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第八十六話 自分の領域


 俺は慌てて席を立って、来訪者を出迎えた。

 拠点『翼』にて朝食作りを共にし、拠点『尾』にて回復術師(ヒーラー)の元で別れたマーカスさん。

 あの後傷の具合はどうだったか気になってはいたんだが……まさか言っていた通り、本当に来てくれるとは。


「先日は世話になりました」

「いえ……! 体の具合はどうです?」

「すぐに処置してもらえたからな、もうすっかり元通りで」


 負傷した脇腹辺りをポンポンと軽く叩く。

 マーカスさんと別れたのは二日前だが、回復術師(ヒーラー)の元に早めに連れていけたのがよかったんだろう。傷も癒えたようでなによりだ。


『(よかったですねぃ、アニキ)』

「(ああ、ほんとにな)」


 ツークは腕を組みながら頷いた。


「本当は礼に手土産でも用意できればよかったんだが……」

「そんな、気にしないでください」

「代わりといってはなんだが、これを」

「『?』」


 マーカスさんが側までやってくると、テーブルの上にじゃらりと音のする袋を置いた。


「これは……」

「シドファラヌ様に頼まれてな。先日の依頼料だと」

「ああ! 祭りのこと考えてたら、すっかり忘れてたな……」

『イエーイ!』


 音を聞く限り枚数はそれほど多くはなさそうだ。

 ということは、金貨が多いのだろう。

 さすがは領主さまからの依頼。そして前衛二人の討伐量。すごすぎる。


「……あれ?」


 たしか領主さまは、アドルに持たせるって言ってなかったか?


「? おれの隊を含め報告を聞いたシドファラヌ様が、気を利かせてくれたんだ。リシトさんのところに行くなら、報酬も一緒に持っていってくれって」

「なるほど……!」

「そういえば、頼まれた時にアドルファス様にものすごく睨まれた気がしたが……」

「『……』」


 元々領主さまに頼まれた時、「オレは何でも屋じゃない」と悪態をついていたアドル。

 あれか、やるのは面倒だが、ついでに食事ができるとでも思っていたんだろうか。


「とにかく、本当に世話になった。改めて、礼を言わせてくれ」

飛翔猿(トビザル)の討伐はメナールとアドルのおかげだからな。彼らに言ってやってくれ」

「もちろんそうするが、あの時の速度上昇効果の付与された朝食、従魔の転移による安心感、それからリシトさんの声掛け……おれは随分と助けられた。人を助けるというのは、なにも直接的なことだけじゃないさ」

『ウンウン』


 なぜかマーカスさんと一緒になって深く頷くツーク。

 自分も助けた側なんじゃないか……?


「正直なところ、今回のことで上からお叱りを受けてな」

「え?」


 一瞬、アドルなら言いかねないとは思ったが、言い方からして別人のようだ。

 命あって良かった。

 それが普通の感覚ではあるが……お叱りとは?


「リシトさんは……っと、座ってもいいか?」

「もちろんだ」

「失礼。……リシトさんは、ルーエ城で騎士団の者たちを見たと思うんだが」

「ああ」

「アドルファス様に対する視線、どう感じた?」

「どう? ……って」

『ウーン』


 自分たちの長の弟に対する視線にしては冷たすぎる。いや、興味がない、と言った方が正しいか?

 そんな風に思えた。

 理由の一端は本人から教えてもらったが……。


「その、マーカスさんに言っていいのか分からないが……冷たかった、かな」

『ッスねぇ』

「うん、そうだよな。その感覚は正しい。何故かってのは、アドルファス様に聞いているか?」

「大体は」

「その粗暴な言動もあるが、お生まれのことも相まって……な。だが、外を見回っている兵士の中には、城にいる者とは違う印象を抱いている者も居たんじゃないか?」

「外? うーん」


 思い当たるのは拠点『翼』で鉢合わせた者たち。

 たしかにアドルの存在を気にしていないかのような城の者とはちがい、冷たくはあったが少なくとも『興味が無い』というような眼差しではなかったか。

 どちらかといえば、アドルの気迫に怯えていたな。


「イドリア家に直接仕えているか、王国騎士団として派兵されているかの違いなんだ」

「なるほどな……」


 ふとツークを見ると難しい顔をしながらも、頭上に疑問符を浮かべているかのようだ。


「生まれや育ちから、この土地を守りたいと願う心は圧倒的にイドリア家に直接仕える者の方が大きい。おれもそうだ。だから共にこの土地を守ろうとする……例えば冒険者のような存在も、おれ個人としては歓迎だ。……だが、全員がそう思うとは限らない」

「……それは?」

「リシトさんにはないか? 自分の領域を冒されたような感覚」

「自分の、領域」


 俺でいうと、冒険者パーティの中の付与術師という席だろうか。

 であれば……そうだな。

 そもそも付与術師という補助魔法一本でやっていく者は少ないから、冒されるという感覚はなかったが。しかし、仮に身近にそういう者がいたとしたら、もっと焦燥感を抱いていたのかもしれない。


「たとえ同じ目的、同じ想いの元に集っていたとしても、『自分の方が想っているのに』と他者の活躍を許すことができない……そんな感覚を抱く者も多い。まぁ、いろんな地域から人が集まる王都はまた違うのかもしれないが……。ともかく、表向きご迷惑をお掛けすることはないと信じたいが、今回おれが外から来た冒険者に救われたというのを快く思われない方もいてな。まして、魔法剣は騎士団の中でも有名だ。……さらには身内でありながら不吉の象徴とも言われるアドルファス様が、今回滅多にしない進言をした……。一部の者から、風当たりが強くなることもあるかもしれない」


 進言……あれか、拠点『尾』で言っていた一時的な隊の再編のことだな。


「でも……助けられた側にとって、相手が誰であろうと関係ない。村人だって、冒険者を歓迎しない者はいないだろう」

「村の者たちにはよくしてもらっているよ」

「だろう? だから、もしかしたらこの先、特にアドルファス様と懇意にしているリシトさんを悪く言う者もいるかもしれないが……少なくとも、おれは感謝している。そのことはハッキリと伝えておきたくてな」

「……」


 村のギルドと騎士団の、うまく連携のとれた仕組みを聞いた時には思いもよらなかったが……。確かに、ずっとこの土地のためだけに献身してきた者が、ふらっとやってきた外部の冒険者に手柄を奪われたと思う気持ちも分からなくはない。

 守りたいという気持ちが強ければ強いほど、なおさら。


 だからこそ対立を深めないようにある仕組みとも言える、か。


「……っと、すまない。暗い話をするために来たわけじゃないんだが……。どうしても、周りに人がいると話せないこともあってな」

「いや、実情を教えてくれて助かるよ」

『……ムムッ』


 ツークはなにやら一人、話に付いていけていない様子だ。


「話題を変えよう。リシトさんは、なにか村で困りごとはないか? おれにできることがあれば、力になりたいんだが」

「困りごと? そうだな……」


 ハンナさんたちにはよくしてもらっているし、今のところマーカスさんが懸念するようなことはない。

 考え事をしながら視線を落とすと、空の皿が眼に入った。


「……あ」

「ん?」

「料理に意見、もらえるか?」




書籍一巻発売まで一か月をきりました……!

なるべく更新頻度を上げて、盛り上げて参ります!


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