかなかった。
「いや…大丈夫。俺の為に作ってくれてありがとう。」
ハイドラはイリスに微笑みかける。
ハイドラはイリスの料理を一口、口に入れる。
「初めて食べる味だが…美味しいと思うよ?これ」
「え?」
イリスは驚く。
(え?)
(え?ありえない。)
(え?ないない。絶対にない。)
厨房の外で中の様子を伺っていた料理長、ゾーク、そして兵士達は驚きを隠せないでいた。
なぜなら厨房の外に、物凄く毒々しい煙が立ち込めていたからだ。心配でこの場を覗かずにはいられなかった。
こうしてハイドラはイリスの作った毒々しい料理をおいしそうに食べ進める。
イリスの胸の高鳴りは止まらない。
(なぁ…あれ…)
料理長は厨房の外で見張るゾークに肘を入れて小声で聞く。
(あの生物兵器を平気で食べた?)
兵士もゾークに目線で訴える。
(勇者の胃袋も勇者級に頑丈なんだな…)
(なんだかんだで良い組み合わせかもですね。)
(婿の貰い手があるのは良いが、困ったなぁ。)
ゾークはワガママなイリスが大人しくなるのは良いが、一方で心配する事があった。
シスコンの弟の存在を…
「ねぇ…ハイドラ?明日はふもとの街に行ってみない?服とか持ってきていないでしょ?」
「あぁ…だが戦場は大丈夫なのか?」
「焦る気持ちは分かるけど、戦場に行く以上は精神的・肉体的に健康でなければ私は出撃許可は取らないわよ?それに戦場から帰った者には連休を与えるようにしているの。」
その言葉を聞いてハイドラは明日は戦場には行けない事を理解した。
「じゃあ明日は街に出掛けようか?」
こうしてイリスはようやくデートらしい約束を取り付ける事に成功した。