第六十二話 山地の調査③
『っしゃああああ!! いっちょやってやりやしょうぜぇ、アニキィ!!』
「飯の時だけ明らかにテンションが違うよな」
シグルドさんに昼食の合図を出されると、ツークは途端に元気になる。
メナールとアドルのおかげで森に対するビビりは発動しなかったものの、それでもどこかいつもの調子は出ていなかった。
さすがのツークも飯が喉を通らないだろうかと心配していたが……杞憂だったようだ。
「それにしても安全だな……」
夜ではなくとも、高い木々と青々とした葉のせいで陽は遮られる。
今は昼時で一番明るいが、それでも魔物たちにとっては人より優位に立てる場所だろう。
だが、ちょうど開けた場所を探して食事の用意をのんびりと初めても、何ら危険を感じない。
むしろ魔物の気配が近づいたと思ったら、慌てて離れていく。
それもこれも常に周囲に目を光らせる二人のおかげだ。頼もしすぎる。
「リシトさん、手伝いましょうか?」
「あ、いや。とりあえず見張っててくれたら助かるよ」
「はい。お任せください」
食堂のキッチンみたいに広いスペースで道具も充分にあればいいのだが、如何せん野営用の道具はコンパクトサイズ。
大がかりな料理をするつもりもないし、ササッと作ってしまおう。
「何を作るんですか?」
ツークに出してもらったイスとミニテーブルを設置しながら、シグルドさんは興味深そうに覗いてくる。
「一応、いくつか考えてはきたんですが……シグルドさんは苦手な物とかありますか?」
「いいえ、特に」
「それはよかった」
うーん。何を作るか事前に幾つか候補は絞ってきたが、昼は手早く簡単な物がいいと思うんだよな。
パンは村で多めに買っておいたし、問題ない。
主食は……肉屋で買ったグラスバイソンの肉を焼こうかな。
一番下のFランクの魔物で、ヘルバイソンと違って気性は全然荒くないから牧畜として村で飼育されている。一日中草を食べているらしい。
「あと一個くらい食材使いたいよな……」
『~♪』
戦闘中に掛けた補助魔法は、掛けた相手にもよるが料理に掛けられたものほど長くはもたない。
食材に含まれた豊富な魔素が原因なんだろうなとは思う。
だからなるべく食材は組み合わせたいんだが、手軽に増やすとなると……パンに肉と野菜を挟んでサンドにするか?
「なぁ、ツーク」
『ウイッス!』
「肉を焼いてパンに挟もうと思うんだが、なんの野菜を一緒に挟んだらいいと思う?」
『野菜ですかぃ? ……ムムッ。オレっち、アニキの料理ならなんでも美味しく頂けちゃうもんで……選択肢が多すぎるッスねぇ』
「確かに……」
聞く相手を間違えたかもしれない。
「シグルドさんはどう思います?」
「そうですねぇ……トマト?」
「うんうん、サッパリ系だよなぁ」
この前作ったワインビネガーのマリネをそのまま挟みたいくらいだ。
どうしても肉汁の濃厚な脂が口を満たすと考えると、サッパリしたものが食べたくなる。
酸味……。
「あ」
『ン?』
「そういや、アレがあったな」
氷室に残されていたトマト。
昨日買い物を終えて、しばらく離れるからと氷室の整理をしていた時に、ちょっと柔くなってやつをペーストにしたんだよな。
どっかのタイミングでトマトスープを作ろうと思っていた。
【収納】は入れた時の状態そのままに保管することができるが、ぷよっとしたのを生で食べるよりは、ペーストにして温める方がすぐ料理に使えるしいいかと考えた。
「……掛けてみるか?」
『何をですかい?』
「トマトペースト」
『!?』
「サンドに……ですか?」
きょとん、とした表情でシグルドさんに見られる。
『ユーモアのセンスが壊滅的』らしいシグルドさんにきょとん顔をされると、喜ぶべきか不安になるべきか判断に迷う。
「どうなるだろ」
「ふふ。初めての経験ですが、楽しみにしておきます」
『んじゃオレっち、フォークとナイフも用意しやす!』
「頼んだぞ」
野営用の薄い絨毯の上に調理器具や材料をツークに出してもらうと、俺は早速準備に取り掛かった。
「──おっさん」
「ん? どうした?」
火で鉄板を温めるために、支柱の骨組みをガチャガチャと組み立てているとアドルが声を掛けてきた。
「やる」
「……! 気が利くなぁ」
アドルが両手で差し出したのは、小枝の束だった。
「別に」
それだけ言うとさっさと行ってしまった。
魔物の気配だけじゃなくて、周りのことも見えているんだろうな。
ありがたい。
「【炎よ】」
戦闘で使うにはあまりにも頼りない炎を火種とし、草の生えていない場所で早速簡易コンロを作る。
その隙に絨毯の上に寝そべるまな板で、肉を気持ち薄目に切っておく。
ヘルバイソンよりは薄いピンク色だ。脂身はほとんどないように思う。
臭いはそんなにしない……かな。
「……うーん、スープと食べるってことなら、繊維状にした方がよかったか?」
一緒に煮込むわけではないので、味が染みわたることを考えればその方がいい気がした。
まぁ次回の教訓にしよう。
ひとまず形が崩れるくらい薄く切ることを優先した。
「下味付けとくか」
切り終えると塩胡椒を軽く振りかけ、もみ込むように肉を混ぜた。
そのまま熱せられた鉄板の上に持っていくと、一気に熱が広がる。
薄く切られた肉はいつもより容易に熱が通る。
踊るように縮こまるので、元の量より少なく見えた。
「味はしっかりめがいいよな」
もう一度、今度は塩だけを肉に振りかける。
そのまま焼け具合を見ながらひっくり返し、よく焼けた音が次第に収まってくるのを聞き届けるとお皿に移した。
「よーし、肉はオッケー」
そのまま小鍋に入ったトマトペーストを、鉄板の上に乗せる。
直火よりじっくり熱が通るので、ちょうどいい。
今のうちに味付けをすることにした。
「迷うな~」
『なにがですかい?』
一仕事終えたツークが肩に飛び乗ってくると、俺は意見を求めた。
「いや、トマトスープにするつもりだったからさ。肉と食べるなら、辛めがいいかな」
『そッスねぇ……。迷いやすねぇ……』
ニンニクとチリ、……あ、そうだ。パプリカパウダーも入れよう。
急いでニンニクを一かけら細かく切って投入。
スパイスも入れたら混ぜながらじっくり煮込んだ。
「あとは──」
固めのパンに横から切り込みを入れたら肉を詰め、中まで染みやすいように半分カット。
それを少し深みのある木皿に移して、上から熱々のトマトソースを掛ける。
「んーーーー」
ふわっとニンニクが香ったあとに、トマトの酸味とチリの辛さが顔を覗かせる。
これはきっと、美味しいやつだ。
「もう少し染みこませたら、完成!」
『イエエエェェイ!!』
名もないサンドのトマトソース掛け、できた!
次回は水or木曜日に更新致します。