第四十七話 想定外の客②
「待たせた。……食べられるか?」
「……っ」
一人分の料理を持って、机に置く。
できたばかりのシチューを【鑑定】で見た限り、魔素は豊富だがそれらが結びついている様子はなかった。つまり、アビーが可能性を示唆した俺のもう一つのスキルは、料理を作る過程で発揮されているわけではない。
やはり、補助魔法を掛ける際に発揮される……で間違いないんだろう。
なんでその条件なのかはよく分からんが……俺が補助魔法にしか適性がないから、他に試しようもない。
料理にはなにを掛けたらいいか分からなかったから、とりあえず魔法効果上昇の【全知の王冠】を掛けておいた。
男は、一見するとさきほどよりは落ち着いているようだが、歯を食いしばって耐えているようにも思える。
『あわわ……』
「体、起こせるか? 無理なら──」
「っ、くっ……」
食べさせてやろうか迷っていると、腕でなんとか体を起こした。
「はぁ……はぁ……」
「む、無理はするなよ?」
汗がすごい。
額には目にかかるほど伸ばした前髪が張り付いている。
改めて彼を注意深く見ると、本当に整った顔立ちをしている。
メナールが王子様系というなら、彼は……野性的な美しさだ。
綺麗な黒髪は無造作に伸ばされていて、肩で切りそろえられたアビーよりも長い。
三つ編みを施した右の横髪が、突っ伏していたからか解けそうになっている。
彼が運ばれた料理を見つけると、その金色の瞳を見開いた。
「……、魔力?」
「な、なんか俺もよく分かってないんだが。俺は付与術師で、料理に補助魔法を掛けられるんだ。Aランクの回復術師曰く、魔力も一緒に付与してるんじゃないかと言われてな。補助魔法を魔力欠乏症中の君に掛けるわけにもいかないから……役に立てるかと思って、作ったんだ」
「魔力を……、付与……だと?」
瞳が零れるんじゃないかと心配になるほど驚く。
まぁ仮にこれがスキルの効果なら、補助魔法を掛けるときに発動するっていう……ずいぶん限定的だし変なスキルだよな。
あるいは俺が補助魔法以外にも適性があれば、また違ったんだろうか?
「……まさか、スキルか……?」
「と、とりあえず腹がいっぱいじゃないなら、食べてみてくれ。少しはマシになると思う」
『ドキドキ……』
ツークが固唾を飲んで見守る。
「……」
添えられたスプーンを手に取ってくれた。
どうやら食べる気になったようだ。
だが、未だ震える手では上手くいかない。
掬ってはこぼれ、掬ってはこぼれを繰り返すばかり。
「……」
「……?」
何かを言いたそうに俺をじっと見る。
口は噤むものの、その瞳は確実に何かを訴えている。
もしや。
「えっと、……食べさせた方がいいか?」
「……ふん」
不本意そうだが、そうした方がいいらしい。
『お、オレっちすらスプーンでアーンなんてありやせんのに……!?』
「手ではよく食べさせてるだろ」
『でっ、でも~~!』
口に手を当てあわあわしているツークを尻目に、彼からスプーンを受け取って赤茶色のシチューを掬う。
彼の目の前に運ぶと、興味深そうにじっと見つめた後口にした。
なんだか、親鳥になった気分だ……。
「……」
「口に合うか?」
口に含むとこれまた驚いた顔をして、俺の問いに答えるかのように目で催促した。
「……」
「ええと」
味はともかく、体調はどうなんだろうか。
心配だから教えて欲しいところ。
なおも無言で口をあっと開けて催促。
少なくとも味に問題はなさそうだ。
ツークも心配そうにシチューの周りでチョロチョロと左右に動き、彼の顔を覗き込む。
「──た、体調はどうだ?」
結局シチューを食べ終えるまで、彼は無言で食べ続けた。
それどころか器代わりのパンまでしっかり最後まで食べ終える。
口の端についたそれを舌でぺろりと拭う姿が、妙に色っぽい。
顔色を見る限りは、落ち着いているようだが……。
「おっさん、何者だ?」
「お、おっさ……。ただの付与術師だよ。最近はここの食堂を手伝っているんだが、一応冒険者だ」
「ふーん?」
確かに彼から見れば、俺はおっさん。
年齢はセレより少し上くらいだろうか?
間違いなく俺とは一回り以上違うだろう。
「俺はリシト、こっちの従魔はツーク。君は?」
「なんだ、おっさん。オレのことが気になるのか?」
「!? そ、そりゃぁ、道端でいきなり倒れそうになればなぁ」
頑なに体調のことを言わないのは……、あまり聞かれたくないことなんだろうか。
「名はアドル。スキルは加護系とだけ」
「アドルか。よろしく」
俺が手の内を明かしたからか、律儀にスキルまで教えてくれるとは。
腰に剣も携えているし冒険者だろうか。
ツークは気を利かせて空いたお皿を片してくれている。
「……で? オレに、なにをして欲しいんだ?」
「? いや、特には……」
「? おかしな奴だ。理由もなく人を助けるのか?」
「まぁ」
むしろ、そう深く理由なんて考えたこともないんだが。
この村でもたくさん助けてもらったし、珍しいことでもない気がする。
「そうか。……変なおっさんだな」
「アハハ……」
「だが、礼を言う」
「いや、体調が戻ったならよかったよ」
見た目の震えもないし、俺の料理で応急処置はできたようだ。
なるほど。こういう効果もあるわけか。
「いつもああなるのか?」
「いつもはこんなん、ならねぇよ。……ったく。あの女ぁ、急ぎの用押し付けやがって」
あの女……?
「いつもじゃないなら、いいんだ。魔力欠乏症のことは詳しくないが、くれぐれも気を付けてくれ」
「言われなくとも」
「そういえばギルドから出てきていたが……君も、ここを拠点にしている冒険者なのか?」
「……まぁ、そんなトコ」
「そうか」
やはりそうなのか。
ふむ……。
首に巻かれた包帯。腕の細やかな傷。どこか隙のない雰囲気。
完全に俺の主観だが、高位の冒険者なんだろうな。
「──おっと」
広場の仕掛け時計より鐘の音が三つ。
午後三時だ。
もうそんなに経っていたか。
「……はぁ」
ドンッと音を鳴らして、アドルが組んだ足をテーブルの上に乗せた。
「こらこら、やめなさい」
「ハッ、おっさん細けぇな」
「細かいっていうか……」
行儀もいいとは言えないし、それにこのテーブルは……。
「にしても、えらい冒険者の数が減ってねぇか?」
「みたいだな。俺は最近来たから、前の状況を知らないが。今この村に居るのは──」
「──そこから足を、下してもらおうか」




