第五十一話 その頃王都では 【別視点】
──数日前、王都ロムール
王都の小高い丘に建つ王宮、その敷地内。
豪奢な円卓の間で、軍服に身を包んだ五人の男が険しい顔つきで話し合う。
否。一人の男は話を聞く素振りを見せるも、目を伏せ静かな海を漂っているところのようだ。
「──所領の見直しぃ?」
つるりとした頭の男は、眉を寄せ隣に座る男を見た。
「えぇ。朝議の折、陛下のご提案にはそのようなものも含まれておりました」
「なんでまた、突然そのようなことを」
「従来の世襲領は対象でないそうです。……まるで、名指ししているかのようですね」
癖のある茶髪の男がさらに横を見れば、目線を下げ一切応える気のない黒髪の男。
左に流した長い髪を編み、一見すると穏やかな印象だ。
聞いているのか、聞いていないのか。
腕組みをし、まるで反応がない。
「……ふん」
「公は、どうお考えですかな?」
青海を思わせる服の上より、白いコートを羽織った男。
茶髪の男の呼びかけに応えるよう軽く手を挙げると、白に映える金の髪がさらりと肩から落ちた。
南方将軍──メルメナイ公ユヴァンは顎に手を当て言った。
「さて。どうお考えであろうな。私にはまるで見当がつかない」
「大方、公の人望に嫉妬なさった陛下の思い付きであろう。大領主たる公を困らせるため、我々を混乱させたいだけだ。自領の混乱に目を向けさせ、自身を諫める公のお言葉を遠ざけるもの」
「はたしてそうですかな? 二度も命の危機に遭えば、王国最強と謳われる東方将軍を呼び寄せたくもなりますぞ」
「というと?」
問われた茶髪の男は、横目で視線を送りながら言った。
「ルーエ卿の領地を取り上げ、第一騎士団に編成するのでは?」
「あるいは、騎士団長に据える……か」
同意するよう、公爵は言葉を引き継いだ。
「まったく! 陛下はともかく……近衛である第一騎士団は、何をしておるのだ! まるで役に立っておらんではないか!?」
「さぁ。騎士団長殿は忙しいですから。……ねぇ? ルジール殿」
「……」
円卓の最奥。
長く伸ばした金の髪を一つに結んだ美麗な男。ルジール・アイレは目線だけを向け、そして静かに逸らした。
「そもそも、なぜ上将の軍議に下級貴族がいるのだ?」
「さて。何故でしょう」
つるりとした頭の男──西方将軍は本来騎士団長の席に腰かける男を、この場に似つかわしくないとでも言うようにきつく睨んだ。
「……」
「能力があるならばともかく、近衛の失態を儂らに押し付けられては困る。これだから、次男の方にしておけと──!」
「ふわあぁ~」
「「「「……」」」」
張り詰めた場に、春の訪れかのように朗らかな声が響き渡る。
言葉を遮るよう発せられた気の抜けたそれに、西方将軍はわなわなと体を震わせた。
「る、……ルーエ卿……シドファラヌ殿……。儂の話は! そんなに! つまらんかえ!?」
「……ん? いえ、そんな。浅学な私めには、伯のご慧眼にご高説。学ばせていただくことが多くございますとも」
「ならばなぜ寝ておるのだ!!!!」
バカにされたと激高する西方将軍をよそにシドファラヌは再度欠伸をひとつ。
贅沢に間を設けた円卓の席だというのに、その声は部屋の中を反響するよう全員の耳によく届いた。
「まぁまぁ。それより、議題は公費ですぞ」
茶髪の男は取りなした。
「ぬぅ……うぉっほん! そ、それもそうだ。みなも知っておろうが陛下はそのご心痛から、我が領地にある離宮で静養されたいとおっしゃっておる。……で、あれば! 領の費用は莫大に跳ね上がる。王都より何人随行するかは知らんが、領の税収だけでは補いきれぬぞ! 宮中のバカ共は、それを分かっておるのか!? まったく予算を割かれておらんではないか!」
「それは陛下がよくお分かりでしょう。……しかし、ルーエ領にも保養地を建立したいとおっしゃったようですが」
「はぁ……お気持ちは分からんでもないが……」
「国内で最も魔素の濃い我が領では無理ですな。いつ魔物災厄が起きてもおかしくはない。陛下をお守りしながら領民を守れるほどの人員はおりませぬ」
静かな眠りより覚醒したシドファラヌは、今度こそ夜を思わせる瞳をしっかりと見開き話し合いへと参加した。
「だからこそシドファラヌ殿がルーエ近郊を守っておられるのだ。陛下は、要地を守護している者のことなど把握していないのではないか? 安易に中央へ配すべきではない」
「そこは、ほら。公がうまくやっておいでですから」
茶髪の男は、毎度国王への不満を口にする上級貴族たちを嗜める公爵を見やった。
「むぅ。ただでさえ帝国以外から側室を迎えられ、身辺も慌ただしいというのに……。宮中の者どもは何をしている? もっと進言すべきものを、悠長なことだ」
「命を狙われたのですから、全てが敵にお見えなのでしょう。周りの声が届かぬのも致し方ないことなのかもしれません」
「しかし今回のことで公国の面目が潰れたのではないか? 次に側室を迎えるとすれば、あちらからが筋であろう」
「さて。陛下のお考えはいかに」
「まったく。これだから公を推す声が後を──」
「そこまで」
「……はっ。失礼を」
失言だったとでもいうように、男はハッとして頭を下げた。
気を取り直して、議題へと戻る。
「しかし、次こそはルーエ領への分配を削って頂くことになりそうですなぁ」
「おや、左様で」
「ふんっ」
わざとらしく驚くシドファラヌ。
「イドリア旗下六百、第二騎士団預かり千二百、領民三百強。領費で賄うには、多すぎやしませんかな」
「せっかく広大な農地をお持ちなのだ。税を吊り上げればよろしい。……それとも、税が重く自領で賄えない子爵領へ……小麦を融通するのでしたかな?」
「ははは、よくご存知だ」
「そちらには教会税もないのですから、領民も文句は言いますまい」
「貴重なご意見、感謝する」
シドファラヌは大仰に胸に手を当て感謝を述べた。
「小麦を盾にディアバートンを懐柔するとはな。正攻法とはいえ、ルーエ卿を敵に回したくないものだ」
茶髪の男は、やれやれといった様子でシドファラヌを見た。
「……」
その来歴から王都に根差し、領地を持たない騎士の一族であるルジール・アイレは上級貴族たちの話に着いていけないでいた。
「ったく。忌々しい若造どもめ。陛下も陛下だ! そも、平民上がりをこうも重宝なさるとは……」
再び奥の席へと鋭い視線を向ける。
「そういえば、『魔法剣』がそちらに滞在しているとか」
公爵は高名な冒険者の姿を思い起こしながら言った。
「ええ。以前よりハウスも借りているようです」
「元より冒険者が集う土地であったが、そちらには『灰塵』、あるいは『行商』がいる。Aランクがこうも偏るのではな。いかがなものか」
西方将軍は、ここぞとばかりに詰め寄る。
「そうは言いましても、彼らとて人。風土や気候、あるいは利便性。彼らがその土地を好んだ理由がなんであれ、それを咎めることなどできないではありませんか」
あくまで冒険者たちの意志だとシドファラヌは弁解した。
「騎士団が脆弱と思われれば、民の意識は自然と奴らに向く。そうなれば王家への求心力どころの話ではないぞ」
ただでさえ、と後に続く言葉を必死に飲み込んだ。
「まぁまぁ。有事の折には協力して事に当たればよいではありませんか」
「抜かしおる」
「至って真面目ですとも」
「万が一、失敗などあれば……個人である冒険者より、民衆の矛先は我らに向くのだぞ?」
「その時は、その時まで」
「…………はぁ、これだから若造は。見通しの甘いものだ」
何を言っても動じないシドファラヌに対し、諦めにも似たため息を吐いた。
「しかしユルゲン伯。我ら後進の心配なぞをして頂けるとは……懐の広いお方だ。誠に痛み入る」
「バッ、だっ!? 誰も貴様の心配なんぞしておらんわ!?」
慌てて席を立ち動揺を隠せない。
「ハハハ。こうなればシドファラヌ殿の独壇場。誰も逆らえますまい」
「こっ公よ、なんとか言ってくだされ……!」
「うむ。伯よ、よい心構えだ。その調子で後進の育成も頼んだぞ」
「!? ……も、もったいなきお言葉……」
「ふふ」
いたずらが成功したかのような笑みを浮かべ、シドファラヌは目を細めた。
「人たらしのシドファラヌ殿には誰も敵いませんな」
「大げさですな、ゲールハルト侯」
口元に手をあてひとしきりの笑顔を振りまくと、思い出したかのようにシドファラヌは言った。
「ところで先日、北方出身の料理人が体調を崩しましてな。故郷へ帰したところです」
「ほう?」
「しかし、あれだけ辛い物は出すなと言っておいたのだが……悲しいかな。私は嫌われていたようだ」
「……!」
西方将軍は何かに気付くと、ぎょっとした。
「それはそれは。シドファラヌ殿におかれましては、心中お察しする」
「痛み入る。だが、私のスキルを知っているのであれば無意味とも言えるものだが」
「忠告なのではないですかな?」
「ほう?」
「他領にかまける暇があるのであれば、自領をしかと治めよと」
「なるほど。料理人にとって小麦の確保とはまさに生命線とも言える。反感を買うのも致し方のないことか」
「左様」
「う、うぉっほん! 議題に戻りますぞ!」
このままではいけないと悟った西方将軍は、話し合いを本題へと戻した。
「……」
団長代理で中央将軍として出席したルジールは、笑みを浮かべながら互いの腹を探る上級貴族たち。
彼らの話をただひたすらに聞くことしかできなかった。
◇
「──あのハゲ。相変わらず身分にうるさい男だ」
シドファラヌが割り当てられた控えの部屋へと戻ると、アドルファスが壁に背を預けながら声を掛けた。
それに驚くこともなく、外套を外して椅子へと掛ける。
「そう邪険にしてやるな。それだけ国や自身の家名に誇りを持っているとも言える。国や民に対し責務を負う彼がそう思うのも、無理はないさ」
アドルファスは軽く目を見開いた。
「意外だなシド。あいつの肩を持つのか?」
「まさか。……しかし考えてもみなさい、アドル。私たちの役割は、陛下の憂いを払い国と民に安寧をもたらすこと。……さて。ならば守護者たる私たちに安寧をもたらしてくれるものは……なんだろうね?」
数拍の間考えたのち、答えた。
「頼れるのは、自分だけってか?」
「あるいは、……絶対的な君主」
「ふーん。今のままじゃ役不足っつーワケか」
あまり評判がいいとは言えない王の姿を思い浮かべた。
「陛下が公務に積極的でないことも事実。普段こちらに居ない私たち四将軍では、宮中のことに口出しはしづらいからね」
やれやれと言いながら、椅子へと腰かける。
「貴族どもは?」
「割れているようだねぇ。メルメナイ公に、そのつもりはないのだけれど」
「ふん。わからんだろ」
「唯一騎士団からの進言が通りやすい近衛は、平民出身も多く編成されている。……ふむ、案外私がこちらに来た方が早いかもしれないね」
「オレはイヤだぞ、こんなめんどくせぇ所」
「冗談だ」
アドルファスはげんなりとした様子で舌を出し、拒絶した。
「肥沃な土地があるとはいえ、周辺国から見れば国土も人口も小国に等しい。たった一つの過ちが、国を陥れることに繋がるやもしれぬ。守護者の一員たるユルゲン伯がああも気を揉むのも理解はできよう。あれで、気概あるお人だ」
「ほぉ」
意外な評価だと言わんばかりに唸った。
「……陛下は幼少より、すべてにおいて優秀な公と比べられて育ってきた。抱いてきた劣等感というものを、公をぞんざいに扱うことで解消しようとしているのかもしれないね。それが、列強に囲まれた小国の貴族たちの不安となることも知らず」
「チッ。迷惑な話だ」
軽やかに足を組みなおし、シドファラヌは弟に問いかける。
「アドル。戦に必要なものは何だと思う?」
「ハ? んなもん、兵力だろうが」
さも当然かのように返す。
「そうだね。では、その兵力を維持するには?」
問われると、ありったけの知識を動員するかの如く頭をひねらせた。
「……金か? ……いや、食料? …………まさか、あいつ」
「さて。どうだろう。ともあれ、私たちは憂いの芽を粛々と摘むことで恒久的な統治を目指すしかないのだよ」
仮面の下ではどんな思惑を持つのやら。
王都より北東に位置するディアバートン子爵領。
その地域を守護する彼が、シドファラヌによからぬ感情を抱くのはともかく。
こうも分かりやすい態度で接するのであれば、それは彼なりに国を憂いている証拠ではあるのかもしれない。
シドファラヌは、そんな予測を立てた。
「ベルメラ嬢の憂いは、災禍の種。見つけたら、始末しておきなさい」
「簡単に言うんじゃねぇよ」
「できないことをさせるつもりはないよ。侯がああも分かりやすく答えたのは、好きにしろということだろう。足が付かない自信がおありだ」
ディアバートン子爵は年々自領の税を吊り上げている。
もとは農業の盛んな地域だが、王国で最も実入りのいい出荷先は南方に位置する帝国。
海から離れている子爵領では陸路で北に位置する国へと運んだ方が手間はない。
しかし、王が側室を迎え入れてより北の国に利する取り決めも増えた。
関税もそうだ。
子爵領の領民は、税を納めるために収穫したほとんどの作物を出荷しなければならない。
しかしそうすれば、自分たちの食料すらなくなる。
ベルメラの仲介で、ルーエ領よりアンバー商会を経て市場価格よりも幾らか安い小麦を出荷していた。
その一部が、毎度都合よく賊に襲われているという。
「清廉な彼女に知らせる必要はない。ただ結果だけお伝えしなさい。あの方の華奢な肩では、荷が重すぎる」
そしてシドファラヌには大方の予想はついたが、表立って糾弾することはない。
なにせ、令嬢に言うこともなく小麦のルートを通じて己の配下を北方に放っていたのだ。
「ふふ。『平和』という願いだけでは、人はまとまらぬか」
「わりぃ顔してんな」
「まさか」
その顔は、どこか楽し気な笑みを浮かべていた。
◇
アドルファスを見送り、用意されていた茶を啜っていると扉より高い音が鳴った。
「どうぞ」
静かに開けられたそこには、
「おや、ルジール殿」
先ほど席を共にした者が、力なく立っていた。
「? どうぞ中へ」
動く気配のない騎士を、シドファラヌはやんわりと誘った。
失礼する、と一歩だけ踏み入ればそのまま話し出した。
「……ルーエ卿、さきほどは」
「あぁ、すまない。つい、夜通しの移動で眠気が」
「そ、そうではなく──」
「なに。この通り不調はありませんゆえ。ご心配には及ばぬ」
「……ありがとう、ございます」
とぼけた様子に、ルジールは折れるしかなかった。
それ以上言葉を紡ぐわけでもなく、所在無げな視線を漂わせた。
「まだ、なにか?」
はて、とわざとらしく小首を傾げれば思い至る。
「メナール殿のことですかな?」
「! いえ、そういうわけでは……」
ぎくりとでもいいそうなほど跳ねた肩が語る。
「なるほど。王都にいるのであれば活躍も耳に入りましょうが、辺境にいるのでは中々難しいもの。私の方でも気に掛けておきましょう」
「……いえ、卿のお手を煩わせることもない。失礼する」
礼は欠かさず、しかし慌てて去っていった騎士を見送った。
「ふむ」
なにやら一つ思案を巡らせると、シドファラヌは静かに茶を啜った。
長くなりました。




