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第五十話 その頃交易都市では② 【セレ視点】


 後ろに背負う幅広の大剣。

 ファディスの得物であるそれが、手を振る度にカチャリと揺れる。

 振り終えると桟橋から重い足音を響かせてファディスは近づいてきた。


「なんだ、こっちに居たのかよ」

「いちゃ悪いのかい?」

「シグルドが、あんたはルーエ村? に行ったっつーから昨日わざわざ行ったのによぉ。店に居なかったじゃねぇか。シグレの旦那も居なかったし」

「? ……あぁ、昨日は朝早くからベルメラの家に行ってたねぇ」


 ちらりと横を見れば、わたしとファディスの顔を見比べるベルメラ。


「あ、あの」

「……ん~~~~? なんだぁ、このキレイな女」

「ちょっ!?」


 ファディスは不意に腰をかがめて顔を近づけ、まじまじと見つめた。

 とっさにベルメラは後ずさる。


「こらこら、やめとくれ。あんたと違って人見知りなんだから」

「ひ、人見知り……!?」

「はーん? 護衛中か? そういや、従魔はどうした」

「父さんの手伝い中。そんでこちらはベルメラ、あんたが首に巻いてるやつの製作者」


 自分の頭に身に着けたものと色違い。

 ベルメラの刺繍が施されたバンダナを、ファディスは首に巻いていた。

 襟足だけ伸ばした黒髪が、黄色いそれをよく引き立たせている。


「あん? なんだよ、商売相手か」

「兼友人」

「ゆ、ゆうじん……っ!」


 さっきから表情がせわしない。

 まぁ、しかめっ面よりはマシか。


「ベルメラ、こちらはファディス。ルルサハン帝国の出身で、Aランク冒険者。あっちと行き来する兄さんの商船をよく護衛してくれるんだ。拠点はあっちだから、ベレゼンのことはそんな詳しくないよ」

「まぁ、帝国の」


 やや距離を取りつつも、わたしの知り合いだからか一定の体裁は保っている。


「初めまして、ベルメラと申しますわ」

「よぉ、よろしく。……にしても、ちと上品すぎやしねぇか?」


 言葉遣いもそうだが、ベルメラの服装は露出が限りなく少ない。

 貴族の令嬢ってのは人前で足を出すのも大事(おおごと)だと聞く。

 ファディスから見れば、そりゃぁ上品に映るだろう。


「あんまり失礼なことはしなさんな。一応、上流階級のご出身なんだから」

「へー? 姫さんってことか?」

「ひ、姫ではないですけれど……」


 たじたじといった様子でベルメラはなんとか笑顔で答える。


「ま、似たようなもんだろ。姫さんも、気軽にファディスって呼んでくれ」

「おっ、お姉さま……」


 あぁ、やっぱり。

 首が固まったかのようにゆっくりとわたしの方を見て、助けを求める。

 自分のペースだと堂々としているのに、他人のペースに持っていかれると途端に不安そうな顔をする。

 まぁそういうところが放っておけないんだけど。


「ほーら、びっくりさせないどくれよ」

「させてねぇっての」

「はいはい。あんたの長所は短所でもあるって、前から言ってるだろ?」

「あん? んなもん、冒険者やってりゃ日常茶飯事だろうよ」

「あんたの基準で話しなさんな」


 腕を組んで心底不思議そうにベルメラを見下ろす。

 うーん。

 ファディス自身は友好的に接しているつもりなんだろうけど、人によっては威圧的で馴れ馴れしい態度と思われても仕方ない。

 ベルメラは怯えとも苦手ともとれる作り笑いでなんとかやり過ごす。


「へぇへぇ。……ところで、あっちの情報は?」

「お、いいねぇ。なにかあるのかい?」

「そりゃぁ久しぶりに会うからな。シグルドから聞くならタダだろうが、ウチから聞くなら……」

「はいよ。飯代かね」

「あっはっは! 話がはえぇな。しかし残念、酒だ」

「また昼間っからあんたは……」


 もう慣れたやり取りだが、今日はベルメラも一緒。

 顔を伺いながら慎重に話を進める。


「というか、もう兄さんの船は出るんじゃないかい?」

「ウチはしばらく休み。荷積みは手伝い」

「へぇ? 珍しい」

「あっちも最近は、結構不安定なんだよな」

「てぇと?」

「こっからは有料」

「さすが」


 ベルメラは徐々に不安な表情になっている。

 食事に同席させてもいいものか……。


「お、お姉さま。わたくしも、帝国の情報は知りたいですわ」

「ん?」


 なるほど。

 そういうところは、しっかりしてるんだねぇ。

 情報こそ命。

 冒険者だろうがなんだろうが、それは変わらない。


 ただ、ファディスの食事の仕方を見てびっくりしないといいが……。


「姫さん、話がわかるなぁ」

「ひっ、姫ではありませんわ」

「堅いこと言うなって!」


 あぁ、ハラハラするよ……まったく。



 ◇



「──ぷはぁ! ったく、陸で飲む酒はうめぇなぁ!」


 あんぐり、と口を開けてファディスの飲みっぷりに驚きを隠さないベルメラ。

 ここに扇があるなら、貸してやりたいくらいだ。


 港の通り沿いにある屋台で買ったつまみを手に、外に設けられた食事スペースで飲食することになった。

 ファディスは片足を椅子に乗せ、肘をつき、酒の入ったグラスを一気に飲み干す。

 あまり村を離れないベルメラにとっては滅多に見ない光景だろうね。


「あんた、臨機応変って言葉、知ってるかい?」

「あん? 心配すんなよ。ウチくらいになりゃぁ、物理耐性が高いヤツなんてどうとでもできる」

「そうなんだけど、そうじゃないんだよねぇ」


 姫さん、と呼ぶ割には相手に合わせるわけでもない。

 自分をしっかり持っていると言えば聞こえはいいが。


「あ、あの……」

「心配すんな。海の男にだって飲み負けねぇぜ?」

「はぁ……」


 互いに思っていることを言葉にしなければこの二人、一生すれ違うに違いない。


「ベルメラはあんまり他の冒険者と組んだことがないんだ。びっくりさせないどくれ」

「ん? 冒険者なのか?」

「い、一応……そうですわ」

「Aランクだよ」

「マジかよ! へぇ~。人は見かけによらねぇって言うが、ほんとなんだな」

「あんたは見た目通りだけどねぇ」

「あっはっは!」


 海に出る男も多い港では目立たないものの、これが仮に街中のレストランであれば多少の視線が飛んでくる。

 ファディスはまさに、『豪快』な女性だ。


「で?」

「ん?」

「本題」

「あぁ。……まぁ、やっぱ。よくも悪くも、平和になりゃぁ私腹を肥やすヤツも現れるわな」

「ふーん?」

「お前らんトコのことだぞ?」

「と言いますと?」

「帝国は雨の降らない地域も多い。鉱石や塩なんかとこっちの食料を取引してるわけだが……ウチらが小麦の量を増やすよう言っても、応じないらしいな」

「小麦……」


 それはまた、タイムリーというのか。


「で、そっちの王妃はウチらんとこ出身だ。王妃の権威が弱まっているのか。……あるいは、別の何かか。ともかく、ウチらんとこの偉いやつらは色々勘ぐってるみたいだぜ」

「公式的には、なんて?」

「さぁ? ま、ここの倉庫を見りゃ分かる。塩だけであんなに倉庫が立ち並ぶんだ。交易は順調。資源も豊富だろうよ。利がないとかじゃねぇか?」

「そりゃ、まぁ」


 魔物災厄(スタンピード)が落ち着くということは、人々の生産活動も落ち着いているということ。

 確かに、今の時代は最も資源の豊富な時期であると言えるのかもしれない。


「小麦と言えば、ベルメラのところ。どうなったんだい?」

「それが、少し前卿に調査をお願いしているところでして」

「なんかあったのか?」

「ええと……」

「アンバー商会も噛んでる取引に、ちょっと穴があるっぽいんだよねぇ。まぁうちの手を離れた後のことだけど」

「ふーん?」

「陛下の直領地でもない限り、税率は領主にもよるからね。作物が多く採れたからと言って、領民がそのまま恩恵を受けるかっていうと……。その逆も然り、って話さ」

「大変なんだなぁ」

「そっちはそういうの、厳しいんだろう?」

「ちがいねぇ。皇帝が絶対だからな」

「どっちが良いってのはないんだろうけどねぇ。わたしら平民には難しいよ」


 貴族たちが全員国王の意志をそのままに統治に反映するのか。

 それとも、それぞれのやり方で治めるのか。


 結局は、その者によるとしか言えないんだろうけど。


「他は?」

「セレが喜ぶ話題なら……。そうだな、巨匠の新作とか?」

「いいねぇ」

「もしくは、従魔が好きそうな果物?」

「いいねぇ!」

「……」


 横目でベルメラを見れば、また一人で考え込んでいる。

 責任感が強いのはともかく、ちっとはわたしらに考えを共有してくれるといいんだけどねぇ。


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