第四十一話 勝負の行方
お盆期間は不規則更新になりそうです。
「──お、お帰り」
『お疲れッス~』
「ただいま戻りました」
ツークと夕飯の献立を考えたり、明日のメニューや買い出しのことを話し合っているとメナールたちが先に帰ってきた。
「ただいまです」
「戻ったのである!」
「アビーとハルガさんもお疲れ様」
「リシトさん、こちらをどうぞ」
「お」
木皿に大きな葉が二枚敷いてあり、その上に……ちょっと。
いや、かなり物騒な肉が置いてあった。
「解体屋も、すぐに対応してくれまして」
「え~っと」
白い透明感のある肉。部位で言えば、腕の部分だろうか?
どこか鳥系の肉に似ているものの。
おそらく手……? にあたる部分には鱗がしっかりと残っていて、ちょっと怖い。
手だけでこんなに大きいんだから、元の大きさはハルガさんをゆうに超えると思われる。
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【グルートクロコの肉】
【クセのない味】
【脂身もありジューシーだが、淡泊】
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グルートクロコか。
確かBランク、大食いのワニに似た魔物。
クセはなく脂があって、ジューシー。でも淡泊……?
あれか。鳥のササミに、ちょっとジューシーさもありますよって感じか?
なんとなく想像はできるが、食べてみないことにはな。
「ふむ……」
メインをどうするか。
「後ほど一度家に戻って、また来ようと思います」
「あぁ、疲れただろうしそうしてくれ」
後でってことは、ベルメラが帰るまでは待つのか。
本当に勝負のつもりなんだろうか。
「──戻ったよ」
「セレ。お帰り」
『兄さん方も、お帰りなせぇ!』
『ピッ!』
『わふ』
今度はセレたちが帰ってきた。
……その後ろに続くベルメラが、すごく重い雰囲気を纏っている。
「……」
メナールはいつもの席にて、ベルメラたちが店内に入るのを静かに待っている。
「どうした、ベルメラ」
「はぁ」
セレ、フゥ、ルゥは順番に入ってきたが、ベルメラのみ外で止まっている。
「悪いねぇ、リシト。魔物は討伐したんだけど、ちょっと色々あって。手土産はなくなったよ」
「いや、全然気にしなくていいんだが……」
むしろなんで勝負が始まったのかも分かっていない。
「──ベルメラ嬢」
「!」
気付けばメナールは、未だ立ち止まるベルメラの傍まで来ていた。
「……先ほどは、冷静さを欠いていた。非礼を詫びよう」
「なっ!」
ベルメラはまさかそんなことを言われるとは思っていなかったのか、驚いて言葉もでないようだ。
「は~、ベルメラにもその素直さを少しでも分けて欲しいよ」
「おっ、お姉さま……っ」
「いや。人が変わるというのは容易ではない。……まして、長く育った環境から離れればな。私にも覚えがある。先ほどは……私にも、非があったと言わざるを得ない状況だった。今回の勝負は、なかったことに」
淡々と言うメナールは、まるでそれが真実だと言わんばかりだ。
「メナールさんって、すんごい真面目……」
「さすがはメナール殿、真っ直ぐであるなぁ!」
討伐依頼を経てどんな心境の変化があったかは分からないが、なんだか丸く収まりそうだ。
うんうん。
子供の成長を見守る親というのは、こんな感覚なんだろうか。
俺もハルガさんも腕を組んで頷く。
『なんかわかんないッスけど、よかったですねぃアニキ!』
「だな」
「──そういえば、リシトさん」
「ん?」
今度はこちらへと振り返ったメナールは、思い出したように言った。
「相変わらず、素晴らしい補助魔法でした」
「役に立てたならよかったよ」
「ちょっ、ちょっと、やり過ぎな気も…………っ、いえ。なんでもありません」
「?」
ボソッと聞こえないように何か言ったようだが……。
まぁ、満足のいく結果が出せたならよかった。
「────っ、リシト!」
「は、はいっ」
メナールの奥から、突然叫んだベルメラ。
迫力に気圧され、思わず敬語になる。
つかつかとブーツの底を鳴らして目の前まで来ると、意を決した表情で真っ直ぐ俺を見た。
「……せっ、先日は! ご、ご迷惑を……お掛けしましたわ。その、色々と……あ、ありがとう……」
段々と目を逸らしながらも、言いたいことは充分に伝わった。
正直驚いた。
もしかするとメナールの影響なんだろうか。
「……いや、無事ならいいんだ。──そうだ! 今日は怪我してないか?」
「!? ま、またわたくしのことばかり……!?」
「あー、まぁ。年齢的にも、職的にも、そういう役割が多くてな」
「……それがリシトにとっての、当たり前……なのですわね」
見間違いかと思ったが。
やんわりとした、どこか呆れたような笑み。
初めてベルメラが笑顔を見せた。
「お、初めて笑ったところを見たな」
「~っ!?」
余裕がないと人は笑えないはずだ。
理由は分からないが……ベルメラはきっと、村に尽くしたいと思うあまりずっと気を張っていたんじゃないかと思う。
「かっ、帰りますっ!!」
「えぇ……? き、気を付けてな」
ふんっ、と顔を逸らして帰っていくベルメラ。
「まったく。ベルメラ嬢は……」
「メナールはどっちかというと、はにかんでるよな」
「!?」
「あー、とばっちりキタ」
「確かにリシト殿と一緒にいると、表情が柔らかくなる気がするであるなぁ」
「んんっ! と、とにかく。私たちは一度、家に戻ってまた来ます!」
「逃げた」
「ワッハッハ!」
メナールご一行も帰っていく。
この場には俺とツーク、それからセレと彼女の従魔だけが残った。
「リシト」
「うん?」
どこか普段とは違う表情でセレは言う。
「……ベルメラに必要なのは、きっと……甘えられる環境なんだろうね。幼い頃から自立心の強い子だったから……おそらく、甘え方も知らない。わたしらが懐に入れてやるしかないと思うよ」
「……そうか」
貴族のことは何も分からないが、きっと色々な制約の中頑張ってきたんだろう。
ベルメラの一生懸命さと、どこか危うげな雰囲気からも伝わる。
強いのに、脆い。
そんな印象だ。
「でも」
「なんだい?」
「一つでもブレない何かがあるって……、すごいよな」
「……あぁ、そうだね」
ベルメラはきっと村への想い。
そしてメナール。
彼は幼い頃から祖父の英雄譚に憧れを抱き、剣の道を志した。
それが理不尽に閉ざされたというのに。
彼は今でも、その剣を冒険者として人々を守るために振るう。
本来理不尽に立ち向かう術を教わるはずの者から、その道を阻まれたというのに。
ベルメラにも、きっと貴族の……。
そういう、家のしがらみのような出来事があったんだろうな。
「すごいよ、ほんと」
比べてどうなるわけじゃないが、俺なんてまだまだだ。
俺が気落ちしたのかと思ったのか、ツークがペチペチと頬を撫でてくれる。
「──リシトは、どうなんだい? ブレない……芯のようなものは、あるのかい?」
「俺? ……そうだな」
他人のために、とは言うものの。
結局は、自分の席を守るため。
冒険者市場での自分の価値を、早々に見極めたが故のこと。
他人の役に立ちたいという心に偽りはないが、信念のようなものがあったかと言われると……自信はない。
でも、今は。
「具体的にこう、とは言えないが。ツークと村の人々、それから、みんな……冒険者たちの。ここで俺が役に立てているのだとしたら、やってきたことにも意味がある。そう思うよ」
積み重ねてきたものが、やっと固まった。
それまで欠片に思えてきたものが、巡り巡って自分の価値となる。
無駄ではなかった。
そう思えた今、どこかあやふやだった自分の存在が鮮明に見える気がする。
「そりゃぁ……、間違いないね。相変わらず補助魔法、よかったよ」
「そうか。ありがとう」
抱えているものを俺がどうにかできるかは分からないが。
ベルメラにも、メナールにも、みんなにも。
笑っていてほしい。
そう思える俺もきっと、王都に居た頃より心の余裕ができたんだろうな。




