第五十五話 その頃交易都市では③ 【ベルメラ視点】
今週はあと1話更新予定です。
「──ふわぁ……っ」
体を伸ばしながら、ファディスは広々としたダイニングルームへと入ってくる。
「おはよ、ファディス」
「あー……セレ、おはようさん。姫さんも」
「お、おはようございます」
その恰好を見れば、わたくしの常識を遥かに超える。
昨日とはまた違った露出。お腹が見える丈の薄い上着一枚に、短いズボン。
……さ、寒くないのかしら?
「いくら貴族の屋敷じゃないとはいえ、さすがに昼間はねぇ。父さんの取引先が来たらどうすんだい」
「そんときゃそんとき、うまく言ってくれるって。シグレの旦那は優しいからな」
「そりゃそうだけど」
改めて部屋を見渡せば……さすが。ハイケア一の豪商、アンバー家。
街の中心よりやや離れた場所に建てられた邸宅は、わたくしの生家よりも広い。
壁沿いには無遠慮に所せましと絵画や陶器が置かれ、それは富を象徴するというよりも他国との繋がりをよく感じさせた。
北の国で見られる雪景色、南方大陸の大鉱区。異国の風景が描かれた絵画もあれば、西国の伝承で伝わる聖獣を模した彫像。
目の前の長いテーブルは西方由来の巴璃石と呼ばれる、透明な結晶の中に青い渦を巻いたような文様が綺麗な石材を使っている。宝石と大差ない価格で取引されるので、この幾人も腰かけることが出来るテーブルはいったいいくらするのか……考えるだけで目が回りそうですわ。
「はぁ」
「どうした姫さん?」
「い、いえ。なんでもありませんの」
小貴族の屋敷と違う点。それは、これらが全て家業の稼ぎによって得られているということ。
わたくしたちの資産のほとんどは、領民から徴収した税であり、領の産業による恩恵。
中には事業を立ち上げたり、土地貸しや高利貸しで財を成す者もおりますし、一概には言えませんけれど……。
貴族の中には『成り上がりの商人は調度品のセンスが悪い』と悪態を吐く者もおりますが、それはきっとお好きな物や取引で得た物を好きなように飾っていらっしゃるからではないでしょうか。
つまり、これらは彼らの目に見える努力の対価。
アンバー商会の誠実さは有名ですし、わたくしの眼にはこの上なく素晴らしいもののように映る。
「ウチまで泊めてもらって、わりぃな。んで、あんたらは村に帰るのか?」
「父さんはまたしばらくこっちだね。わたしは……、まぁ。冒険者の数が減ってるし、戻ろうかと思ってるけど」
「ふーん」
テーブルに用意された料理を食べながら、ファディスが問いかける。
「お姉さま、よろしいのですか?」
「まっ、どっか行きたい場所が見付かったらまた出掛けようかねぇ」
その返事は心強いものの、お姉さまが無理していなければいいのだけれど……。
「姫さんは?」
「わ、わたくしは引き続き村で作業と依頼を……」
「たまには息抜きすりゃいいのに」
「え、えぇ」
「早いとこ回復術師が見付かればいいけどねぇ」
「村にゃ教会がないんだっけか?」
「ルーエ城に礼拝堂は備えてあるけど、もともとここと同じ領だったからねぇ。別れてからは、教会に寄付していないと思うよ。孤児院も、修道院もないし。騎士団所属の回復術師も少数だろうからねぇ」
「ふーん」
「……そういえば、『治癒の書』は教会に属していらっしゃらないのでしょうか?」
「なんか聞いたことあんなぁ、その名」
「昨日ギルドで聞いた限りじゃ、違うみたいだけど」
「まぁ」
独学であれだけの回復魔法を……? 素晴らしい才ですわ。
「ギルドの情報待ちかねぇ」
「そうですわね」
「んじゃー、ウチも付いていっていいか?」
「「え?」」
さらりと言うことではないと思うのですが。
「昨日、あの後シグルドが商業ギルドに呼び出されたらしくてな。その足でルーエ村に行ったんだと。しばらく巡航は別のやつが仕切るっぽいな。ウチもせっかくだしこっちに滞在すっかなと」
「……兄さんが? なんだろうね。店に問題はないけど」
「あいつのスキルが必要ってんなら、なんかの調査じゃねぇの?」
「調査……ねぇ」
「つーワケで、姫さん。よろしく!」
「えっ、えぇ……よろしく、お願いしますわ」
どうしましょう。
嫌、というわけではないのですけれど……正直、苦手なお方。
かと言って彼女が悪いわけでもなく、冒険者として過ごしてきた中で培われたものですもの。どう言えば、気を悪くされずに伝えることができるのかしら。
「うわ。すっげービミョーな顔」
「そりゃーあんた、ガサツで遠慮がないじゃないか」
「ひでぇなセレ」
「事実だし、あんたも自分で言うさね」
「まーな。……姫さんは、ウチみたいなんが苦手……的な?」
ファディスの言葉に、肩が跳ねる。
これでは「そうだ」と言っているも同然ですわ。
「えっと……その……もう少し、女性らしくと言いますか。慎ましく、と言いますか……」
上手く言葉にできない。わたくしも自分で、何がどう苦手かどうか分かっていないのかもしれない。
「あー……、姫さん。貴族のご令嬢だっけ」
「子爵家の長子ですが、諸々の事情で……今は語るような身分を持ち合わせておりませんの」
「ふーん?」
「ファディスが貴族たちの輪の中に入ったら、口論が絶えないだろうねぇ」
「失礼な。ウチだってやるときゃやるぜ?」
「ですので、その。理解はしているのですが、驚くことが多くありまして……」
「そりゃそーだわな。ま、ウチもできる限り気を付けるって」
「ほんとかねぇ……」
これで、いいのかしら。言葉は間違えていないかしら。
わたくしは彼女を嫌いたいわけではないのですけれど、彼女の言動はどうにも自分のそれとは違い過ぎる。
「つか、家出したならもう気にする必要ないんじゃねぇの?」
「あんたはほんと止まらないねぇ」
「え、えぇ。そうなんですけれど……。やはり、どこか貴族の子女としての矜持があるのでしょうか」
なんだか胸の奥を貫かれたようだ。分かっているのに、分からないこと。
ファディスは自分の考えを容易に口にできるのに、わたくしはそもそも自分の答えが分からない。
「女の身では、中々家は継げないものでして……」
「あん? なら、おかしな話だ姫さん。追放だか駆け落ちだか知らねぇが、そんな堅っくるしい世界から逃げてきたんだろ? どっちかっつーと、あんたがその、女性らしさ? ってのを憎む側じゃねぇのか?」
「っ!!」
「こーら、ファディス」
その通りだ。わたくしは、女性だからと諦めたものがあるのに。
女性らしくないから、とファディスを遠ざけようとしている。
矛盾している。そう頭では理解しているものの、不思議と沸き起こる彼女への疎ましさの正体がまるで分からない。理由なんてないとでも言うかのように。
「……ッ」
「んだぁ?」
「はぁ」
唇が震えている。必死に結んで何かが溢れるのを我慢する。
「わ、わた、くし……そっ、外の空気を、吸ってまいります」
「気を付けて行くんだよ」
静かに席を立って、廊下へと出た。
ファディスのいる場所とを隔てる扉が、まるで自分の心のようだ。




