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第七十九話 ハルガの頼み事【ハルガ視点】


「ほう! コーディアル!」

「季節のハーブや果物なんかを蜂蜜に漬け込んだもんさ。酒で割ったり、水で割って飲むんだがね」


 農作業中の村人らにお酒の話を聞きまわっていると、一人の老齢の男性より家へと招待を受けた。冒険者であると明かしたのが功を奏したらしい。

 村の中心から離れ、畑へとすぐに行ける立地にある家は淡い茶色のレンガ造り。

 奥方と二人暮らしのようで、招かれた家に入ると家中に薬草や季節の野菜や果物を使った保存食が出迎えてくれた。


 その内の一つ。

 一際目を惹く液体の入った瓶が並ぶ棚について尋ねると、まさしく自分の興味を満たしてくれるものだった。


「吾輩は断然、酒で割って飲みたいであるなぁ」


 緑色の葉や白い花など、数種類の植物が漬け込まれた瓶を眺め、その香りや味を想像しながら言う。


「昔はわざわざシロップになんかしないで、そのまま酒になるよう造ってたさ。……時代かねぇ。酒の造り方ってのは、それこそ家系ごとに違ってさ。昔は手探りゆえにいろーんな造り方があったもんだがね。昨今は故郷を離れる者も増えて、製法も集落単位になってきたねぇ。シロップの方が汎用性が高いってんで、今はこっちのが主流だね」

「ほほう……時代であるか」

「ま、何事も良い側面もありゃぁ、わるい面もある。酒に限った話じゃないさ」


 優しい声で紡がれる言葉は、実際に時代の移り変わりを見てきた者の言葉だった。

 自分はよく知っている。

 特に魔物災厄(スタンピード)の時代を潜り抜けてきた者たちの言葉は、どこか似たようなものだった。


「ハルガさんの国は、こういうのは無いのかい?」

「あるにはあるのであろうが……。国の起源が都市国家ゆえ、ベレゼン王国ほどの地域色はないであろうなぁ」

「そうかい。……確かに、ベレゼンほどは広くないと聞きますからな」

「さよう」


 近くて遠い、そんな祖国を思い起こす。

 国に仕官し、英雄の姿に憧れ、友と出会い。いつか自分たちも憧れたあの姿になるのだと。そう誓い合った。


 魔物災厄(スタンピード)がもたらすものは決して明るくはない。

 だが、その中に人の力強さを垣間見ることも確かにあった。


「……時に、ご主人」

「? なんだい」


 人は困難に立ち向かう際、一際力を発揮し、手を取り合う。

 なら、困難が去れば────?


「もしご存知であれば教えて頂きたいのであるが……。竜骨山の山頂。騎士団の拠点で最も危険とされる『角』は、なにゆえ封鎖されているのであろうか?」

「『角』、ですかな?」


 人々は、どのように生きるのであろう。


「うーむ……なにせ、二十年前ですからねぇ。当時の領主さまがおっしゃったのは、魔物に拠点を破壊されたとかなんとか……。まあ、元より危険な場所でしょうから。ハルガさんの方がお詳しいのではありませんかね?」

「うむ……」


 やはり、同じ。

 王都、ハイケア、ルーエ村。

 どこで聞いても同じ答えが返ってくる。


 魔物災厄(スタンピード)の周期は一定とはいえないが、しかし猶予はある。

 その隙に人々は拠点を補強し、兵力を集め、次へと備えた。

 だが、魔物に破壊されて二十年。比較的平和とも言える今の時期に、その場所を放棄するにはあまりに不自然だ。他の拠点で現状防衛が間に合っているとはいえ、必ず理由があるはず。


 そして、それをルーエ地方の者が問題視していないというのも気掛かりだ。


「……なぜ、そのようなことを?」

「いや、なに! 吾輩は冒険者であるからな!」

「ふむ、それもそうですな。騎士団の皆さまにも、冒険者の方々にも。感謝してもしきれません」

「いやはや、恐れ入る」


 獄炎鳥とは本来シルファ側に生息する魔物。

 こちら側に来たのが、単なる偶然ならばいいのであるが……。


「どんな僅かな変化であろうと、警戒するに越したことはないのである。ご主人も、もし何かあればすぐに吾輩や騎士団の者に教えて欲しいのである!」

「そうさせてもらいますとも」


 自分は今や一介の冒険者。出来ることが限られている。

 得られる情報にすら限りがある。

 その中で必要な情報を精査し、対策を講じ、今度こそ守るべきものを守らねばならない。


「……」

「よければ、一本お持ちになりますかな?」

「! よいのであるか!?」


 一本の瓶を指差す。

 そこには柑橘系の果物がスライスされたものと、細長い緑色のハーブが漬け込まれていた。甘酸っぱいような薄い黄色みを帯びたシロップ。蜂蜜の濃厚な甘さとハーブの爽やかな香りがプラスされ、それをどんなお酒で割ろうかと考えるだけで心が躍る。


「比較的飲みやすいでしょうから、こちらを」

「感謝するである!」

「また村の依頼、受けてもらえればそれで」


 時間が増すごとに熟成され、いくつもの素材が融合し、新たな物へと変化する。

 その様はまるで時代の変質を表しているかのようだ。

 だが、人の思惑というものは必ずしも混ざり合うとは限らない。


「……」


 背中に鎮座する、相棒の盾(パーシウス)の重みを急激に感じた。

 まるで、自分の使命を忘れるなと。

 かつて祖国を守ると誓い合った友と鍛冶師に打ってもらった、誓いの象徴でもある盾がそう言っているかのように感じた。






次回火曜日更新予定です。



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