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第五十七話 意外な関係

次は10/7(土)に更新します。


「『おー……』」


 なんとか着いた。

 それはもう、一触即発の雰囲気を何度もいなしながら、()()()()着いた。


 ルーエ城。俺のイメージする豪華な貴族の城とは違って、砦の役割も持つ城塞。

 村から続く道の先、なだらかな丘陵の上に建つ。

 俺とツークは相変わらずポカーンと口を開けて、首をぐるりと動かして全体像を見た。


 ハンナさんに聞いたところによると、下城という、入ってすぐの一画は主に騎士団のために働く人々の場所。

 今回は恐らく、騎士団の主要な施設である中城とやらに案内される……はず。多分。

 メナールならともかく、俺は直接貴族の指名なんて滅多に受けない。

 受けたとして、代理人とのやり取りがほとんどだ。

 辺境伯。侯爵と同等の地位の人。雲の上の存在。おまけに事前情報だと変な人っぽい。

 どう考えても、不安しかない。


「緊張してきた……」

『オレっちもですぜアニキィ……』


 俺とツークはお腹のあたりを押さえながら、互いに顔を見合わせる。


「んな大層なヤツじゃねぇぞ」

「おいおいおいおいッ!? なんてこと言うんだ!?」

「なるほど。自分に自信がない者ほどよく吠える、とはこのことですか」

「……あ?」

「メナールさん!?」


 目的地を前にしてもなお、この調子だ。

 実は二人とも、似たもの同士なんじゃないか? とはとても言える雰囲気じゃない。

 俺は何度も飛び出しかける言葉を飲み込んだ。


「い、行こう!」


 不安しかないものの、目の前の問題から目を逸らすには最適な理由。

 むしろ早く辺境伯に会わねば! という気持ちになるから不思議だ。

 いや、一番不思議なのは二人の仲なんだが。


「おっさん張り切ってんな」

「誰のせいだ、誰の」

『今日は正面からですかねぃ?』


 スタスタと歩き出したアドルに続く。

 前回ハンナさんと来た時は、左手──北側に回り込んだ先にある、従業員用の入り口から入った。

 今回はアドルが騎士団関係者だからだろうか。

 オレンジ色の外壁と続きになっている二つの大きな物見の塔。その間を橋のように繋ぐ大きなアーチの下が、どうやら入り口のようだ。


「……アドルファス様」

「客人だ。通るぞ」

「……どうぞ」


 正面で見張る二人の兵は、アドルを見るや否や特に質問を投げかけることもなく通した。その様子は上長への態度には見えない。どちらかと言えば、無関心に近い。


『……アドルファスさま?』

「アドルの名前は、アドルファスというんだな」

「べつに、どっちも同じだっての」

「……」


 アドルに続いて、一応二人の兵士に頭を下げながら正面入り口を潜る。


「メナール?」

「──あ、いえ」


 何やら考え込んでいた様子のメナール。あれか、騎士団のお膝元に来たから緊張しているんだなきっと。余計な中傷からは、俺が守ってやらないと……!


『おー、相変わらずですねぃ』


 ツークが俺の肩で背伸びをして、キョロキョロと見回す。

 それに倣って俺も外壁の内部を見渡す。

 前回同様、石畳の続く内部は時折庭のように緑や花が植えられていて、ここはまだ中心部ではないんだなと思わせる。


「あ、グランドマスター(城主)の像」


 三体の像は相変わらずピカピカに磨かれている。

 付近には作業中の人々や、北側の入り口から入ったであろう商人などが多く居た。

 アドルはそれらに気を取られることもなく、スタスタと先を行く。


「……?」


 後に続こうとするも、不意に人の視線が気になった。


『じょ、女性の視線が……イタイですねぃ……』

「あ、あぁ……」


 脇を見れば、給仕の女性だろうか。

 三人組がヒソヒソと俺を見て話す。

 俺の勝手な予想だが、なぜおっさんが両手にイケメンを? とでも思われている気がする。


「不可抗力だ……」

『ヨシヨシ』


 ツークも何となく察し、俺の頬を撫でてくれる。その優しさが染みるよ。


「リシトさん?」

「あ、いや。世の中、理不尽だよな」

「? そうですね?」


 まさか本人に言うわけにもいかないので、ぼかして告げたものの誇大解釈になってしまった。まぁ、いいか。


「おい、おっさん」

「今行くよ」


 振り向きながらこちらに声を掛けるアドルに返事をする。

 隣でムッとした雰囲気を感じ取ったが、気にしないことにした。



 ◆



「『おー……』」


 俺とツークはまたもや口を開けて唸った。


「間抜け面してんなよな」


 アドルに茶化されるものの、庶民の俺には馴染みのない廊下。

 驚くのも無理はないと声を大にして言いたい。


 下城と中城とを隔てる門に兵士が立っていたものの、またまた軽く言葉を交わしただけだった。

 不思議に思いつつ、騎士団の施設が集約されているという中城の内部に足を踏み入れると、その壮麗さに驚いた。


「外からだと、分からないものだな」


 豪華、というよりは美しい。

 外から見たこの城塞は無骨なイメージだったが、内装は一味違う。

 真っ白い壁が続く廊下の壁際には、剣や甲冑に混ざって大きな絵画や細工の凝った陶器も飾られている。

 天井は高く、そこには青や赤といった色で紋様が描かれていた。

 ツークとはまた違ったギャップというやつだろうか。

 領主さまは貴族なのだから当然と言えば当然なのだが、なんだか不思議な感じがした。


「もうちょいだ」

「……」


 あれからメナールは黙って後に続いている。

 さすがに騎士たちの前で言い合うのはな。メナールも分かっているのだろう。


 下城とは違い、道行く者は兵士や騎士団関係の文官などで、メナールとアドルを見ると目を見開いていた。

 驚きはすれど、さすがにここで面と向かってメナールに何かを言うやつはいないようだ。

 以前森で騎士団の者と出会ってしまったのは、相当運が悪かったと言える。


「──着いたぞ」

『ドキドキ』


 ひと際大きな扉の前に着いた。いよいよかと緊張感が駆け巡る。

 領主さまの私室はさらに奥の高城という区画にあるらしいので、ここは執務室や会議室のような場所だろう。意外と見張りの兵士はいない模様。それとも人払い中なのだろうか。


「──ちょっ」


 特にノックもせずに扉を開けるアドル。大胆が過ぎる。


「戻ったぞ」

「──ご苦労」

「『……わっ』」


 俺とツークはこれまた驚きのあまり口を開けた。


「?」

「やっ、あ、いえ……」


 アドルによって無遠慮に開けられた扉の先には、背の高い、美麗な男性がいた。

 片側に流した長い黒髪を一つに編んだ男。

 その人物は、ただ美しいだけではない。

 顔つきは穏やかながら、後ろ手に胸を張る姿は間違いなく高位の者の威厳。

 不思議そうに細められる黒い瞳は、どこかモリクさんを思い起こさせるほど逃げ場がないと錯覚させる。その人物を見ると、一瞬息が詰まった。


 見た目からは明らかに年下と分かるのだが、どこか余裕のある大人な態度。

 これが貴族なのかと気圧される感覚だ。


「どうぞ、中へ」


 優雅に長い指をピンッと揃えた左手で、俺たちを誘う。

 それだけで芸術品を見ているかのようだ。


『お、お邪魔しやす……』

「失礼します……」

「失礼致します」


 言われるままに中へと入る。

 所在無げな俺とツークの視線が、部屋のあちこちに散らばった。

 そのおかげというのも変な話だが、入った時にかすかにふわりと漂った香りが、執務用の机の上に置かれた白い花から発せられたのだと悟る。


「……?」


 ふと別の気配を感じて横を見ると、右手で向かい合うように設置された、明らかに高そうなソファにもう一人居ることに気付く。


「おい、シド。早く説明しろよ」

「『(ちょーーッッ!!??)』」


 俺とツークからは声にならない叫びが発せられた。

 メナールも、さすがに本人を前に同じ態度を取るとは思っていなかったのか、驚きのあまり肩が跳ねる。


「ハハハ。アドル、そもそも君が話を聞かずに行くからだろう?」

『(…………親し気、ですねぃ?)』

「(……だな?)」


 シド、と呼ばれた領主さまは、怒るどころかむしろ楽しげだ。


「ようこそ、メナール殿にリシト殿。私はシドファラヌ・フォン・イドリア。ルーエ領の領主をしております」

「あ、どっ、どうも。リシト・フェルスです」

「お初にお目に掛かります。メナール・アイレです」


 慌てて名乗って頭を下げると、領主さまは人の良さそうな穏やかな笑顔で迎え入れてくれた。


「突然の招集、すまないね。どうぞ気を楽に」


 俺とメナールの緊張した面持ちに困ったように笑う領主さま。

 今のところ変な人、……という印象は結びつかない。

 と、油断しているとアドルがまたまた無礼なことを言い出した。


「用がねぇならオレはもう部屋に戻るぞ」

「君にも関係のあることだから、もう少し待っていなさい」


 アドルを嗜める領主さま。まるで親と子を見ているかのようだ。


「弟がすまないね。リシト殿、先日はアドルが世話になりました」

「「…………え?」」『ピャッ!?』


 俺とメナールは耳を疑った。


「アドルファス・イドリア。正真正銘、私の可愛い弟だよ」

「けっ、気色わりぃ」


 悪態にもまったく動じない領主さまは、何でもないことのように衝撃の事実を告げた。



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