1.俺の命と引き換えに争いを止めてくれないか?
「たった1人でここに来るとは…その度胸は褒めてやろう。」
広く荘厳な部屋の奥…黒のドレスを纏う麗人はただ一人玉座に座っていた。
長くサラサラな銀色の髪は窓からの光に照らされより艶めいていた。
座っているがスラっとしていてスタイルが良く、長身なのが一目で分かる。その美貌を憧れない女性などいないだろう。
一見すると人間のようだが、額の二本のツノが人間ではなく彼女が魔族であるという事を示す。
目に掛かった長い髪の隙間から鋭く深紅の瞳が男を睨みつけていた。それはノックも無しに部屋に入って来た不躾な人間を威圧するように…
予想外の事態にも余裕ある姿は『高潔』さすら感じさせる。
その美しくも恐ろしい彼女の姿は見ただけで、格の違いを分からせる。
並の者では一目見た瞬間に逃げ出したくなるだろう。
それもそうだ。恐れ多くも彼女は人間の敵である魔族の王…魔王イリスなのだから。
彼女は頬杖をつき眠たそうな表情をしながらも、玉座の肘掛に右肘をついてリラックスしている。侵入者がいるにも関わらずに…
(魔王らしいセリフを吐いたが、反応無しか…)
(眠い…)
彼女はあくびを隠す為、左手を口元に当てる。人間はどんどんと玉座に近付いて来るが、彼女は依然余裕なままだ。
男は玉座のおよそ20メートルほど前まで近付き、イリスに声を掛ける。
「魔王イリスよ。本日は話があって来た。聴いて貰えるならありがたい。」
単身で乗り込んで来たとは思えない程の軽装備。
粗末な装備にジーンズ姿。一方で腰につけているのは、名刀であろうオーラを発している剣。
剣だけは名匠が作ったかの様なプレッシャーを感じさせる。
ボサボサの茶色の髪に少し痩せ気味の長身。目付きは悪いが目が大きく、顔立ちはシュッとして、もう少し顔に脂肪が付けば美男子となるだろう。
よく言えば人間界では王都や都会にいそうな擦れ気味の若者の見た目。悪く言うと筋肉が少なく頼りない男。
装備を見ると冒険の初心者だ。強そうな剣を有金叩いて買ったが、防具を買うお金が尽きたバカ。
魔王を前に彼は部不相応だった。相手にならない。その為イリスは油断してリラックスを続ける。
10人中10人が初見でこの人間を勇者と判断することはない。城の兵士を相手によくここまで来たという装備だ。
「貴様は何者じゃ?まず名乗れ、無礼者」
イリスは彼を睨み付ける。
「俺の名はハイドラ。勇者ハイドラだ!」
(嘘じゃな。剣以外はただの一般人じゃ。)
イリスは溜息を吐く。せめて面白い冗談にして欲しいと思っていた。
目の前には勇者を不敬者。にわかには信じがたい…
(いや…でもどこかで見た事あるような…)
記憶力の良い彼女と言えどその程度の認識。
「勇者を語るならばその左腰の武器をまず置いて貰おうか?その剣は魔宝具の一つなのであろう?」
魔宝具…それは自分の魔力や生命力を使い、自分にはない力を引き出す道具。魔族に対する人間の対抗手段。
「この剣か?」
男は左腰に装備している剣を鞘ごと持つ。彼には勿体ないくらい神々しい剣だとイリスは思う。
(見ただけで強大な力が秘められていると分かる剣じゃ…恐らくはこれを使って、衛兵を倒しこの玉座の間まで辿りついたのじゃろう…)
勇者でないのなら断ると思っていた。武器が無い事は生殺与奪の権を他人に握らせるのと同じだからだ。
「ああ、そうじゃ。二度も言わせるな。」
彼女はキッとハイドラを睨みつける。
左手を左膝に乗せながらも、いつでも男を殺せるように準備する。相手に武器を持たせる瞬間が一番危ないから。相手が弱そうでも油断はしない。
「ほいっ。」
男は名刀であろう剣を、迷う事無く玉座に向けてポイと雑に投げた。
「えっ?」
イリスの顔は頬杖していた右手から滑り落ちた。滑り落ちたお陰でうっかりと間の抜けた顔を見せる事は防げた。
人間にとっては恐らく宝剣であろう剣が、そこらの鉄の剣と同列に雑に扱われる事に驚きを隠せなかった。
「これで良いか?」
自身を守る剣を失っても男は余裕そうな態度であった。もはや彼は手ぶらの一般人と等しいのにだ…
(もしかしてアイツは本当に勇者か?いや…ないか。以前見た勇者の一行はこいつより圧倒的に強そうな人間ばかりだったぞ?)
イリスは動揺を隠せなかった。だが動揺を悟らせまいと毅然に振る舞おうとする。
「良いだろう。単身で乗り込んだ貴様に敬意を払い、話を聴いてやろう。」
彼女は頬杖をつくのを止めた。
玉座にもたれるのを止め背筋をピンと伸ばし、両手を膝の上に置きいかにも魔族を代表する態度で男の話を聞く事にした。
「ありがとう。いきなり本題だが、俺の命と引き換えにもう人間と争うのを止めてくれないか?」
男は真剣な眼差しで彼女に話す。
「は?」
イリスはきょとんとした顔をした。普段なら絶対にありえない表情だった。どうしても理解が出来なかった。
(こやつが本物の勇者でなければ、こちらは大幅に損な取引か…)
「貴様一人の命で数えきれない数の人間を助けろとな?ククク。何の冗談じゃ?」
彼女は右手で口元を隠して笑う。
「冗談じゃない。」
男は魔王を睨みつける。この時イリスは初めて彼から覇気を感じた。覇気と言うより得体のしれない何かを…
「魔族と人間の間に起きている戦争・蹂躙•虐殺を一刻も早く終わらせたいんだ!!誰も…敵であっても傷つくのを見たくはない。」
男の眼差しは真剣そのものだった。
「平和はお前が真に望む事か?誰かに命令されたのではないのか?」
「今この場所にいる事も、お前に命を差し出す覚悟も全て俺の意志だ!!」
『勇ましい』とイリスは実感する。
一人でここにたどり着き、一人の命と引き換えに人間との争いをやめて欲しいと懇願する人間。見た目は頼りないかもしれないが、彼はまごう事なき勇ましき者。
魔王は先程男を…いやハイドラを笑った事を後悔した。彼の理想を笑うのは失礼だと気付いた。
それこそ自分達魔族の格を落とす行為だと。
「………」
「争いを止めろ…か…」
魔王イリスは黙ったままハイドラを真剣に見つめた。
「貴様は魔族と人間の戦争がどうなると思う?お前が来たという事は、我ら魔族の勝利だと思ったのか?」
イリスは真剣な眼差しで勇者に問う。
だがその問いに答えずにハイドラは黙ったままだった。
「別に話を聞くだけじゃ。人間が勝つとお前に言われても、気を悪くして話を中断などせん。」
ハイドラは無表情に淡々と
「……ならば率直に言う。人間が…いや俺がお前達を殲滅し圧勝する。」
「はぁ?」
イリスは玉座から立ち上がる。そしてそれまで抑えていた圧倒的な魔力と殺気を勇者に向ける。
「俺はもうお前達魔族を殺したくない。出来れば人と魔族が共存する未来を歩んで欲しいんだ…」
殺気を向けられても、勇者は怯まなかった。まるで恐怖を感じていないかのように…
「お前は…」
イリスがハイドラに言葉をかけようとした時だった。
「キヒヒヒヒ。この玉座の間に人間如きが乗り込んで来るとは…更には勇者を自称するとは…何たる好機か。」
広い部屋の入り口に年老いて鼻が長く、しわくちゃの顔の執事らしき魔族が兵士を50体程引き連れて立っていた。
「卑劣のゾーク…こやつは我の客人じゃ。手を出すな。」
(これでは話し合いに来た者への不意打ちになってしまう。)
それは魔族の格を落とす行為だ。プライドが許さなかった。
ゾークは魔王の城の警備隊長を任されるくらいには強い。弱い一般人ならば確実に死ぬ。ましてや今彼の手元に武器は無い。
「イリス様。これは千載一遇のチャンス。これを逃せばこれからも多くの同胞はが殺されましょうぞ。」
(ん?そもそも城に入らないように警固すべきだったのでは?チャンス…すでに逃してるよね?)
「止めろゾーク。今こやつを殺しても我らが恥をかくだけじゃ。」
イリスはゾークに対して睨み付ける。
「いや、大丈夫だ。」
ハイドラはイリスに言葉をかける。
魔王に…そして装備していた剣を背を向けて、ゾークへと体の向きを変えた。
「俺は…お前達魔族と共存する未来を創る為にここに来た。」
ハイドラはゾーク達に魔族に語りかける。
「俺はお前達を傷付けるつもりはない。武器を納めてくれないか?さもなくば…」
「キヒヒヒヒ。戯言を…兵士達よ、構えよ!!」
すると兵士は皆、槍や刀・弓を構え、魔法を使う兵士は詠唱を始める。
「止めよ。ここで止めねば貴様らは打首じゃ。」
魔王イリスは焦っていた。部下の暴走による蛮行を止めねばならない事を。 望まぬ形での敬意を表すべき相手との決着を。
イリスは右手に魔力を込めて、部下を静止しようとする。
「手を出さなくて大丈夫。俺一人で十分だ。」
イリスはハイドラの後ろ姿がとても大きく見えた。50の兵に対しても臆すことなくただ一人真っすぐに立っている。
「例え誰かの想いを踏み躙る事になっても、俺は前に進む。」
その後自分に言い聞かせるよう小声で呟いた。
ハイドラはゾーク達に向かって言葉を放つ。
「お前達を出来れば傷つけたくない。だから…」
「争いたくない者は俺を攻撃せず目を閉じていてくれないか?」
ハイドラは絶望的な状態にも関わらず、全く物怖じをしていないようだった。
「我が命、亡くなろうとも魔族に良い未来と栄光がありますように。」
ゾーク達は一斉に攻撃にうつる。
「かかれぇ。」
ゾークの合図と共にハイドラに攻撃が向かおうとしていた。
「ダメか…」
そう呟くとハイドラは左手をジーンズのポケットに入れる。そしてゾーク達に向かってゆっくり進んで行った。
勇者は右手をゾーク達の方向に伸ばし、親指と中指でパチンと音を鳴らした。
『逆夢』
表情一つ変えずに、敵の兵士達の元へと歩みを進める。まるで恐怖を感じていないかの様に…
兵士達の魔法により部屋の入り口周辺は一瞬で火の海となり、土煙が立ち込め彼らの姿はイリスから見えなくなる。
彼女が視認出来たのは、土煙の中でただ一つだけ立つ人影だけ…
決着は一瞬だった。
その場に立っていたのはハイドラただ一人。彼は左手をポケットに入れたまま、50人の魔族を相手に圧勝を果たした。
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