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第八十話 ファディスの頼まれ事【ファディス視点】


「へぇ~! 圧巻だなぁ」


 ルーエ村の西北部。

 村の中でも特に穀物が多く植えられる場所。

 広大な畑の中には倉庫や作業場が点在していて、まるで家のように大きな倉庫も建っていた。

 その内の一つに招かれ、目の前の光景に思わず唸った。


「これ全部、ワインになんのか?」

「いいえ。ずぅっと放っておくと、風味の強いワインビネガーになるのよ」

「ほー」

「お酒にするなら、途中で果物の蒸留酒を混ぜるの」

「ルルサハンには無い造り方だぜ」


 丸い、満月のような形をした瓶が所狭しと並ぶ。

 黒とも紅ともいえる色をした液体が、陽の光を浴びて彩度を増す。


 大人一人が腕に抱えればそれだけで手が一杯になる大きさの瓶。

 この瓶を抱えて往復している老齢の女性を見かけたもんで、手伝ったところ招かれたわけだが……。


「ワインってのは、冷暗所が相場だと思ってたよ」

「ふふ。人の好奇心が新しい物を創ることもあれば、偶然がもたらすこともあるの。これはね、かなり昔のことだけど。突然起こった魔物災厄(スタンピード)に対応できずに放っておかれたワインが、陽の光を浴びて複雑ながらも甘みを増したことから造られるようになったのよ」

魔物災厄(スタンピード)が……」


 故郷の帝国でも、小規模ながら遭遇した災い。

 もちろんベレゼン王国ほど魔素の豊富な土地なら、その被害は比べ物にならない。

 一般的な見解としては、魔素の濃度に魔物の持つ魔石が耐えられず凶暴化するとされていた。


「──と言っても、もうこの製法で作る家も減ったわねぇ」

「そうか。そりゃぁ……さみしいな」

「うふふ。そうねぇ」


 平和な世が続けば、生産性ってのもあがる。

 消費が進めばより効率化を求め、こうして手の掛かる製法ってのも減ってくるんだろう。

 まして、冒険者のように定住化しない者も増えた。

 ……時代ってやつなのかね。


「まあ、なんだ。ばあちゃん、ウチも手伝えることあんならやるし。ウチ以外にも冒険者はいるし、無理すんなよ」

「ええ、ええ。ありがとね」

「とりあえず今は暇だし、これ運べばいいか?」

「あらぁ、依頼は出してないんだけれど……」

「いーよ。ついでついで」


 一つ畑を越えた先にある作業場から運んできていた瓶。

 指示に従って残り十個を運び終えた。


「助かったわ、ありがとねぇ」

「スキル使うまでもねぇ、楽勝だぜ」


 右腕に力を込めて見せてやると、「すごいわね」と褒めてくれた。

 悪い気はしない。


「んじゃ、ウチはこれで──」

「あ! ちょっと待ってくれる?」

「ん?」


 村の散策を再開しようとすると、慌てて呼び止められた。


「よかったら、お礼にワインおすそ分けするわ」

「! マジかよ、いいのか?」

「ええ、ええ。もちろんよ」

「ヒュー! ラッキーだぜ」


 ハルガと協力して村の酒情報を集めようと散策していたってのに、何ともツイてる。


「あっちの作業場に幾つかワインボトルがあるの」

「……もしかして、休憩中に飲むのか?」

「さあ、どうかしら? うふふ」

「やるなあ」


 ウチの倍以上は確実に生きてるってのに、随分元気なのは……自分なりの人生の楽しみ方ってのを分かってるからなのかねぇ。


「ウチも人のことは言えねぇが、ほどほどにな~」

「ええ、ええ。もちろんよ」


 笑いながら言う彼女の後を大人しく着いて行く。

 右を見ても、左を見ても穂先の垂れた穀物畑。収穫間近だ。

 ブドウ畑自体はもう少し傾斜のある丘の方にあるらしい。広くて天日干しのしやすいここまで運んでくるそうだが、一人でやっているんだろうか。


「……ばあちゃん、一人か?」

「今はそうねぇ」

「そうか」


 『今は』ってのは、色んな意味が考えられる。

 旦那が先に逝ってしまったのか。

 あるいは子供たちが村を出て一人なのか。

 もしくは親兄弟と住んでいて、今は一人なのか。


「熟成を待つのはね。大切な人を見守る時間に似ているの」

「……」


 大切な人を見守る、か。……子供が、村を出て行ったんだろう。


「手間暇かけて面倒を見て、時には思いもよらないことになって。でも、素晴らしいものになるに違いないって、どこか信じていられるの。根拠はないんだけれど」

「大事なもんなら、それが根拠だろ」

「うふふ、そうなのかしら。ひとしきり世話をしたと思ったら、自分の手を離れて勝手に大きくなっていく……嬉しいのに、どこか寂しいの」

「ばあちゃん……」

「……でも、だからこそ────飲むまでは、死ねないわよねぇ!」

「だな!」


 お酒のことなのか、子供のことなのか。

 とにかく、彼女の抱える寂しさはいつか必ず晴れるようで安心だ。


「はい、これ」

「サンキュー」


 ひんやりとした部屋に数本常備してあるワインボトル。

 陽で透かさずとも美しい宝石のような赤みを帯びていた。


「これ、いつも何と合わせて飲むんだ?」

「そうねぇ……チーズにパンに、果物の蜂蜜漬け?」

「ふーん? 万能だな」

「深い甘みと一緒に、独特の苦みもあるのよ」

「ありがたく頂くよ」

「はい、どうぞ」


 思いがけずもらったワイン。

 何だかハルガとの勝負で飲むにはもったいないような気がした。





次回土曜日更新予定です。



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