42. ヒューイテッド・スノアール
今回のお話は、ヒューイテッド・スノアールという男性の視点になります。
やっぱりお話が長くなってしまいました。
最後までお読みいただけると嬉しいです。
フォージアグラン領・・・忘れられない人がいる。
彼女は今、どうしているのだろうか・・・。
三日間の演習を終えた私たちは、フィアンティという小さな町に戻るところだった。
私が所属するこの王都騎士団の、第五騎士団、第一部隊は、今年は北にあるフィンルーデン領の五つの町と、その南側にあるフォージアグラン領の三つの町で、秋の野営演習を行うこととなった。
この第一部隊は、バデリアール隊長と、副隊長のエルスローダーと私、そして二十名ほどの隊員で構成されている。
私は、一応伯爵という身分から副隊長になってはいるが、剣の腕っぷしは他の者と変わらないだろう。
もう一人の副隊長のエルスローダーは、侯爵という身分だが、武官を多く輩出している家柄の出身で、確かに剣の腕は皆も認める一人である。
侯爵ならもっといい就職先があるはずだが、四男なので全く気にされずに育ってきたという彼はあえて、この王都騎士団に入団したらしい。
王都騎士団の野営演習は、日ごろあまり人が入らないところの様子も見に行くことも兼ねている。
自然災害で崩れた箇所、危なそうなところなど、そういった見廻りも演習と一緒に行う。
それを持ち帰って町に補修を要請するのだ。
一つの町の滞在が一週間程度、今回は八つの町を廻るので、移動も合わせると三カ月近くの遠征になる。
演習を終えた私たちは、今日は町の宿屋を借りており、明日は休息日だ。
馬車で移動している隊員たちは役場へ行き、馬車を置いたら宿屋へ向かう。
公衆浴場も、夕方から貸し切りにしてもらってあるから、皆楽しみにしている。
隊長と副隊長の私たちはこの後、他の隊員たちとは別行動で、演習終了の報告と調査結果を町長宅で行うことになっていた。
「いつも思うが、演習の後のお茶っていうのは、人間らしい感覚を戻してくれるよな。」
隣を進むエルスローダーが嬉しそうに言ってきた。
「ああ、そうだな。
三日とはいえ、あんな野営では気持ちがすさんでいくよ。」
「まぁ実際に起こったら、こんなものでは済まされないと思うがな。」
だからこそ、この平和が続いて欲しいと願ってしまう。
町長宅に着き、町長と補佐の男性が出迎えてくれた。
応接間に通され歓談していると、髪の白い女性がお茶を持ってきてくれた。
隊長はソファに座っているが、私たち副隊長二人はその後ろに立って控えている。
彼女は、私たち用の足の高いテーブルにお茶を出してくれた。
「ありがとう。」
私はそう言って彼女の顔を見る。
「お口に合うと良いのですが。」
少し顔を上げて微笑む様子に、記憶の中にある顔と重なった。
『あっ』
考えるより先に言葉が出ていた。
「リル・・マーヤ嬢・・・?」
「え?」
私の顔を見た彼女の大きな目が瞬きされ、驚いた顔をしたが、見る間に顔つきが変わり、何かを思い出したようだった。
「ヒューイテッド様・・・」
私たちは、しばし見つめ合うような形になった。
ただ単に、驚きすぎて何もできなかっただけだったが。
「妻が何か、粗相を致しましたか!」
不審に思った町長が、立ち上がりすかさず言葉をかけてきた。
「いや、何でもない。」
私たちには背を向けているバデリアール隊長も、何かを感じたのか声をかけてきた。
「スノアール副隊長、話を進めてもよろしいか。」
「はい、申し訳ありません。」
「では町長、話を始めますよ。」
町長はこちらをにらみながら、一応座ったが納得がいっていない感じだった。
多分、お互いを名前で呼んだことが聞こえたのだろう。
リルマーヤ嬢は一礼して部屋を出て行った。
そのあとの私には、隊長たちが話していることが全く耳に入ってこなかった。
なぜ、彼女がここにいる?
なぜ、真っ白な髪をしている?
なぜ、この町の町長の妻になっている?
なぜ、平民にくだっている?
次から次へと疑問がわいてきて、頭の中で疑問が目まぐるしく回る・・・。
気が付くと、私は馬に乗っていた。
「おい、大丈夫か? 声をかけても『ああ』としか返事をしていなかったが。」
「ああ・・・ああ! 大丈夫だ。 すまない。」
エルスローダーが私を心配して声をかけてくれた。
「お前がそんな風になるなんて、珍しいな。 というか、平民に知り合いがいたなんて、その方が驚きだ。」
「いや、彼女は・・・彼女は貴族、だった人だ。
私の・・・婚約者だった女性だ。」
「おい、何があった!」
宿屋に着き、エルスローダーの部屋に連れていかれた。
私は、相当思いつめた顔をしていたらしい。
辛抱強く私の言葉を待ってくれたエルスローダーに感謝をしつつ、私は思い起こされる過去を少しずつ言葉にしていった。
私が彼女に初めて会ったのは、私の伯爵家が主催する夜会だったと思う。
父親の知り合いを次々と紹介されて、少しつまらなくなってしまった私は、その場を抜け出して、ホールの人ごみの中へ歩いて行った。
その中に彼女がいた。
その時は、背の高い女性だな、としか思わなくて、でも時折見せる笑顔がかわいらしかった。
その後、夜会で見かけるうちに、彼女を目で追うようになっていた。
あの笑顔が私に向けられたら、どんなに嬉しいだろうか、そう思った。
厳しい父親だったが、何度もお願いをして、何とか婚約を成立してもらった。
婚約した後の私と彼女は、ほんの二、三回しか会っていなかったが、当時は彼女がまだ貴族学校に通っていたので、卒業してから会えばいいと思っていた。
そう思っていた矢先、彼女が病になったと連絡が入った。
ただの病ではなく、目を開ける様子がない、いつ意識が戻るかもわからない。
また、最悪のことも考えておかなくてはならないかもしれない、という。
私の両親は結構体裁を気にする人たちで、彼女の家からの婚約解消の申し出に、そういうことならと了承してしまい、私には事後報告だった。
あとから聞いた私は両親に反発したが、事が事だけに、待ったとしても必ず元気になるという保証はないと言われれば、もう何も言い返せなかった。
それから私は王都に出て、今に至るというわけだ。
「彼女の消息は聞かなかったのか?」
「遠く離れた王都まで噂は流れてこないし、私の両親も婚約を辞めた家のことは口にしないし。」
「お前も聞こうとはしなかったんだな。」
「そうだな、私はなぜ、聞かなかったんだろう・・・。」
なぜ、と問われれば、それは多分、彼女がもうこの世からいなくなってしまった、なんて絶対聞きたくなかったからだ。
生きていてもまだ眠ったまま、なんてことも嫌だ。
ましてや、目を開けたけれど心はここにない、なんて言われたら辛過ぎて私はどうすればいいのかわからなくなってしまう。
「私は・・・彼女から逃げたんだ。」
そうだ、何も聞きたくなくて、噂さえ届かないところへ逃げたのだ。
「・・・でも、その彼女は生きていた。
どういう立場であれ、彼女は笑っていた。」
「そうだ、どんなことが起きたのかは想像もつかないが、リルマーヤ嬢は生きていてくれた・・・。」
「明日は休息日だ。 彼女に会って来いよ。
あの旦那は会わせないと言いそうだが、そこは伯爵の力を使うんだな。
そして、ちゃんと気持ちに整理をつけて来い。」
「・・・考えてみる。」
「ああ、よく考えろ、そして納得のいく答えを見つければいい。」
「ありがとう。」
私はそう伝えて、部屋を出た。
どうしてこの男は、いつもはちゃらんぽらんなことしか言わないのに、こういう時は頼りになるんだろう。
私は覚悟を決めて、次の日の朝早くに、彼女への面会の申し出を伝えた。
そして、その申し出は受け入れられた。
◇◆◇
約束の時刻に町長宅へ行った。
使用人らしき男性に馬を預け、玄関の戸を叩いた。
先ほどの男性と同じくらいの女性が出てきて玄関ホールに入れてくれた。
ここで待つように伝えられる。
平民にしては大きい家だ、まあ、町長宅だからな。
生活に関しては、彼女は不自由していなさそうだ。
ホールに飾ってある額と桃色の一輪の花を見つける。
彼女が置いたのだろうか。
額には、彼女と町長の、照れた笑顔を描いた絵。
『こんな笑顔なのか・・・』
記憶から薄れてしまいそうな彼女の笑顔とは違って見えた。
その絵の二人からはこれからを生きて行こうとする希望があるように思えた。
町長と補佐の男性が出迎えてくれた。
「部屋は昨日の応接間をお使いください。
ドアを開けておきます。
当家には執事がおりませんので、このフェルナンディアスを入り口に立たせます。
御用があればお声をおかけください。
侍女もおりませんので、妻のリルマーヤがお茶を持ってきます。
お部屋でしばらくお待ちください。」
挨拶もそこそこに、事務的な説明を町長から受ける。
部屋の入口に立たせる男性は、言わば見張り役というところか。
町長は、この後用があって不在にするので、帰るときはお見送りはできないことを伝えられた。
思うに、自分の妻と他の男性が会う時に、家にはいたくないのだろう。
それは私も同感なので、気にしないことを伝えた。
応接間でしばらく待っていると、リルマーヤ嬢がお茶を持って現れた。
「失礼いたします。お待たせしてすみません。」
「いや、こちらこそ面会を受けてくれてありがとう。」
彼女は、慣れた手つきでお茶を出してくれた。
「向かいのソファに腰かけてよろしいですか。」
「ああ、そうしてくれ。」
お互い向かい合ってソファに座り、一口お茶を頂いた。
「君とこうやって話をするのは、初めてだな。」
「そうですね。家族と一緒の時しか会っていなかったですね。」
「もう、病気の方は大丈夫なのか?」
「はい、その病気についてはもう問題ありません。
その時は、ご心配をおかけしてすみませんでした。」
「いや、君が・・・元気ならそれでいいんだ。」
「ヒューイテッド様もお元気でしたか? 今は王都にいらっしゃるんですね。」
「ああ、私の方は変わりなく、ただ住む場所が変わっただけだ。」
聞きたいことは山ほどあるのに、なかなか言葉にできない。
「その、あの時の病気の後、君に何が起こったのか、聞いてもいいだろうか。」
「はい、私のこの髪も、私がここ市井にいることも、不思議に思いますよね。」
そう言って、リルマーヤ嬢は自身に起こったことを話してくれた。
話を聞けば、そうだったのかと思うだけだが、当時の彼女やご家族は大変だっただろう。
「そんな時に何も助けてやれなくて申し訳なかったな。」
「いえ、そんなことはありません。
変な噂が、スノアール伯爵様に及ばなかっただけでも、よかったと思っています。」
「噂はそんなにひどかったのか。」
「そうですね、家族も疲弊いたしましたし、私も家から出ることもできませんでしたから。」
「そうだったのか・・・よく乗り越えたね。」
「はい、家族の支えがなければ乗り越えられなかったと思います。
感謝してもしきれません。
でも、私も家族に甘えてばかりではいけないと思い、私を知らないところで一からやってみたいとお願いして、市井に来ました。
結局それも、私のわがままでしかないのですけど。」
箱入り娘かと思っていたが、なかなか逞しいところもあるんだな。
当時の彼女はまだ学生だったから、親の決めたことを聞いているという印象だったが、しっかり自分というものを持っているようだ。
彼女の身に起こったことが、彼女自身を変えたのかもしれない。
「君が元気だとわかってほっとしたよ。
王都に出てしまったので、実は君が現在どうしているかもわからなかったんだ。
ここで出会えて、本当によかった。」
「ご心配頂き、ありがとうございます。
こちらも何もご連絡していなくてすみませんでした。」
「では、そろそろ行くよ。 今日はありがとう。」
私が立ち上がると、彼女も立ち上がって、二人で部屋の出入り口まで歩く。
私はそこで立ち止まり、聞きたかったことを口にした。
「君は・・・幸せかい?」
「ここでの生活は前とは全く違いますが、私はここに来てよかったと思っています。
コーリヒト様も優しい夫です。
周りの皆さんもとても良くしてくれます。
私は、幸せです。」
彼女は迷うことなくそう言うと、優しい微笑みを見せた。
「それならいいんだ。
その言葉が聞けて良かったよ。」
私は握手をするために手を差し出した。
彼女もその手を取ってくれた。
その手は苦労をしている手だった。
町長宅を後にして、少し遠回りしながら宿屋へ向かう。
彼女はもう過去を振り返っていない。
前を向いて、一生懸命に生きている。
中途半端だった気持ちが形を成して、閉じられる。
私も前を向いて踏み出そう。
エルスローダーには、何かお礼をしなくちゃいけないな。
そんなことを考えながらゆっくり宿屋へ馬を歩かせた。
読んでくださり、ありがとうございます。
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