5. 顔合わせの日
行間の修正をしました。
「みんな、乗ったな。じゃあ行くぞ。
おい、馬車を出してくれ。」
今日は、コンヴィスカント子爵家との顔合わせの日。
親父殿から話をもらって二週間。
俺としてはまだまだ気持ちの整理がついていない状態なのに、今日という日がついにやってきてしまった。
フェルナンが、結婚が決まったのならその時にまとまったお休みをとることも決定なので、仕事を早めに進めておきましょう、なんて言うから毎日お仕事頑張りましたよ!
おかげで二週間なんてあっという間に過ぎてしまった気がする。
俺は昨日のうちに実家に戻ってきていて、子爵様の邸までは、親父殿と母上と三人一緒に馬車でこれから向かうところだ。
「コーリもとうとうお嫁さんをもらうのね。
こんなに大きく育ってくれて母はとてもうれしいわぁ。」
「母上、泣かないでくれよ。
早いだろう、今日はまだ顔合わせですよ。」
「泣いてなんていませんよ!
こっちは嫁を貰うほうですからね。
これからいざ、敵陣に乗り込むのです。
ひるんだら負けです!子爵様といえども、強気で行きましょう!」
「お、親父殿。母上は、今度は何の劇を観てきたんだい?
今回は以前に増して役者のような口ぶりだけど・・・。」
母上は観劇の趣味があり、ふた月ぐらいの間隔で街に来る劇団を楽しみにして観に行っている。
行くのはいいんだが、毎回演目に影響されて帰ってくるので、そのあと付き合わされるほうがたまらない。
俺がこそこそと親父殿に話しかけているのを、耳聡く聞きつけた母上が親父殿の代わりに話してくれた。
「あら、今回の劇は、王妃様と、彼女をお守りする近衛隊長のお話だったわ。
王妃様に向かってくる敵を、ばっさばっさとなぎ倒す近衛隊長のかっこよかったこと!
『姫様に向かってくる敵は、わたくしめが盾となりお守り致します!』
あんな台詞を言われてみたいわ~。
だから、今回は私を守ってちょうだいね!」
『だから』ってなんだよ~。
「ということは、母上が王妃様役ですか?」
「当り前じゃない。
今、この中で女性は私しかいないんだから、うふふ。」
親父殿は、多分毎日のように付き合わされているんだろう、『母は任せた』と言わんばかりの笑顔を俺に向けた後は、窓の外を見ていて話しに加わろうとしない・・・。
「では、王妃様らしくおとなしくしていないといけませんね!
母上、お願いしますよ。」
子爵様の邸までは、隣町だし、だいたい二時間くらいの道のりだ。
母上とのやり取りと、今日の顔合わせの予定を聞いていたら緊張する間もなく着いてしまった。
馬車から降りて、子爵邸を見上げる。
「ふぅー。」
俺は深呼吸をした。
親父殿について仕事の勉強をしていた時は、時々一緒に来ていたから、ちょっと懐かしい感じもする。
でも今日はなんとなく、母上ではないが敵陣に乗り込む感じ。
・・・いやいや、俺は守る人に会いに来たんだ。
敵じゃあないよな。
親父殿に付いて玄関に向かうと、執事のセバスさんが待っていてくれた。
セバスさんの案内で玄関の中に入ると、エントランスホールでコンヴィスカント子爵が出迎えてくれた。
「やぁ、よく来てくれたね。
この日を楽しみにしていたよ。」
子爵様と親父殿は簡単に挨拶を澄ます。
二人の付き合いはもう長いから、旧友に似た感じなのだろう。
子爵様が母上と挨拶を交わした後に、俺にも声をかけてくれた。
「コーリヒト君、この度の件は受けてくれてありがとう。
私はとてもうれしく思っているよ。」
「コンヴィスカント子爵様、お声をかけていただきありがとうございます。
今日はよろしくお願いします。」
「さあ、向こうに妻と娘も待っているから紹介しよう。」
あー、途端に緊張が一気に押し寄せてきたよ。
応接間に案内され、入るとそこには女性が二人待っていた。
一人は奥方様、以前もお会いしたことがあるから顔はわかる。
そしてもう一人、少し背の高い、肩までの真っ白な髪をした女性が立っていた。
『え、白い髪・・・。』
俺は混乱してしまった。
親父殿はたしか、ご令嬢は栗色の髪、と言っていた。
別人?
でも、子爵様には、ご長男のキースライノ様と今回の結婚に話があがったご長女の二人しか子供はいないと思う。
親父殿の顔を伺うと、少しびっくりしているような感じだ。
子爵様が話を始める。
「この度は、顔合わせに我が家までご足労いただき、ありがとう。
改めてまずはお互い紹介から始めよう。
私がコンヴィスカント子爵家の当主、グランハルトだ。
そして妻のアリアローナと、長女のリルマーヤだ。」
二人は、きれいなカーテシーで挨拶をしてくれた。
うーん、さすがは貴族だな。
奥方様は落ち着いた深緑色のドレス、リルマーヤ様は明るいオレンジ色のドレスだった。
二人で合わせて仕立ててあるのか、ドレスはシンプルだが同じようなところにレースが施されていて、年齢の違う彼女たちが着ても、どちらにもとても似合っていた。
色違いのおそろいの服装から、母親と娘の仲が良いのがわかる。
髪の色は親父殿から聞いていたのと全然違うが、やはりその女性がリルマーヤ様のようだった。
リルマーヤ様はうつむき加減で、表情があまりよくわからない。
「ランスロット・ヴォルグ准男爵です。
こちらは妻のレティベルと三男のコーリヒトです。」
母上もカーテシーで挨拶をする。
俺は少し頭を下げてから、三人を見る。
あ、リルマーヤ様と目が合った・・・そらされた。
照れているのか、それとも目も合わせたくないのか。
照れているだけだと思いたい・・・。
「ではお互い紹介も済んだところで、座って落ち着いてくれ。」
子爵の言葉で、俺たちはソファに座った。
すると、それが合図と言わんばかりに執事のセバスさんと侍女二人が入ってきて、さささっとお茶の用意をしてくれる。
いつもながらに手際のいい人たちだと感心してしまう。
あっという間にお茶とお菓子が添えられ、侍女たちは退出し、最後にドアのところに立ったセバスさんが一礼をしてドアを閉めた。
お茶を一口・・・緊張が少しほぐれた感じがした。
鼻から抜ける香りがいい。
このあたりの地域では、紅茶がよく飲まれている。
最近では流通も増えてきて、いろいろな紅茶の香りの違いを楽しむことができるようになってきた。
こんな時でなければもっと香りを楽しんでいたいところだが、今はそんなことは言っていられない。
「さて、今回の婚姻のことで話をする前に、ヴォルグ家の皆さんに伝えておきたいことがある。」
子爵が話を切り出した。
「まず、私たち家族は、この件に何度も相談し話し合って、皆納得してこの結論に達したということだ。
みんな、この婚姻を祝福しているし、嬉しく思っている。
そして、ヴォルグ家にはいろいろと思うところがあるだろうが、この件に関してとりあえずは承諾していただきお礼を言いたい。
ありがとう。」
子爵が頭を下げ、他の二人もお辞儀をした。
「本当はちゃんと説明してからお話を受けてもらうのが筋で、少し順番が逆になってしまったような感じだが、今回の件についてお話させていただく。」
そう言って、子爵の長い話が始まった。
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