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第五十四話 領主の呼び出し


「! アドル!」

『!?』


 開け放たれた窓に寄りかかり、腕を組んでこちらを見ていたのは先日知り合った謎の多い人物。気配が全然なかった。


「……」


 メナールは臨戦態勢とまではいかなくても、疑念の含んだ視線で彼を見た。


「あ、先日の」

「匂いに引き寄せられたであるか?」


 特に食べる手を止めずマイペースにアドルを見遣る二人。


「体はもう大丈夫なのか?」

「あぁ。世話になった」


 俺は席を立って傍まで行くと、アドルの体を見回して聞いた。

 うん。見た感じ不調はなさそうだ。


「そこの盾のじじいとチビ」

「「!」」

「悪いがこいつら借りるぞ」

「──だっ、なっ、チビぃ!?」

「ハッハッハ!! 豪胆な若者は嫌いじゃないぞ!」

「おいおい、アドル!? な、……なんてこと言うんだッ!」


 いや、二人はそれでいきなりキレることはないだろう。

 それより一番心配なのはメナールだ。


「……やはり、一度手合わせが必要か」

「不要! 手合わせ、不要だから!」

『ピャー!?』


 妙に落ち着いたメナールさん。それは冷静というよりも、嵐の前の静けさに似ているから恐ろしい。ツークはメナールの雰囲気にビビってか、俺の肩に飛び乗ってしがみついてきた。


「……ん? 俺と、メナールに用が?」


 はたと気付く。


「あぁ。領主があんたらに話があるだと」

「『!?』」

「!」


 りょ、……領主!? ということは、辺境伯!?


「な、なんで!?」

「さあ?」


 さあ? じゃない、そこは確認しておいてくれ!


「貴殿は騎士団の者なのか?」

「さあ」


 今度の「さあ」は、にやりと笑みを伴った「さあ」。

 口端を上げ、完全にメナールをおちょくっている。

 誰がお前に教えるかと、そう言いたげな表情だ。


「……」

「あ、ああああのさぁ! ふつう、使者なら用件聞いてくると思うんですよねぇ!?」

「そうか?」


 きょとん顔のアドルは心底そう思った様子で答えた。

 だめだ、話が通じない。使者に向いてない人ナンバーワンの人選である。


「というか、領主に呼ばれるって。……メナール、何か覚えはあるか?」

「思い当たる節はないのですが……しかし、私は稀にあることですね。ただ、リシトさんもというのは……」


 そうだった、Aランク冒険者ならそういう機会があってもおかしくない。

 俺を呼び出す理由? 最近越してきたから、……税金か!? いや、冒険者だし!

 騎士とは違って身分の保証はないが、性質上渡り歩く者であり危険な目に遭う職業。税に関しては市民よりも融通が利いている。

 ギルドを通して支払われる報酬というのは、市民より低い税率を差し引かれた分が手元に入る。面倒な手続きも不要だし、冒険者であることの利点の一つだ。


「……あ、グレッグさん?」

「ここの主か」


 思い当たることと言えば、それだ。

 騎士団お抱えの料理人として腕を振るっているグレッグさんが、領主に何か言ったとか? 料理のことでお悩みだろうか。まさか、また不穏なことが起こったんじゃないよな!?


「ま、行けば分かるだろ」

「いやいや、確認しとくのがアドルの役目なんだけど」

「へぇ、そうなのか」


 面白そうに言う目の前の男は、絶対に使者には向いていない。

 領主様、考え直した方がいいですよ。


「…………はぁ。すまない、二人とも。行ってくる」

「そ、それは構いませんけど……チビ……」

「うむ。気を付けて行ってくるである!」

「二人は依頼を受けるのか?」

「攻撃の要であるメナールさんがいないのでしたら、……ランクが低いものを受けるのがベストでしょうね」

「吾輩たちのことは気にしなくてもいいである! 補助魔法も、また今度頼むとしようぞ!」


 さすがに領主の呼び出しを優先しないわけにもいかない。

 皿はハルガさんとアビーが片づけてくれるというので俺はハンナさんに事情を話し、二人が帰った後の戸締りを依頼した。


 それにしても……、メナール。大丈夫だろうか。

 領主のいる城塞は、つまるところこの地域の騎士団本部なわけで。

 メナールにとっては行きたくもない場所だろう。


「……」

「大丈夫か、メナール?」

「え? ……あぁ、平気ですよ」


 俺の言いたいことが分かったのか、何でもないようにメナールは言った。


「それより、どういった用件かと思いまして」

「それは、ほんとにな」

『ッスねぇ……』

「ほら、おっさん、魔法剣。行くぞ」

「ハイハイ」


 急いで席に戻って皿を空にし、後のことを任せて俺とツーク、メナールはアドルの後に続いた。



 ◆



「……」

「……」

「『…………』」


 き、……気まずい!!


 アドルに続いて食堂を左に出て、まっすぐ道なりに進んだ。村の東へと延びる道筋はルーエ城へと至る。

 両脇にタイプの異なる顔のいい男を従え、のどかな道を行く。

 しかし左手のメナールは考え込むかのように押し黙り、右手のアドルは意に介した様子もなくいつも通りとでもいうように真っ直ぐ進む。


『(し、しずかですねぃ……)』

「(ほんとにな……)」


 歩く度に聞こえる砂の音が妙に響く。

 こんなにも開けた場所だというのに、まるで狭い空間に閉じ込められているかのようだ。


『(それにしても、……似てますねぃ)』

「(ん?)」


 右のアドルを見上げながら、耳元でコソコソとツークが言う。


『(似てやせん? ルゥ兄さんに)』

「(あぁ……言われてみれば)」


 確かに。その無造作に伸ばされた艶やかな黒髪や高貴さを感じる金の瞳、初対面で感じた雰囲気というのは、どこかダークシーカーのルゥを連想する。


『(しっかし、兄さんと呼びたくはありやせんがねぇ)』

「聞こえてっぞ、小リス」

『ピャー!?!?』

「!?」


 ツークの声が……まさか、スキル!? 前にスキルは加護系と言っていたが。


「ツークはなんと?」

「え? あぁ、ルゥに似てるよなって。でも、兄さんとは呼びたくないんだと」

『ちょ、アニキィ!?』

「あぁ……ふふ。そうですね。()、だなんて……間違えてでも呼びたくはないな」

「……あ?」

「ちょーーーーッ!!」


 最初の印象がアレなのは分かるが、アドルに対しては異様に好戦的過ぎる……!!

 仲良くしろとは言わないが、落ち着いてくれ……!


「そ、それよりっ、どんな用件なんだろうな!」


 とにかく話題。話題を変えよう。


「さあ。あいつの気まぐれだろ」

「……領主に対してそのような口の利き方。やはり、程度が知れるな」

「……別にオレぁ、一人減っても構いはしないんだがな」


 とうとうアドルが剣に手を掛ける。やめてくれ……。


「ぁっ、アドルが知らないなら、個人的な用事か?」

「そうかもな。それか、厄介事だろ。魔法剣に頼み事するのにギルドを通さないってんならな」

「えぇ……」


 聞きたくなかった……。


『あ、アニキも冒険者ですぜぃ!?』

「あーそういやそうだな。おっさんもだわ」

「リシトさん、だ」


 どこかムッとした表情でメナールは言う。


「おっさんはおっさんだもんなぁ?」

「呼び名はどっちでもいいんだが、とにかく俺は無事にたどり着けるかが心配だよ」


 目下の悩みは呼び名よりもそれだ。

 領主様の前にたどり着く前に、一波乱ありそうで怖い。


「リシトさんの懐の大きさには頭が上がりません」

「てめぇだって甘えてんだろーが」

「それが何か?」

「ハ?」

「『あわわ……』」


 どうしてだ、どうして普通にできないんだ!

 あれか、凄腕の剣士同士、同族嫌悪とかいうやつか!?

 今、剣士であることはまったく関係ないがな!


「──オレなんか、おっさんに料理食べさせてもらったぞ」

「!?」

「あ、あぁ。まぁ」


 メナールの瞳に本当か? と問われている気がして、素直に答えた。


「……やはり、消すしか……」

「やめて……!」


 なぜそうなるかは不明だが、二人がやり合うと止める人がいない。

 俺は必死に食い止める。


「ハァ。……大方、騎士団の連中には頼みづらいことだろ」

「騎士団の?」


 その言い方だとアドルはまるで騎士団の一員ではなさそうだが。


「騎士団を使うってことは、東方将軍として指示したことになる。ギルドを通したり魔法剣に直接頼むっていうのは、領主としての判断ということだ。つまり、厳密に言えばだが金の出所が違う。……内々で処理したいことがあんだろ」

「『??』」

「ルーエ領主、シドファラヌ殿は王国の第二騎士団を率いる東の守です。お会いしたことはないですが、ギルドを通じて幾度かやり取りはしたことがあります。領内のことで、騎士団に回したくない仕事があるのかもしれませんね」

「へぇ……」


 俺はともかく、メナールに討伐依頼とかか?

 ギルドを通さないってのは、何か理由があるんだろうか。


「めんどーな魔物が出たとは聞いてないがな」

「討伐依頼とは限らない、か」

「まっ、騎士団の尻拭いかもしれないな」

「尻拭い?」

「王都ほどではないですが、やはり面目というのを立てるには毎度我々に頼むわけにもいきませんから。先に遂行した依頼で、目標に未達のものがあるのかもしれませんね」

「大変なんだなぁ」


 国を守る将軍であり、領を治める為政者でもある。騎士団と冒険者、両方に義理立てしないといけない。采配には苦労していそうだ。



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