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第七話 いざゆかん、キッチン


『ふぃ~~~~!』

「お疲れ、ツーク」


 余所行(よそい)きモードで静かにしていたツークは、体が()り固まっていたらしい。

 部屋に入ると、すぐにテーブルの上をぐるぐると駆けまわった。


『しっかし、とんでもねぇタイミングでしたねぇ』

「そうだな。……まぁ、騎士団の砦がヨミの森や国境に近いってことは、この村にとっては何よりも優先すべきことだろうし。冒険者はよくもわるくも、流動的だからな」

『ッスねぇ』

「ハウスを借りている者たちが高ランクならなおさら。よその地域で危険度の高い依頼を回されることもあるだろうし」

『常に居てくれる存在ってのも、即戦力の流れ者も、どっちもありがたいッスよねぇ』

「他人事じゃないぞ、ツーク」

『タハー』


 まるで自分は関係のないように話すが、一応冒険者()の従魔だぞ。

 ……即戦力かは怪しいが。


「ひとまず諸々は明日にして、今日はゆっくりするか」

『んで、アニキ。今日は何を作りやす?』


 ツークは尻尾をピンッと立てながらゆらゆら横に揺らし始めた。

 ご飯のことだからだろう。やる気に満ち溢れている。


「そうだなぁ」


 ツークの【収納(クローク)】には何を入れていたか……。


 根ごと採取したウェル草。

 調味料は、ひと通り揃っていたな。

 足りなければハンナさんに言って宿のを借りればいい。

 野営用の調理器具……は、今日は使わなくて済みそうだ。


 うーん。


「あ」

『おっ』


 そういえば、この前の討伐で解体屋に分けてもらった火炎鳥(かえんどり)の肉があったな。

 羽根の一本一本に魔力が豊富に含まれていて、敵に対して炎を(まと)った姿で威嚇(いかく)する人くらいの大きさの鳥。


 羽根の下は意外とふつうの鳥の肉。

 それでも【鑑定】で見た感じ魔素が豊富だから、『風神の槍』のメンバーに食べてもらおうと買取金額を減らして分けてもらったんだよなぁ。


 ……いかん。

 どうも想い出とセットだと感傷的になるな。


「ツーク、火炎鳥の肉出してくれ」

『ワォ! ついにアレが食べられるんですねぃ!?』

「あとは……、タマネギ、ニンニク、ショウガに塩、胡椒。……小麦粉もあったか?」

『ありますぜぃ!』

「あとはウェル草。最近(えん)があるし、使っておくか」


 尻尾をちょちょいと操作して、ツークしか分かり得ない収納(クローク)内の情報を探っている。


『ぜぇんぶありやすぜ!』

「よし。荷物開けるのはあとにして、キッチンに行こうか」

『ヒュゥ!』


 ツークのテンションが最高潮に達した時に発動する、謎の小躍(こおど)り。

 シャカシャカと手を上下に振り、上半身を横に揺らす。

 謎かわいい。

 テーブルで披露(ひろう)し終えると、俺の肩に飛び乗ってきた。


『いざ、出陣――!!』


 まるで戦いへと赴くかのごとく、ツークはビシッと部屋の入口を指差した。



 ◆



「おや、早いねぇ」

「うちの相棒がお腹空かせてるもので」

『アニキもお腹空いてるくせにぃ!』


 (ひじ)で頬を小突いてくるツークを無視して、キッチン内に入らせてもらった。


「! かまどもあるのか」

「うちの主人ってば、なんでも手造りするもんだから」


 カウンターとは反対。

 壁際には大きな棚や作業台と共に、隅の方には小窓の側にかまどがあった。

 大きいとは言えないが、調理するには十分。

 どうやら宿の主人の手造りのようだ。


「王都だと、こういったところにも魔道具を使うのが流行ってるんだろうけどねぇ」

「たしかに……。でも、俺は野営が多いからこういった設備の方が使い慣れてます」


 生活魔法レベルのコンロやオーブンといった魔道具であれば、金に余裕がある者ならば揃えることも可能だ。

 だが、元になる魔石も希少で、魔道具自体職人技で造られたもの。

 収入の多い王都と、郊外の村が同じ設備を備えていることは少ないだろう。


「【炎よ】」


 ひとまず、魔力さえあれば誰でも使える生活魔法でコンロの(まき)に火を点けておこう。


 俺が火を起こせば、女将が換気のために小窓と、広場に面した縦長の扉を全部開放し、食堂は風通しのいいオープンテラス席のような姿に様変わりした。


『オォ、洒落(シャレ)てますねぇ!』


 その様子にツークもテンションが上がる。

 ちょっとだけステップを踏む姿がかわいい。


「それで、なにを作ってくれるんだい?」


 ハンナさんが腰に手を当て、カウンター越しにニコニコと笑顔で待ちわびている。

 まるでツークに作ってやる時の感覚に似ていて、ちょっと新鮮だ。

 最近は俺が飯を用意するのも当たり前になっていて、人間のこんな笑顔は久しぶりだもんな。


「つくね、ってやつですね」

「へぇ?」

「もっと東の方で食べられている料理だそうで」


 以前王都で胡椒を買った商人から、ウェル草の変わった食べ方を伝授してもらった。

 それによると、なんでもウェル草のしっかりとした茎を串に見立てて利用した料理らしい。

 ポーションだけでなく、香草としても優秀なウェル草は、臭み消しに一役買ってくれるそうな。

 実は初めて作るわけだが。


『じゅるり』

「ツークも手伝ってくれよな」


 商人の説明を一緒に聞いていたツークは、出来上がりを想像して想いを馳せている。


「そういや聞きそびれたけど、その従魔。ツークって名前なのかい?」

「あ、そういえば紹介がまだだった。クロークテイルのツーク。空間魔法が得意で、【収納(クローク)】持ちなんだ」

「はぁ~! 収納(クローク)持ちかい、うらやましいねぇ!」


 生活魔法レベルとはとても言えない、回復魔法同様に希少な空間魔法。

 その中でも物を出し入れする【収納(クローク)】と呼ばれる魔法は、空間魔法の適性がなければ使えない。

 適性のない者がそのほとんどで、スキルでその能力を持つ者が一般的だ。

 運送業を営む者もいる。

 ツークの場合は、恐らく代々空間魔法が使える種族なんだろう。

 魔獣は人とちょっとちがうらしい。


『オレっちをどうぞよろしくぅ! ッてな!』

「ハハ、ツークがよろしくってさ」

「おやおや。よろしく、ツーク」


 なんだか、こんなに和やかな環境で料理するのも久しぶりだ。

 こういう時、腕がなる。と言うのか。

 美味しいものを作ってやりたい。


「ずっと見ておきたいんだけどねぇ。宿の点検もしておかないと」

「出来たら呼びます」

「ありがと。キッチンのものはなんでも使っとくれ。んじゃ、楽しみに待ってるよ」


 食堂からハンナさんが出ていくのを見届け、早速調理に取り掛かる。


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