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第六十三話 山地の調査④


「……」

「……」


 野営用の絨毯を脇に、小さめのテーブルを二個。

 椅子は人数分あるので、二人で一つ使うように分かれて座る。


 必然的に俺とメナール、シグルドさんとアドルという風に組み分けられたが、若者二人の反応は全く同じものだった。


「「……?」」


 恐らく初めて見るそれに、二人して物珍しそうな表情をする。


「特に名前はないけど」

「スープにパンを浸して食べる感覚ですね、きっと」


 確かに近いものを感じる。

 パンに挟まずとも野菜を摂れるようにと考えた結果がこれだった。


「さすがリシトさん。発想が豊かですね」

「いやぁ、アハハ……」


 たまたまトマトペーストがあったから、上から掛けちゃえ! となっただけである。


「この前食わせてもらったやつか?」

「あれとはちょっと味付けが違うかな。こっちのトマトソースはピリ辛だよ」

「この前……?」


 アドルが言うのはパンをくり抜いた中に入ったシチューのことだ。

 メナールには振舞っていないので、何と言えばいいか……。


「ええと、野菜を煮込んだシチューで……」

「わりぃな、オレ()()の料理らしい」

「え、いや、あの……」

「そうですか。私はきっとあなた以上に振舞って頂いていると思いますがね」

「ふーん?」

「なにか?」

『アワワ……』


 頼むから食卓くらいは平和的でいてくれ……!


「なるほど、お二人は味の好みが似ているわけですか」

「「!?」」


 シグルドさんはと言えば、ポジティブに見当違いの方向へ物事を捉えている。

 ある意味精神的に強い人だ。大商人の家系であれば、そういう素質も必要なのかもしれない。


「た、食べようか……」

『う、ウイッス!』


 各々食事前の祈りを捧げる。

 俺もさっそく低めのテーブルに置かれたそいつに、ナイフとフォークを使って切り込みを入れる。


「おー」


 確実にうまいのは分かってはいるが、見た目でもそれを主張してくる。

 真っ赤なトマトソースは、チリとパプリカパウダーで更に深い赤へと彩られ。

 焼き色で茶色かったパンはそれらを上から浴びて頬を染めているかのようだ。


 ナイフで暴かれたグラスバイソンの肉は、いつもより薄く切って火を通したおかげで縮れるように波打ち、パンから垂れてくるソースをしっかりとキャッチする構造に。


 完璧だ。


 一口サイズに切ったそれを口へと迎え入れる準備。


「「──っ!!」」


 ……をしている間に、左手に座るメナールと右手に座るアドルからは声にならない反応を得られた。


「リシトさん、とっても美味しいです!」


 代わりにアドルよりも奥に座るシグルドさんから感嘆の声が聞こえた。


「それはよかった。……あ、忘れるところだった。一応、速度上昇の補助魔法も掛けてます。魔素のおかげかふつうに掛けるよりも長持ちするので」

「半信半疑ではありましたが、物体に掛けられるものなのですねぇ。付与術師のことは詳しくありませんが、食事でも取り入れることができるのでしたらとても有用に思えます」

『ドヤァ』


 さらに一つ驚きの声が挙がれば、なぜかツークが得意顔になる。


「ほら」

『イヤッフウウウウ』


 ツーク用に切り分けたものを別皿に移してやる。

 尻尾を器用に使えるとはいえ、乱雑に切り分けるとトマトソースが飛び散ると警戒しているようだ。


「じゃ」

『ゴクリ』


 二人同時に、パクッと口へと運ぶ。


「──んんっ!」

『ンメェエエエエ!!!!』


 うまい!!


 なんとなくの味の想像はできていたが、それ以上だ!


 深い赤が美しいトマトソースは、ニンニクが効いて見た目も香りも食欲を刺激する。

 口に含むと一瞬チリの辛みがピリッと口に広がるものの、トマトの持つ爽やかな酸味と甘み、パプリカパウダーの軽やかな酸味が後に続き、ただの辛いソースには成り下がらない。


 それらでしっとりと濡れたパンを嚙んでいくと、中の肉にもソースが絡んでいき、次第に肉汁とトマトソースが手を組んでいく。

 元が固めのパンを使ったため、むしろ水分を吸ってしんなりとしたパンは噛むにはちょうどよい固さになった。


「よしよし、成功だな」

『イエーイ!』


 ツークに催促される前に一口大のサイズに切り分け皿に移してやると、一瞬で小さな口の中に消えてゆく。

 お気に召したようで何よりだ。


「……うま」

「リシトさん、美味しいです!」

「それはよかったよ」


 食事前の雰囲気なんてすっかり忘れたかのように二人は料理に夢中になっていた。


 冒険者にとっての食事は色々な意味があるだろうけど、『気分転換』って意味でもいいものだな。



 ◆



『ふぃ~~~~』


 ぽこっと膨れたお腹をさすって、ツークはテーブルに寝そべって休憩中だ。


「今向かっているのは『翼』ですよね?」


 案内をシグルドさんに一任しているので、俺の持っている山地の情報はそう多くない。

 ツーク同様食後の休憩がてら、シグルドさんに色々と聞いてみる。


「えぇ」

「騎士団が見回る際の、休憩所のようなものですか?」

「そうですね、山地は広いですから。目印にもなりますし」

「どんなものか想像できないな」


 普通の山小屋ならあれだが、騎士団の哨戒部隊が使う『ちょっと立派な』山小屋らしいからな。

 見た目を想像するのが難しい。


「ちなみに折り返し地点の『尾』というのは、『難攻不落の古城』の意も持っていますよ」

「『えっ!?』」


 小屋……じゃなくて、城……なのか!?

 ツークも起き上がりはせずに、その場で顔だけこちらを向いて驚いた。


「それぞれ山地と並行するように建っているのですが、元は魔物災厄(スタンピード)による戦線を東に押し返すために作られた施設です。現在はそう多くの者が滞在するわけではありませんが、以前はそれこそ最前線だったようですよ」

「最前線か……なるほど」


 それなら山中の施設とはいえ、城のようなしっかりとした造りなのも納得だ。


「英雄ハルトゥール──メナールさんのおじい様も、もしかしたら利用されていたかもしれませんね」

「……」

「メナールのおじいさんは、ハルトゥールのことだったのか……!」


 その名はさすがに聞いたことがある。

 魔物災厄(スタンピード)において、英雄のように活躍した猛者は多くいる。

 それこそ名前の知れ渡る者から、名もなき英雄まで。


 俺は南方出身でこっちの情報には明るくないが、それでも名前だけは聞いたことがある。

 前回の魔物災厄(スタンピード)から四十年。

 俺が生まれた年を最後に、Aランク冒険者以外を指す『英雄』は生まれていないも同然だ。その中で最も名の知れ渡る『英雄』の一人。

 家名まで知らなかったが、……そうか。メナールが憧れるというのも納得だ。


「公国との架け橋……現在は立ち入り禁止ですが、山頂にある『角』を利用して隣国との連絡役も買って出てくれたようですよ」

「公国か……」

「ハルガは当時、祖父の姿を見て憧れたそうで。その縁もありこちらで知り合うことができました」

「!?」


 それはつまり、ハルガさんも英雄ってことでは……!?


「最も高い尾根のある山が国境にあたりますが、その姿は魔物災厄(スタンピード)の起こる地でなくとも畏怖の念を抱きますよね」


 シグルドさんに倣って、右手を見上げる。

 遠くに見えるその山頂は薄っすらと霧がかかっていて、全貌は分からない。

 ただ、大きな山の斜面が横に続いているので、まるで壁のように国を隔てているのだけは分かる。確かにその姿は雄大で、魔物災厄(スタンピード)のことがなくても、人々はどこか恐れを抱くに違いない。


 今俺たちが通っている道は、最も高い山の二つほど手前にある山の斜面を登っていて、間にある山を目指すようなルートになっている。


 同じ程の高さの山々が周辺に連なり、一帯を『ルーエ・シルファ山地』と呼んでいる。

 渓谷を超えた先にある国境の山。それ自体には何か別の名称があるんだろうか?


「山頂は年中霧がかかっているので、こちらの地方では『年に一度、魔物たちの集会が開かれる』という伝説もあるくらいです」

「魔物の集会……うわぁ」


 想像しただけで怖い。

 一体なにを話し合うというんだ。


魔物災厄(スタンピード)を子供にも分かりやすい形で伝え、山に入らないようにと言い聞かせるための言い伝えでしょうね」

「信じるのはガキぐらいだがな」

「アドルも子供の頃は信じていたんだろ?」

「……っ、まぁ」

「ふふ。実際は、山頂には『角』も築かれるくらいなので。魔物が集まったかどうかは定かではありません。一説には霧に映った人々の影が集会をしているように見えることから、英雄たちが後世のためにと広めたとも言われています。……しかし、山頂に限らず危険があるのは間違いないので秀逸な言い伝えだとは思います」

「なるほどなぁ」


 俺の生まれ育った地方にも言い伝えのようなものはあったが、昔の人が危険に近づかないようにと考えられた伝説もあるんだな。



更新遅くなりましたm(_ _)m

次回は木曜までに1話更新を目指します。

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