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第五十六話 その頃交易都市では・了 【セレ・ベルメラ視点】


 俯きながら出ていくベルメラを、横目で見送った。


「──はぁ。……誰もがあんたみたいに、真正面から受け止められるほど強くはないんだよ」


 大げさにため息を吐けば、ファディスは心底不思議な顔をして言う。


「んだよ、ウチが悪いってか? けど、貴族社会にうんざりしたっぽい姫さんに必要なのは、上辺だけの関係じゃねぇだろ?」

「それはそうだけどねぇ。あんたはいつも、性急すぎるよ」


 それは間違いない。

 お互いがお互いにあるがままで居ていいと思えるような場所。

 自分を信じて進んできた道が理不尽なことで閉ざされた時、恐らくそれまで自分で自分を肯定していた要素や自信なんかが、すべて疑念へと変わった。


 正しくないから、こうなった。

 間違えたから、こうなった。

 自分のせいとは限らないのに、自分を責め続けた。

 正しく在ろうとする努力が必ずしも報われるのではないと早くに悟った。


「自分の選択に自信がないんだよ。そうは見えないだろうけど。あの子の目には、あんたが眩しく映る」

「ウチはべつに、自信があるっつーよりは死ななきゃなんでも試しゃいいって考えだがなぁ」

「試す機会を奪われたんだ、その発想ができないんだよ。貴族は守るものが多いからねぇ」

「あー……なる。つまり、ケンカができないタイプな」


 自分の意見を通すことで家や領が被る害。

 自分の過ちで他を脅かすかもしれない立場というのは、わたし達にはきっと想像できないことだ。

 真面目で責任感の強いベルメラは、その重圧に何度も押しつぶされそうになったはず。


「魔物との戦闘ってんならまだしも、社交界じゃ本音を隠して立ち回る……なんていうんだろうねぇこういうの。話術? いや、処世術ってのかね? 冒険者には縁がないよ」

「ウチらにゃ分からん感覚だな」

「そんで権力ってのを扱うには、あの子は純粋すぎる」

「いいじゃねぇか。悪徳貴族なんかよりマシだろ」

「そう思うわたしらが貴族なら問題ないんだろうが、ただの平民さね。貴族連中からすれば、なんの影響力もないよ」

「めんどくせー世の中だぜ」


 冒険者にだって制約はある。

 だが、場所に縛られることなく移動は容易だし、未開の地に入ることだって厭わない。

 変な考えの同業だっているし、尊敬できるような貴族だっている。

 ある意味、広い視野を持てている。

 そうした経験がもたらした自分の思考というのは、恐らく柔軟だと思う。


 でも仮に自分が貴族の子女だったら……。

 閉鎖的な社会で、机上の知識だけを信じて。それで思いもよらない人の醜さに遭遇した時、どう思うだろう。


「あんたのが歳上なんだし、頼むよ」

「姫さん、何歳?」

「二十」

「ふーん。……セレは、なんでそんなに肩入れすんだ?」


 それは自分でも不思議だ。

 ルーエの領主さまにギルドを通じて引き合わされ、初対面で抱いた印象は見た目に反してどこか儚げな少女だった。


「……わたしは好奇心旺盛だって、言ったろ? 自分とぜんぜん違うから、気になるのかねぇ?」

「なる」

「じゃ、行っといでよ」

「へーへー」


 料理を平らげ席を立つと、後ろ手を振りながら部屋を後にした。


「……自分が本当に正しいかどうかなんて、誰にも分からないよ。ベルメラ」


 わたしだって失敗は怖いさ。

 ただ、それが許容される環境に居たとは思う。

 そして、少なくとも今はベルメラもそこに居る。



 ◆



「……はぁ」


 勢いあまって飛び出したはいいものの……特に行く当てもなく。

 気付けばギルドの方へと足を向けていた。


「……? まぁ」


 石畳の上を無為に歩いていると、甘い香りが。

 香りが漂う方向を見れば、カフェのテラス席で店員が焼きたてのベリーパイを持って客に勧めている最中だった。


「甘いもの、いいですわね」


 食事というのはひと時でも悩みを忘れさせてくれる。

 それが大好きな甘いものなら、なおさらのこと。


 ほんの少し上向いた気持ちと共にカフェへ入店しようとすると、聞き捨てならない言葉が聞こえた。


『──しかし、ユーグの旦那も人使いが荒いぜ』

『北に行けと言えば、今度は南だ? やってらんねぇよな』

『ま、暇になったし飲もうぜ』

「!?」


 ……ユーグ?

 まさか、ユーグ宮中伯?


 陛下の側近の一人。母の兄であり、宮中で財務を担当する……実質父が仕えるお方。


「……」


 歴史ある家柄ながら、王の側近を代々担うために所領を持たない一族。

 騎士や宮中の者を遣いにやるならともかく。王都から離れた地で人を使って、何を……?


 右手を過ぎ去った二人組の背を見れば、商人……にしては汚れの目立つ格好。

 冒険者のような充実した装備でもない。


 ここで見逃してはならないような気がする。

 せめて酒の席での会話を盗み聞くくらいは……。

 少なくとも、バーンスパイダーの時のようにはならないでしょう。


 わたくしは慎重に男たちの後を着いて行った。




「……?」


 見失った? 男たちは人通りの多い道から、徐々に静かな通りへと移動していった。

 最後に曲がった角の先は、数人が通ればぎゅうぎゅうになる細い路地。

 だが、誰もいない。

 気付かれたのかしら……。


 引き返そうと踵を返すと、黒い影が足元を覆った。


「──おれたちになんか用か?」

「っ!」

「……ん? なんか、コイツどっかで見たような……」


 先を行っていたはずの二人が立ちふさがる。

 まったく気付きませんでしたわ……!


「い、いえ。どうぞ、お構いなく」

「イヤイヤイヤ。それではい、そうですか……とはならんだろ?」

「どこで見たっけか……」

「ま、体に聞きゃわかるだろ」

「!」


 左に立つ男は言うや否や懐からナイフを取り出す。

 杖も剣もお姉さまがお持ちですし、スキルを加減して使うしかないですわ……。


「──楽しそうじゃん。ウチも混ぜろよ」

「「「!?」」」

『ピッ』


 助走をつけ始めた男を止めるように、背後から両腕を二人の肩に掛けてファディスが言った。

 わたくしの頭の上にはフゥまで。


「ファ、ファディスっ!」

「よぉ、なにしてんだよ。危なっかしいな」


 いたずらに笑うと、ナイフを持った男の首元を絞めた。


「んで? コイツら、なに?」

「ええっと……」

「ちょっ!? ぐっ……」

「お、おいバカ女! やめろ!!」

「ああ? だれがバカ女だよ、バカ男」


 とうとうもう一人の首も絞め始めると、二人は声を発することができなくなった。

 限界を訴えるように手で何度も腕を叩くと、ファディスはようやく二人を開放した。


「はっ、はぁっ。 お、おれっ、おれたちっ、なんっ、したか!?」

「ぐぇ……」

「ナイフが見えたら止めるだろふつー」

「ファディス……、その」

「ん? あ、そうだった」


 うまく言葉が出てこない。

 助けてくれたことへのお礼も、何で二人を追っていたのかも。どうして来てくれたのかも。言いたいことはたくさんあるのに、言葉にならない。


「──お怪我はありませんか? お嬢様」

「!?」


 何と言おうか迷っていると、ファディスが目の前で膝を付いて言う。

 グリーヴの擦れた高い音が狭い路地に響いた。


「な、なっ、えぇー!?」

「騎士ってどんな感じか分かんねぇんだよなぁ。合ってるか?」

「ど、どうっ、騎士!?」

「ウチも言いたい放題言ったし、ちっとは姫さんに歩みよろうかって」

「……!」


 ただでさえ動かない口元が、驚きでさらに固まってしまう。

 代わりに目を見開くと、ファディスは愉快そうに笑った。


「まぁ、令嬢っつーのはムリだけど。騎士も一応、貴族の一種だよな?」

「え? えぇ。まぁ……」

「うーん……。やってみたはいいが、イマイチ分かんねぇな」

「それは……そうでしょうね……」


 突拍子もないことだけど、どうしてそんなことをしたのかはよく分かった。

 分かったけれど、それにしても予想外だった。


「……ふふ」

「お、笑った」

「あ、すみません。……その、助かりましたわ。……感謝いたします」

「それはいいけど、アイツら──」


 先ほどまで呻いて膝を折っていた二人は、既に消えていた。


「あー」

「……ご迷惑お掛けいたしました。その、彼らの会話から、ここで聞くはずのない名前が聞こえまして」

「名前?」

「ユーグ宮中伯。母の兄で、父が仕える方でもあります」

「ふーん?」

「彼らは伯に雇われたようなのですが、……どうにも気掛かりで」

「とっ捕まえればよかったか」

「いえ。表立って事を起こすのはよくありませんもの。ただ、会話を聞き取れれば良いと思ったのですが……失敗してしまいましたわ」

「姫さん、諜報活動向いてなさそーだもんな」


 立ち上がって無邪気に笑うファディスは、何も気にしていないかのようだ。


「その、……怒っていませんこと?」

「は? 怒る?」

「む、無謀だなと」

「うーん。そりゃ心配はしたが、ウチも姫さんの立場ならそうしたかもだし。怒るとかはねぇけど」

「そ、そうですか……」


 どこかホッとして胸に手を当てれば、さらににんまりとした笑みでファディスは言う。


「はーん? あれか、プライドが高くて失敗が怖い、繊細なお姫さんなのか」

「だっ、だれが──」

「気にしすぎってぇの。それで死ぬわけでもあるまいし。……あ、いや。死んでたか?」


 はた、と考え直したファディスは、更に続ける。


「ま、立ち話もなんだし。とりあえず、帰ろうぜ?」

『ピィ』

「えぇ……」


 アンバー家の邸宅を後にした時より、さらに何かが一つ積み重なったような気がした。




「おかえり」

『ワフ』

「たでーま」

「……」

『ピィピィ、ピピ』

「へぇ? フゥもご苦労さん」


 門のところでお姉さまがルゥと共に待っていた。

 フゥが肩から飛び立つと、まるで報告をするかのようにお姉さまに話しかけた。


「宮中伯、ねぇ」

「あ、あの……」

「ん?」

「ご、ご心配を……」

「あぁ、無事ならいいんだよ」


 まただ。少し前にリシトにも同じことを言われた。

 それは二人の優しさを表しているのに、なぜだか申し訳ないという気持ちになる。


「うーん……」

「騎士の真似事したところで、あんたに品はないだろうよ」

「ひっでぇなセレ」


 先ほどのことなど意にも介さない様子で、ファディスはまたお姉さまと軽口を言い合う。

 ……どうして?

 もっと、わたくしのことを責めればいいのに。


「──ベルメラ様、お帰りなさいませ」

「! シグレさん」


 屋敷へと足を向けると、豪奢な玄関口より屋敷の主が出迎えてくれた。


「お疲れでしょう。よろしければ、甘いものをご用意いたします」

「お、気が利くねぇ旦那」

「茶も西方から取り寄せたよい品ですので、お口に合うかと」

「フゥとルゥにも用意しとくれよ」

『ピッ!』『ワフ……』

「あぁ、もちろん。天気もいいですし、外に用意させます」


 後ろに控えた使用人へと指示を出すと、庭にはあっという間に優雅なお茶の席が用意された。


「……美味しそうですわ」

「ベルメラは甘いものが好きだね」

「ええ。……お茶会では話をすることよりも、食べ物に夢中でしたから」


 妹に連れられることの多かった茶会。

 勢力の縮図。言葉の裏に隠された真意。作法に礼儀。

 考えることが多すぎて、味はよく覚えていないのだけれど。

 それでも聞こえてくる話題よりも、遥かに興味のあることだった。


「──キルシュ(さくらんぼ)ケーキにございます」


 一通りセッティングし終えた侍女が、一言告げる。


「わたくし大好きです。ありがとう」


 実と共にキルシュのお酒が染み込んだほのかに黒いスポンジ。

 白いクリームがたっぷり塗られた外側との対比が美しい。

 やんわりとした生地のためお皿には寝かせて提供されることが多いケーキだ。


「……」

「ベルメラ?」


 椅子に腰かけ大好きなケーキを前にすると、どこか視界が歪んだ。

 それは恐らく、以前のお茶会との差を感じたからで。

 あまりに居心地のよいこの場所が、本当に自分の席かどうか疑わしくもある。

 他人の好意を目の当たりにする度に、自分にそんな価値があるのか? と問いただしたくなる。


「──姫さん」


 気付けば、わたくしの眼からは涙が零れていた。


「……もう、よい大人ですのに……自分のことが、分かりませんの」


 ふと口から出てきたのは、飾らないそのままの言葉だった。


「ずっと、本当にこれでいいのか? と自分を確かめることばかりに心を砕いてばかりで。それでいて、この涙の意味もまるで見当がつきませんの。……他の事なら、むしろ理解は早い方だとは思うのですけれど……」


 家にずっと居られれば、貴族令嬢でいられた。

 でもそこに居場所はないと思って飛び出した先では、自分でなくてはならないと思えることは少なかった。

 自分程度の人ならどこにでもいる。

 むしろ、能力で言えば素晴らしい者に溢れている世界。

 人の好意を素直に受け止められないのは、自分で自分を否定しているからに他ならない。


 頭ではそう理解しているのに……、分からない。

 頑なに言葉にすることを邪魔する、胸の内に潜む何かが分からない。


「……因習や慣例の多い場所じゃ、自分の考えが持てないのも無理はない。あんたの価値観は、今までのあんたが築き上げたもの。それだってもちろん大事さ。でも、今はどうだ? 周り見てみろよ」


 目の前に座るお姉さま。右手にはファディス。左手にはルゥ。テーブルの上には早速ケーキを食べているフゥの姿。


「……お優しい方々ですわ」

「少なくても、どーでもいいヤツにケーキなんか用意しねぇよなぁ」

「?」

「打算で人付き合いすることもそりゃあるが、そうじゃないことだってあるさ。極端なんだよな、姫さんは。どっちかでなきゃいけねぇのか?」

「極端……」


 そうなのだろうか。


「ん、おいしい」

『ピ~』


 お姉さまがケーキを口に運ぶ姿を見て、わたくしもそれに倣う。

 クリームと同じくらい柔らかいスポンジはフォークにすんなりと乗っかる。


「…………おいしい、ですわ」


 あれだけ食べてきたケーキなのに、まるで初めて味わったかのようだ。

 酸味のある香り高いスポンジと、甘いクリームが溶け合って飲み物のように喉奥に運ばれていった。


 まるでそれが合図のように、どんどん涙が頬を伝う。


「緊張してたんじゃねぇの?」

「え?」

「貴族社会とやらで」

「そう、なのかしら……」


 そう言われれば、そうなのかもしれない。

 自分で気付かない内に気を張って、頭の中ばかりに集中力を割いて。ケーキを味わう暇なんてなかったのかもしれない。


 ほかほかと湯気の立つティーカップを手にとってみる。

 取手の縁を指先で掴まずに、大胆に掌でカップを覆って飲んでみる。


「……おいしい」


 心を落ち着かせる香りと温かさ。それはまさにケーキにとって最高のパートナーのように思えた。


「──あ。どうせなら、もっと普段やらねぇことしようぜ」

「また何か言い出したね……」

「やらないこと?」


 唐突にファディスは提案する。


「ウチも貴族っぽいことやったし、姫さんも平民ぽいことやろうぜ」

「え、えぇ?」

「はぁ」


 顎に手を当て数秒考えると、ファディスはとんでもないことを言い出した。


「歩いて疲れただろーし、靴脱いでさ。水に足浸けようぜ」


 テーブル越しにわたくしのロングブーツを見るファディス。


「……はい?」

「ほら、あそこに噴水あんじゃん」

「あの魔道具は庭園に水引いてるだけなんだけどね……」


 滾々と水が湧き出る一画。

 ファディスはそこを指差して言った。


「え、あの」

「善は急げだ!」

「え、えええ!?」

「せめて食べてからにしなよ……」


 やれやれ、とお姉さまが肩を竦めるとファディスが催促するので慌てて向かった。




「……」

「貴族のご令嬢って、足出しちゃまずいんだろ?」

「まずいと言いますか……恥ずかしいと言いますか……」

「いいじゃねぇの、ほら」


 膝上まであるグリーヴを脱ぎ捨てて、さっそく足を浸けるファディス。

 気持ちよさそうに上半身を伸ばした。


「いやー、防御面ではいいんだけどな。凝るんだわ、コレ」

「そうでしょうね……」


 やや呆れ気味に返せば、ハッと先程のことを思い出した。


 情けないですわ……いきなり泣き出すなんて。

 でも、なぜかしら。

 胸の中にあった、正体不明な大きな塊。

 泥のようなそれが、少し体外へと流れ出たかのような気がする。


「──ま、人なんざ誰しも矛盾を抱えた生き物さ」

「え?」


 それはわたくしの『分からない』に対する答えなのだろうか。


「矛盾なんてそこらへんに転がってる世の中で、正しさなんざその場その場で変わるだろうよ。今はまだ分からなくても、姫さんがどう思って、何を成すのか。それに耳を澄ませていきゃいいんじゃねぇの?」

「……」

「そもそも、冒険者として身をたてる術があんだから、令嬢として育ったにしちゃよくやってるよ。心がどうだとか、そんなの自分との対話だ。遅い早いの問題じゃねぇ。周りのこたぁ気にすんな。……それはいつかきっと、周りの言う正しさや過ちに左右されない、あんただけの信念とやらになるはずだ」

「わたくしだけの、信念」


 ルーエ村に恩を返すこと。冒険者として人々の役に立つこと。


 やりたいことはシンプルなのに、そこに至るまでにわたくしは頭の中で必要以上に考える。一つ一つを間違いではなかったかと振り返る。

 いつか、そんなこと気にも留めないほど、自分の成すことに自信を持てるのだろうか。


「……そういうファディスは、その。帝国では……どのような生活を?」

「お、ウチに興味でてきたかぁ。いいねぇ。ウチはなぁ──」


 自分のことが分からないなりにまずはその、自分と大きく異なる他人のことを見てみるのも一つの手なのかもしれない。



 ◆



「おやおや、童心に戻られたかのようだね」

「父さん」

『ピピ』『……』


 椅子の上で丸まったルゥの頭を撫でて、父さんは向かいに座る。


「あの涙のわけは、自分を癒している最中なのかもしれないね」

「……見てたのかい。自分を癒すって?」


 わたしらよりも、遥かに多くの者と接してきた父さん。

 時には心理的な駆け引きも必要になる家業において、なお成功を収める者としての意見は貴重だ。


「ベルメラ様は、ご自分のことを早くに成熟した者だと思っていらっしゃるかもしれないが……実際は、そう成らざるを得なかった。こちらに越してきて、そんな自分を求められない環境に身を移せばまた一から自分を築くことになる。ご自分のことが分からないというのは、その通りの意味だと思うよ」

「……なるほどねぇ」


 今は、貴族令嬢としてのベルメラ……じゃなくて、ただのベルメラとしての自分を築いている最中ってことか。


「そのギャップに直面した時、子供の頃に我慢していた感情が大人になって初めて癒されることだってあるさ。私たちが思うより何倍も、ベルメラ様の心は傷付いているのかもしれないね」

「……かもね」


 さすがは三人の子の親であり、大商会の長。

 妙に納得のいく意見だ。


「自分を癒す、か」

「私はセレに何かを強いてきたつもりはないが、しかし君がそう思っていなければ意味はない。……平民でさえこうなんだ。貴族の、それも長子のことはご本人にしか分からないよ」

「そうさねぇ」

「心の傷が癒えないままに無理やり前を向いた結果だろう。よく見て差し上げなさい」

「わかってるよ」


 結局は、ベルメラ次第。

 何が好きで、何が嬉しくて、何が苦手で、何をしたいか。

 それは本人が決めることだ。


 ただ、分からないと友人が言うのなら、それを問う役割が居ても構わないはず。


「フゥとルゥも、見てあげるんだよ」

『ピッ』『オン』


 父さんにもよく懐く二人は、元気に返事をした。


「……あ、父さん。リシトにお土産、何がいいと思う?」

「お土産? そうだねぇ──」


 村に帰ったら、食堂に行こう。

 それでまた、リシトに突っかかったベルメラを嗜めて、自分で考えてもらうんだ。

 周りにできることと言ったら、それくらいだろう。



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