第八十八話 助っ人と、前準備
「! メナール、おはよう」
「おはようございますっ!!」
「『……?』」
思わずツークと顔を見合わせる。
ハキハキとしているのは誠実なメナールらしいが……それにしても、いつにも増して元気だな?
『なぁーんか張り切ってやすね?』
「依頼か?」
「はいっ!! その前に、ぜひリシトさんに見ていただきたく!!」
「『……??』」
な、なんだ……?
「もーメナールさん、ウキウキしすぎ……」
「わっはっは! 気がはやるとはこのことであるか!」
「う、うるさいぞ」
遅れてアビーとハルガさんがやってくる。
「と、とりあえず入ったらどうだ?」
いつもの落ち着いた様子と違い、急に剣を振り回しそうな勢いのメナール。
広場にいるより食堂に入ってもらった方が何倍もいい。
ぞろぞろといつもの面子が食堂に揃うと、声に気付いたハンナさんも挨拶に来てくれた。
「──で? 見てもらいたいもの……って」
おなじみの席に腰を落ち着けてもらい、飲み物を提供。
少し落ち着いたメナールは、改めて息を吸い込んで発表した。
「こちらです……!!」
「!」
『そういやそうでした』
荷物の中から取り出したのは、見覚えのある折りたたまれた布。
それをメナールが誇らしげに広げると、とうとう俺の記憶の中の物と完全に一致する。
「エプロンか!」
「はい! なんとかハイケア祭に間に合いました!」
「…………、え?」
「?」
俺と同じエプロン。つまりはベルメラが用意してくれたんだろう。
それを広げたメナールは、またもや俺が知らないことを口走る。
「えっと、なんでハイケア祭?」
「え? その、リシトさんのお手伝いをと思いまして」
「まーたメナールさんが先走ってるパターン……」
「冷静なメナール殿も、リシト殿の前では形なしであるなぁ」
お手伝い……。
ハイケア祭の!?
『まさか、祭りの手伝いまでやるとは思ってやせんでしたねぃ』
「いやいやいや! メナールはほら、剣術大会出るし!」
「そっ、それは最終日ですし……!」
「Aランク冒険者の手を煩わせるのも……」
「わ、私とて祭りは気になりますし……!」
「なんです、コレ?」
「メナール殿、こういう時は押しが強いのであるなぁ」
事情があるとはいえ、領主さまの部屋で剣術大会出場の話が出た時は微妙な感じだったのに……。
祭りの手伝いは、まるで最初から決まっていたかのように乗り気だ。
「そっ、それにほら! 店先に立っていたら、騎士団の者と顔を合わせる機会だって……」
「剣術大会に出るのであれば、今さらではありませんか」
「た、たしかに!?」
なんだかメナール、村で会ったばかりの頃と変わってないか?
我が強くなったというか、吹っ切れているというか。
「ともかく。お邪魔でなければ……お手伝い、させていただけませんか?」
「うっ」
キラキラと輝く瞳がまぶしい。
純粋なそれを無下にできるほど、俺の方に断る理由はない。
どちらかといえばメナールを知っている客が「なんでここに!?」と驚くくらいだろう。
あるいはギルド職員に、「Aランクに何をさせてるんだ」と咎められるくらいか?
「え、え~っと……」
『アニキへのリスペクト、しかと受け取ってやってくだせぇ!』
なぜかツークまで乗り気だ。
「……じゃ、じゃぁ。お願い……できるか?」
「っ! も、もちろんです!!!!」
パァッと明るくなった表情は、とても「あの青い瞳に見下されたーい!」と女性たちから言われるメナールとは思えない。
そんなに料理、好きになったんだろうか。
「と、とりあえずだな。現状──」
俺は今のところ決まっていることと、残された課題について三人に説明した。
「野菜ですか。ふむ」
「カベラ……酒に合いそうである!」
「もー、今お酒関係ないですって」
「……ん? お酒……」
『どうしやした? アニキ』
そういえば、グレッグさんから食堂を引き継いで最初に三人に作ったのは、たしか……。
「ワインビネガーのマリネ……!」
『なるほどですねぃッ』
「いいと思います! チーズの塩気とも、ハーブとも合うとおっしゃっていましたし」
魚醤の塩気、それからコーディアルの持つハーブの香り。
どちらとも合うなら、いけるか?
「ワインビネガーの香りは独特ですし、苦手な方用に通常のサラダとマリネ、どちらかを選べるようにしたらどうでしょう?」
「そうだな。そうしよう!」
ルーエ村の野菜、さらにはワインビネガー……領の特産品を用いるという点でも、祭りのコンセプトにぴったりだな。
「よしっ」
そうと決まれば、次にやることはセレと相談して材料の確保だ!
◇◆◇
それからの数日間はあっという間だった。
報告も兼ねハンナさんに同行してもらいグレッグさんのもとも訪ねたが、そこで「ウェル草は使わないのか?」と言ってもらったので、せっかくならとコーディアルも自作することに。
セレに諸々必要な材料を伝えると、村のもの、ハイケア産のもの問わずすぐに手配してくれた。
彼女が【収納】持ちでなければかなり時間が掛かっただろう。感謝だ。
野菜はいつも食堂まで来てくれる村の皆さんに事情を話して、こつこつ多めに買わせてもらい、都度ツークに収納してもらった。
祭りに参加する他の者たちは、万が一その日の在庫が切れたら店仕舞いするそうだが、【収納】があるおかげで時間いっぱいまで提供できる。
多めに材料を仕入れることができるのは、ツークがいてくれるからこそだ。
そして今日は祭りの三日前。
食堂の営業後、緊張と楽しみな気持ちが押し寄せる中コーディアルを作ることに。
「まぁまぁだな」
『ちっこいですが、煮込めばいい感じですかねぃ?』
宿の裏庭に植えたウェル草。
手で測れるほどの大きさではあるものの、幾分か成長した剣のような葉、それから鞘のような茎を採取。
葉は無臭で根に近づくほど香るウェル草だが、さすがにすり潰したり煮だせば葉からもわずかながら香りが抽出できる。
「こんなもんかな」
黙々と採取して必要な量を確保。
【鑑定】で見ると魔素も十分だ。
興味本位で手の匂いを確認すると、やはりというかウェル草の爽やかな香りがした。
「ふぅ」
『お疲れッス、アニキ!』
手の甲で汗をぬぐおうとすれば、ツークがささっとタオルを出してくれた。
いい助手である。
「そろそろ暑くなってきたなぁ」
『ですねぃ~』
食堂に戻ると手を洗い、真っ先に飲み物を用意した。
「ふ~」
『ふぃ~』
一旦椅子に座って一息つく。
お酒でもないのに、思わず「ぷはぁ」と言いたくなるほどゴクゴクと飲み干す俺とツーク。
しばらくボーっとして暑さで疲れた体を癒していると、ハンナさんがやってきた。
「──おや、もう終わったのかい?」
「はい。摘み終わりました」
『ムンッ』
籠に集められたウェル草をパッと出すと、ツークはしたり顔になる。
「うんうん、十分だよ」
「じゃあ、お願いします!」
「はいよ」
コーディアルの作り方はハンナさんに教わることに。
その製法は俺の故郷で造られるものと大差はないと思うが、俺自身一から作ったことがない。
なんとなく想像はつくものの、最初はやはり教わるのがベストだろう。
さっそく三人でキッチンに移動する。
「そんなに難しいことはないんだけどねぇ。じゃぁ、見とくんだよ?」
「はい」
『ウイッス!』
俺はハンナさんが慣れた手付きで行う工程を、脳内にメモするかのように自分の中で反復する。
「ドライハーブだともっと少なくていいからね。これは採ってそのままだから軽く洗って──」
軽く洗って土や汚れを落とし、水気を切っておく。
鍋に水を入れ沸かし、沸騰したらウェル草を投入!
「ふむ、やっぱり煮出すのか」
『ホー』
ハーブを水に浸けておくより、温かいハーブティーにした方が香りをすぐに楽しめる。
同じ原理だろうか。
「少し蒸らしておくよ」
煮込んだら、鍋に蓋をして煮込んだ時間より長めに蒸らしておく。
「その間にライムを切っておいて……」
蒸らしている間に今回ウェル草のお供であるライムを薄くスライスして……と思ったが、半分に切るに留める。
「一緒に入れるなら、薄く切った方がいいと思うんだが……」
「すぐに使い切るならいいんだけどねぇ。ほら、ずっと入れとくと傷んじゃうじゃないか。だから果汁を絞るのさ。それに料理に使うんだったら、なおさら何も入ってない方が使いやすいだろうし」
「なるほど……」
たしかにハルガさんに譲り受けたものは、一緒に浸けた果実の水分が溶け出していて、どちらかといえばお酒を割るために使っていたと思われる。
俺みたいに料理で使うなら、中身がない方がありがたい。
「んで、ハーブを取り出して」
『お、おお……』
蓋を開けた瞬間にむわっと生じた湯気は、まさしくウェル草のいい香りを抽出したものとなっていた。
蒸らしたらウェル草を取り出して、今度はハチミツを加えて煮詰める。
「ここにライムを絞って混ぜたら──」
冷まして瓶に詰め、氷室で保存! 完成だ。
見た目はウェル草の煮汁でやや緑がかったハチミツの色、って感じだ。
「どうだい? そんなに難しいことはないだろ?」
「そうですね。次は俺でもやれそうです」
「そりゃよかったよ。このウェル草、夕飯のスープにでも入れたらどうだい?」
「なるほど。そのまま使えるわけですね」
なら、ベリー系の果実やリンゴなんかを煮詰めたあとも、こうやって中身を食べることができるんだな……。ツークのためにも、王都ではあまり作ることのなかった甘いオヤツなんかも作ってみたいな。
教えてもらったのは一つの製法だが、横道に逸れるというか……いろいろな可能性が次々に浮かんで面白い。
「心からの、……か」
「おや。誰かに聞いたのかい?」
「ええ」
きっと、村の人も同じなんだろう。
次はあれを試そう、どれにしよう。
甘いものが好きな者のために、果実を。
すっきりとした味わいが好きな者のために、ハーブを。
そんな風に誰かの顔を思い浮かべたり、季節の果物を思い浮かべたり。
なんというか、もてなしたいという心が想像を広げるんだろうな。
「ハイケア祭、どんな人がやってくるんだろうか」
冒険者が多いんだろうか。
家族連れ、それとも国外の者?
そんな想像を膨らませつつ、明日は具材の下準備をしておこう。
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