6. ただの流行り病だと思ったら・・・子爵の話
お読みいただきありがとうございます。
コンヴィスカント子爵視点のお話です。
行間の修正と、言葉の言い換えをしました。
あの時のことは鮮明に覚えているし、自分の娘にこんなことが起ころうとはと思ったものだ。
今から3年ほど前の冬、娘のリルマーヤは通っていた貴族高等学校の卒業も春に控えたころ、流行り病にかかってしまった。
初めのうちはリルマーヤも意識があり軽く考えていたが、高熱が3日も続くと心配になり水を飲むのもやっとという感じで、もう一度医者を呼ぼうと思っていた5日目の午後になってようやく熱が下がり始めた。
ほっとしたのもつかの間、次の日の朝、侍女からお嬢様が目を覚まさないと伝えられた。
様子を見に行ってみると、どうやら眠っているようだし、5日間も熱があったのだから少し様子を見てみようと、何かあったらすぐに連絡するよう妻に看病を任せて私は仕事で出かけた。
その日の昼過ぎに、妻からやっぱりまだリルマーヤが目を覚まさない、と早馬の連絡を受け、医者に連絡してから私もすぐに帰宅した。
医者によると、眠っているだけで、脈もしっかりしているし顔色もよくなってきているようだし、熱で体力を奪われた分を睡眠で取り戻しているのかもしれないので、もう少し寝かせてあげましょう、ということだった。
しかし医者は帰るときに私にだけこう言った。
「こんなことは初めてです。
資料を探してみますが、今後どうなるのか私にもわかりません。」
その言葉に私はぞっとしたよ。
背筋が凍るような感覚はこういうものかと顔をこわばらせたが、医者が私にだけ耳打ちしたのは、妻たちにはまだ隠しておいた方がいいことだからと思い、その時はやり過ごした。
結局次の日も、その次の日もリルマーヤは目が覚めず、3日目にまた医者を呼んだ。
しかし、医者もお手上げ状態で、ただ目を覚ますのを待つしかない状態だった。
私は、気になっていたことを医者に聞いた。
リルマーヤは眠ってから何も口にしていない。
その状態で生きていられるのか?
医者が言うには、体内に魔石からの魔力があるうちは大丈夫だが、魔力がなくなり始めるとよくない状態だと言った。
飲まず食わずの状態でいれば、体内に魔力があるのは最低半月だという。
体に何か異常があればすぐに連絡してくれと医者は言い残して、その日は帰った。
その後、リルマーヤが眠りについてから16日目の朝にそれは起こったのだ。
侍女が大声を出していたのでリルマーヤの部屋へ急いで行くと、きれいな栗色の髪が一夜にして真っ白に変わっていた。
これが、医者が言っていた前兆だと思い、すぐに医者を呼んだ。
医者が言うには、魔力がつきかけているので、髪に与える栄養分を生命維持に使い始めたのだろうということだった。
とにかく目を覚まさせることが大事だと言われ、昼夜を問わず交代で、リルマーヤの体をさすったり耳元で囁いたりと、刺激を与え続けた。
そのかいもあってか、リルマーヤはそれから2日後に目を開けた。
目を覚ました時は、本当に嬉しくて、神という存在があるのならそれを信じ感謝するだろうと思ったよ。
しかし、目を覚ましてもまだ手放しでは喜べなかった。
記憶が混乱しているのか、わからないことを口走っているし、私たちのこともわからないようだった。
そして、1日で1時間も起きているだろうかというほど、まだまだ眠いようだった。
1週間くらいは気が気ではなくて、いつまた深い眠りに陥ってしまうだろうかと心配でしょうがなかったよ。
そのうち、眠っている時間が多くても必ず目を覚ますんだとわかって、やっと落ち着くことができた。
記憶もだんだん取り戻してきたのか、私たちのこともわかるようになってきて、言葉も片言だったけど話し始めて、医者からもあとは体力をつけていけば大丈夫だろうと言葉をもらえた。
とはいえ、2カ月くらいは寝ている方が長くて、冬が過ぎ花が咲き始め、木々の葉が茂り始めた頃にやっと、寝ているより起きている方が長い生活になった。
リルマーヤがそんな状態の間に、学校は卒業式を終えた。
残り少なかった学園生活は休学し、卒業は本人不在で何とかさせてもらえた。
リルマーヤには当時婚約者がいたが、病気を理由に白紙に戻すことをお願いした。
相手の家は、そういう理由ならとすぐに婚約の解消は承諾された。
貴族社会は狭いもので、学校を休学、婚約も病気のため解消、ということはすぐに知れ渡ることとなった。
そうなると、いろんな噂が立ち始める。
つまらない日常に刺激を与えようと、あることないことを言われるのだ。
気候が良くなるころには、リルマーヤも床上げをし、時々庭にも出るようになっていた。
そうすると、家に出入りする商人や郵便の配達人などから、家の中の様子を聞こうとする輩も出始めた。
人の口には戸が立てられない。
リルマーヤの容姿から、奇病だとか、別人がいたとか、こちらが考え付かないようなことを面白おかしく言われたよ。
私に隠し子がいたのか、と言われたときは、もう笑うしかなかったね。
人の想像力というものは逞しいよ。
妻も、出かけても娘のことを心配されるより興味津々で聞かれることにとても気持ちが落ち込んで、少し人間不信に陥ってしまった時もあったよ。
リルマーヤには、このまま家でゆっくり過ごして欲しいと思う反面、もう魔力もないだろう、そのことも考えなくてはいけないし、やっぱり結婚をして自分の家庭を持ってほしいと思うのは親心で。
しかし、そのころリルマーヤに来る縁談は、借金まみれだったり私と大して変わらない年齢の男だったり、とても幸せな結婚ができるとは思えないものばかりだった。
妻と相談し、リルマーヤに聞いてみると、自分を知らないところで生きてみたい、できるなら市井に行ってみたいという。
最初は私は反対したよ。
貴族であることだけが幸せとは限らないけれど、娘だけが遠くに行ってしまうようで、考えられなかった。
時間をかけてリルマーヤと話をして、長男とも、妻とも話をして、娘が一番望むことを叶えてあげようと思えたのだ。
「自分は市井に行ってみたいと言ったけれど、何もわからないのでお父様に結婚の話はお任せいたします。」
娘はそう言ってきた。
結婚の相手は私が決めていいと言われ、その時頭に思い浮かんだのが、君、コーリヒト君なんだ。
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