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第四十八話 想定外の客③


 まずい。

 今、この瞬間においては一番聞こえてはならない声が聞こえた気がする。


「──あぁ?」


 アドルは椅子ごとグイッと上半身を後ろに反らして、テラス側の入り口に立つメナールを逆さに見た。


「二度は言わない。そこから足を──下してもらおうか」


 カチャリ。

 聞こえてはならない音まで聞こえる。


「あっ、あー! メナール。落ち着いて──」

『ピャーーーー!?』


 メナールが剣に手を掛けた瞬間、小瓶? のようなものが手から滑り落ちた。

 ツークが間一髪で転移して、半ば下敷きになるようキャッチ。

 ナイスだツーク。


「……その容姿、『魔法剣』か」

「! 私を知っているなら、話は早い。聞こえなかったとは言わせないぞ」


 まずいです。

 温厚なメナールだが、前にもこんな殺気を醸し出したことがある。

 いつもは本当に二十歳か? と思うほど冷静で落ち着いた雰囲気だが、ひとたび何かあれば別人かのように雰囲気が変わる。

 ある意味、そういうところは年相応と言えるのかもしれないが……。


「へぇ? 奇遇だな、オレも話が早い方が好きだ」


 今度はこっちまでベルトから鞘を外して手元に剣を寄せる。


「ちょ、ちょっと、君たち──」

「リシトさんは黙っていてください」

「おっさんは黙ってな」

「は、はい」


 負けた。

 若者の迫力に気圧された。

 情けないぞ、俺。


「貴殿はどこに足を置いているのか、理解しているのか?」

「あ?」


 アドルがゆっくりと椅子から身を起こして、メナールに向き合う。

 やはりというか、俺より背の高いメナールよりも、幾分か高い。


「んなもん、ただの机だろうが」

「貴殿にとってはそうでも、私にとってはそうではない」

「あぁ、そうかよ」


 あのメナールがものすごく饒舌だ……。


『あ、アニキィ……ッ』

「は、迫力が違うな……」


 肩に戻ってきたツークがプルプルと震えて俺にしがみつく。

 俺なんかが凄んだところで、こんなにピリッとした空気にはならないだろう。

 まさに一触即発といった感じだ。


「おキレイな『魔法剣』サマも、突っかかることがあるんだな。意外」

「安い挑発に乗る趣味はないが、……今日は乗ってやってもいいぞ」

「あわわ……」


 ど、どうしよう。


「ほ、ほらっ、メナール。彼は、事情を知らないから……」


 俺もメナールも、この大きな机に特別な想いを寄せていることは間違いない。

 それを知った上でのことならともかく、アドルは知らないんだ。

 ……たしかに行儀は悪かったが。


「……」

「だ、そうだが?」

「なるほど。腕に自信がないようだ」

「あぁ!?」

「ちょ、メナールさん!?」


 さっき安い挑発には乗らないって言いましたよね!?

 むしろ自分から挑発してません!?


「つーかお前、悠長にこんなトコ居ていいワケ?」

「?」

「今頃、あっちはどうなってるやら」

「何を──」

「ただいまである!!!!」


 危機を救ったのは、ツークが先生と崇めるハルガさん。

 メナールの後ろから、大声で帰還を告げる。

 それはもう、食堂内の雰囲気が一変するような張りのある声で。


「……」

「……」

「ちょっとハルガさん、さすがに空気読みましょうよ……」

「ぬ?」

「……はぁ」

「……チッ」


 ハルガさんにすっかり毒気の抜かれた二人。

 ナイスタイミングでのご帰還だ。


「ふ、二人もお帰り」

「ただいまです」

「装備に異常はなかったである!」


 ハイケアまでは馬車で一時間ほどの距離感。

 メンテもすぐに終わったんだろう。

 にしても早い戻りだが。


「じゃぁな、おっさん。また来る」

「え? あ、あぁ。気を付けてな、アドル」


 ひらりと手を振りながら去っていくアドル。

 左に曲がっていったが……。


「あの者、アドルと言うのですか」

「この村の冒険者じゃないのか?」

「どうでしょう。私は見たことは……」

「僕も知らない人ですね」

「吾輩もであるなぁ」


 俺が知らないだけかと思ったが、メナールも知らないのか。

 ならAランクではなさそうだ。

 たまたま会ったことがないのか。

 それとも……騎士団関係者か?


「その」

「ん?」

「た、ただいま……です」

「お。お帰り」


 さっきはタイミングを逃したが、ようやくメナールにも言えたな。

 ただいま、か。

 ハルガさんもアビーも、メナールも。

 一緒に住んでいるわけじゃないが、自然とそう言ってくれる。

 なんか、いいもんだな。


「? どうされましたか」

「いや、なんでも」

「アビー殿、なにやら嬉しそうであるな?」

「え!? そ、そんなことは……。そっ、そうだ! メナールさん、アレ!」

「あれ?」


 なにやらアビーが慌ててメナールに話を振った。


「そうでした、リシトさん。お土産が」

『これですかねぃ?』


 ツークがキャッチして机に置いた小瓶を指さす。

 なぜかツークは小さい手で鼻を押さえている。


「それです。ツーク、先程はありがとう」

『ムンッ』


 メナールがお礼を言えば、ツークはドヤ顔で胸を張った。


「なんだ、これは?」

魚醤(ガルム)です」

「! へぇ、これが」


 やや黒っぽい液体、魚醤(ガルム)

 生の魚と大量の塩で作られる調味料。

 主に港町で造られ王都にもいくらかは流通しているが、数の少なさから他の調味料よりやや値が張る。

 存在は知っていたが、使ったことはないんだよな。


「もらっていいのか?」

「はい、もちろん!」

「ありがとう、三人とも。また料理の幅が広がるなぁ? ツーク」

『イエーイ!』

「その、また明日、伺っても?」

「昼か? あぁ、もちろん。何にしようか……ガルム焼き?」

『ガルム焼き!』

「楽しみです!」

「メナールさん嬉しそー」

「ガルム焼き……、きっと酒に合うである!」

「依頼前に飲んじゃダメでしょ」


 ガルム焼き……。

 うーん、けっこう香りが強そうだからハーブも入れたいよな。

 最近はメニューを考えるのも楽しい。



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