第四十二話 酒宴にて
「──ほう! 蜂蜜酒であるか!」
「どれにしようか迷ったんだがな」
まるで貴族たちの富を表すかのような、黄金色に輝く液体。
蜂蜜と水から造られる蜂蜜酒は、俺の村でもよく飲まれていて広く普及している酒だ。
味としての甘さは造られる過程で薄くなるものの、そのうっとりとする甘い香りは健在。
ちょっとスパイスの効いたソースでグルートクロコを食べようと思ったから、甘めの香りがより食を進めるだろう。
「何を作りますか?」
『ムンッ』
メナールとツークはお手伝いモードに入る。
俺もエプロンを身に着けて、準備万端だ。
「メインはグルートクロコのフライ、スパイシーソース添えだな」
「おお……!」
「なにそれおいしそ」
「ほーう」
鳥っぽい肉だ。
フライにしても間違いなくうまいはず。
ただ、ジューシーさもありつつ、淡泊でもあるというなら……。
味にインパクトのあるソースを付けて食べる方がいいかと思ったのだ。
「ブイヨンの予備を作ったついでに、野菜のスープはもう用意してあるぞ」
「では、私は何をしましょうか!」
「ちょっと捌きづらいと思うから、一緒にやるか。ツークは火を見といてくれ」
「はい!」『ういッス!』
「じゃ、吾輩とアビー殿は声援でも送るとするである!」
「声援という名のサボりでしょ……」
「アハハ、ちょっと待っといてくれ」
カウンター席で俺たちの様子を見守る二人。
「メナール、俺のやり方を見といてくれ」
「はい!」
グルートクロコの腕っぽい部分。
鳥の部位で言えば、かぶり付いて食べるアノ部分とそっくりだ。
塩胡椒で焼いて食べてもうまそうだが、昼はステーキだったからな……。
太い骨には肉がしっかりと付いている。
俺はメナールに見えるよう、骨と肉を切り分けた。
上と下に切り込みを入れ、骨から肉を削ぐように包丁を入れる。
明らかに鳥よりも分厚い肉が取れた。
「白いのは……脂肪なのか」
『プニプニっとしてやすねぇ』
火元と俺の方を交互に見るツークは忙しそうだ。
「こんな感じで分けてくれるか」
「や、やってみます……!」
メナールが肉をやってくれている間に、ソース作りだ。
野菜用の包丁に持ち換えて、トマト、タマネギ、キュウリ、ニンニクを細かーく切り刻む。
ボウルにオリーブオイル、ライムの絞り汁、ワインビネガー、蜂蜜、塩胡椒、スパイス……今日は様子見で粉末のチリだけにしとくか。
細かく刻んだやつと全部混ぜ合わせて、味見。
「……うーん」
最初にニンニクのふわっとした香り。
チリの刺激と共にライムの爽やかさ。
トマトとワインビネガーで酸味も完璧。
「塩胡椒と蜂蜜が足りないかな」
量を調整したら、完成!
……間違いなく、酒が進む味だな。
「──できました!」
「お、ありがとう。じゃ、一口大に切ってくれるか?」
「はい!」
肉も準備できたようなので、小麦粉に水を溶いておく。
……そういえば、パンくずをまぶして焼き上げる方法もあるらしいな。
今度パン屋に行くことがあれば、聞いてみよう。
「オリーブオイルも入れておこう」
ツークが見守るコンロで、フライパンに入れて温めておく。
肉が少し浸かる程度でいいかな。
『しっっっかり見張りやす!』
「頼んだぞ」
ベルメラにもらったチーフがあるからか、どことなく勇猛果敢といった様子だ。
「こちらでどうでしょう?」
「おお、いいな。完璧だ」
ちょうどフォークで刺して、ひょいっと口に運べるサイズ。
ナイスだ。
「塩胡椒で下味つけて……」
小麦粉にくぐらせて、──あとは揚げるだけだ!
◇
「おー」
「さすがであるなぁ!」
葉物の野菜を敷いた皿に、こんがり揚がったグルートクロコの肉。
その上にスパイシーなソースをかけて、完成!
「香りもいいですね」
「だな」
『ウオオオオォォ! こりゃぁ、楽しみッス!』
いつものテーブルにて隣にアビー、メナールの横にハルガさんが座る。
すっかり見慣れた光景だ。
ツークは並べられた食器の真ん中にて、手を前へちょいちょいと動かす。
なんだか、「早く頂戴」と催促しているような動きだ。かわいい。
「じゃ、頂こうか」
みんなで目を閉じ祈りを捧げたあと、さっそく食す。
「──! 美味である!」
「アツアツの肉とさっぱりソース……合いまくりですね」
「思ったほど、臭みもないですね……美味しいです!」
「よかったよかった」
皆の様子を見守ってから、俺も口にする。
「……んっ! んまいな」
口に含むとピリッとしたソースが唇辺りを刺激する。
サクッとした表面を歯でこじ開けると、中には確かにジューシーな肉が。
クセもなく、ソースの香りがそのまま口の中に広がっていく。
次第に表面のサクサク感は失われるものの、タマネギとキュウリがいいアクセントでずーっと噛み応えが残る。
完璧。
──今だ!
「~~! くぅっ~~」
蜂蜜酒を口に注ぎ込むと、待ってましたとばかりにチリの辛味が再び踊りだす。
しかし甘い香りに包まれると、やがてなりを潜めて喉奥へと消えていく。
この組み合わせ、いくらでもいける気がする。
「至福とは、まさにこのこと!!」
「も~、ハルガさん飲み過ぎないでよね」
「アビーは要らないのか?」
「お酒は……、まだいいです」
『ったく、お子様ッスねぇ~』
「ツークもだろ」
『おおおおおオレっちは、大人ですぜぃ!?』
「前に一口で目を回したのは誰だったっけなぁ」
『タハー』
いくら大人とはいえ、得意不得意は誰にでもあるからな。
ツークにお酒は飲まさない方がいい。
「しっかし、メナール殿もラッキーであるなぁ」
「ん?」
「リシト殿と偶然こちらで再会したのであろう?」
「あぁ、そうだな」
「うむうむ、よきかな。幾つになろうとも、教えを乞うというのは貴重な経験である」
「それは……間違いではないが……」
「メナール殿はあれであるか? リシト殿を、兄のように思っているのではないか?」
「──ゴふッ」
ちょうど酒を飲もうとしたメナールが噴き出しそうになる。
「兄? いやいや、俺なんかよりよっぽどメナールの方がしっかりしてるよ」
対等……いや、そもそもランク的には先輩だからな。
「…………ハルガ」
「ワッハッハ!」
「も~、絡み酒? めんどーな酔い方はやめてくださいよ……」
兄……か。
メナールは冒険者として経験を重ねた今、自分の兄のことをどう思っているんだろうか。
未だ許せないでいるのか。それとも……。
「もう、家には帰らないのか?」
少しだけ、酒の力も借りて踏み込んだことを聞いてみる。
「……分かりません」
「ふむ。きっかけの一つもなければ、難しいであろうなぁ」
ハルガさんはメナールの事情を知ってるみたいだな。
「父はともかく。兄が……どう考えているのか。それすら、予想がつかないので」
「兄弟なのにか?」
「だからですよ。……たった一人の兄弟のことですら、分からないこともあるのです」
──あ、しまった。
「わ、悪い……」
「!? いっ、いえ。私の方こそ!
先日話したことで、ご心配をお掛けしてしまい……」
ついメナール相手だからと……、気が緩んでしまった。
そうだよな。
分かっていたら、こんなに苦労していない。
俺には兄弟がいないとはいえ、それくらいは気付けたものを。
いくら家族でも、……他人なんだよな。
分からないことがあっても不思議じゃない。
「あー……じれったいんですけどぉ~……」
メナールはメナールで、俺に気を遣わせたと思っているのか申し訳なさそうな顔をしている。
ここは俺が話題を変えねば……!
「そっ、そうだ! アビーのスキルは、【手当て】なんだよな?」
「──ゴフッ!?」
急に話を振られたからか、今度はアビーもむせてしまった。
「えっ、えぇ! まぁ、そういう感じですね~っ」
「魔力で体の状態が分かるって、不思議だよな」
「いや、ほんと! 不思議ですよね~アハハ」
妙にテンションが高いな……?
「むぅ……」
「あ、眠そうな人発見」
ハルガさんは食べながらも蜂蜜酒をおかわりしていたからか、瞼がとろーんとしている。
ずいぶん静かだなと思ったら、ツークも満腹なのかテーブルの端でうとうとしていた。
「……まぁ、僕はよく事情は知りませんけど。そういうこともあるんじゃないですか?」
「アビー」
「言葉や態度がほんとうに人の心を映す鏡であれば、苦労しませんよ。まして、同じ環境で育ってもまったく同じ人になるかと言えば、そうじゃありませんし。人が思い悩むことの多くは、『違い』からくるものでしょう」
「……そうだな」
自分と違うからこそ面白いともいえる。
そして逆も然り、だ。
「……でも、俺たちみたいに。まったく違う他人同士でしか共有できないことも……あるのかもな」
では、まったく違う環境で育ち、違った思考の持ち主たち。
それらが集まる場所とは……。
「驚きの連続! 新たな発見! 意外な共通点!
そして──ちょっとイラッとする……場所?」
「アハハ! なるほどな」
「新たな発見ですか……ふむ」
「ぐごー」
「あ、本格的に寝だした」
『違い』がもたらすものが……。
悩みではなく、面白さ。
それであると、きっといいんだろうな。
いつもご愛読、並びに感想やブックマーク、pt評価などありがとうございます。
少し日常回が続きます。




