第四十話③ 自分の価値【ベルメラ視点】
「はぁ……」
「そんなに落ち込むくらいなら、最初からやっとくれよ」
「だっ、だってお姉さま……」
「べつに、リシト相手に自分を強く見せる必要はないんじゃないのかい?」
「わ、分かっておりますけれど」
でも、それでは。
人に頼り、自分の弱さをさらけ出し。
上に立つ者としての威厳すらなく。
……それが、正しいのだとしたら。
これまでのわたくしを自分で否定してしまうのではないのかと。
そんなことはない、と皆は言うのでしょうけれど。
自分を守れるのはどこまでいっても自分だけなのですわ。
きっと彼らもわたくし以上の者が現れれば……。
「自分の居場所くらい……。今度こそ、自分で守りたいのですわ」
「ふーん? ……ま、何から守るのか知らないけど」
そう言うとお姉さまは先を行く。
『ピッピィ』
「おや、フゥ。どうだった?」
先行していたフゥが戻ってくると、お姉さまの肩に停まる。
『ピピ、ピィ』
「そうかい。ありがと」
急遽ギルドで討伐を引き受けたのは、ブラウンゴート。
茶色い毛が特徴の山羊に似た魔物で、土魔法をよく使う魔獣。
先日良質な土を求めて近隣の畑を荒らすばかりか、放牧された家畜をも襲う危険な個体が出たとのことで引き受けた。
ランクはDの依頼だけれど……。
ブラウンゴートの土魔法は思いのほか厄介で、ぜひ受けて欲しいとモリクに言われた。
まぁ、リシトの手土産としても最適でしょうし快諾。
「この先にいるってさ」
「では、気を引き締めませんとね」
「あぁ。ルゥも頼んだよ」
『オン!』
見事に艶やかな毛流れのルゥが応える。
「そうだった。──はい」
お姉さまは【収納】から、わたくしの杖を取り出した。
「あんたのスキルには、必要なさそうだけど」
「……形ある物というのは、どこか安心感があるものですわ」
「へー」
お姉さまは特段気にする様子もなく、すたすたと道を行く。
彼女の興味の対象は広い。
どんなことにも、どんな時でもそれは変わらない。
まして商人の娘ですもの。
仮に興味が薄れたとしても、損得で動ける方。
わたくしのスキルで耐火の刺繍を施せる限り、商品を扱う彼女が離れることはない。
わたくしはこの上なく、気兼ねなく接することができる。
もちろんそれらを抜きにしてもお優しい方。
心の内が分からなくたって信じられる要素が多くある。
では、リシトは?
メナール、ハルガ、アビケイン……。
わたくしは、彼らに何かをもたらすの?
優しくされたって、何も返せない。
廃嫡も同然のように家を飛び出して、貴族の子女としての価値もない。
スキルがどんなにすごくても、メナールやリシトのようにずっと戦いに身を置いてきたわけでもない。
冒険者としてですら、きっと遠く及ばない。
わたくしはただ、領のため、民のため、家のため。
他のためにと奔走してきただけなのに……。
まるでそれらが無意味であったかのような。
想いの強さなんて手段でしかなく、大事なのは目に見えるものだけ。
真面目に取り組んだことが愚かであるかのような。
……そんな場所から抜け出してもなお、何かに怯えている。
「はぁ」
自分を否定する材料ならたくさん出てくる。
まるで、自分で自分に価値がないと思い込んでしまうかのようだ。
「……いけませんわね」
とにもかくにも、戦闘中に気を抜くことだけはいけない。
再び気を引き締めて、フゥの案内に従って歩を進めた。
◇
「……デカくないかい?」
「……ですわね」
山羊に似た魔獣。
であれば、その大きさも同等と思うのがふつう。
目の前に現れたそれは、まるで岩のよう。
青から茶に変わる、ちょうど収穫前の小麦畑。
そこにズーンとど真ん中に居座っているのは、明らかに大きく育ちすぎたブラウンゴート。
主食は草。食後に土を食べるというから……ここが気に入ったのだろうか?
口を動かすばかりで動きそうにない。
「土を掘るために蹄が鋭いから、気を付けな」
「えぇ」
「──とりあえ、ず!」
【流星のような瞬き】の効果であまりに速く動いたお姉さまは、ブラウンゴートの目の前で跳躍し身を翻した。
『ピッ!』
フゥがお姉さまの肩から風魔法を繰り出すと、ようやくブラウンゴートは驚いて折っていた脚を伸ばした。
「動け動け」
畑の被害を抑えるために追い立てる。
お姉さまは腰に携えた短剣を取り出し、体へと斬り付けた。
「き、筋肉がすごいねぇ……」
表面にしか及ばない刃は、押し戻されたようだ。
「ベルメラ、ちょっと待っといてくれ」
「えぇ!」
ここで炎を放ってしまうと、畑に少なからず影響がでる。
ひとまず脇の道まで押し出す作戦。
「っ、と!」
食事を邪魔されたからか鼻息荒く憤慨したブラウンゴートが、お姉さまに土魔法を放つ。
細かな土の礫が次々に襲い、お姉さまはフゥと連携して墜とす。
「ルゥ!」
『ワォーン!』
影から無数の手のようなものが出てくる闇魔法を放つと、ブラウンゴートは途端に混乱した。
『~!?』
「ベルメラ! 気ぃ付けな!」
「!」
さっきまでの怠惰な様子が嘘のように、素早くこちらに向かってくる。
「っ!」
躍動感のある大きな肢体を寸でで避けると、左腕にチリッとした感覚が走った。
「! ……黒い、膜……?」
「強化かけといて、よかったねぇ」
駆ける前足の先が触れたかと思った場所には、肌に触れるか触れないかの場所に黒い膜が張られていた。
魔力の層。
おそらく、物理耐性向上の強化。
「わたしら補助魔法にはとんと縁遠いからねぇ。面白いよ」
音もなくそれらは消える。
「……」
「でも、これで──」
お姉さまの言う通り、畑の脇の道に飛び出したブラウンゴート。
とてもいい位置だ。
「炎よ──!!」
生活魔法とさして変わらない詠唱。
それだというのに、わたくしのスキルは巨大なブラウンゴートですら煌々とした炎で燃え上がらせた。
……。
燃え上がらせた?
「「…………あ」」
『ピ……』
『わふ……』
◇
「はぁ……」
「まぁ、今回はあれだよ。ベルメラは悪くないって」
「ついいつも通りやってしまいましたわ」
いつもから回る。
わたくしの性格上、これだと決めてただひたすらに前だけを向く。
もっと肩の力を抜いて、だとか。
もっと周りを見て、だとか。
分かっている。
分かっているのに……。いつも上手くいかない。
「あるがままを言えばいいさ。べつに、失敗したわけでもないんだ」
「失敗……」
そう。きっと、それが怖い。
真面目に取り組むだけでは結果は伴わない。
家族という、本来無償の協力を得られるはずの者たちに大切な夢を奪われたから。
……二十歳の今、ここまで過去も今をも客観視できている。
分かっていても心が伴わない。
今はただ、正解かも分からない道の上を不安に思いながら歩いているかのよう。
「でもさぁ」
「はい?」
「リシトはあんたが自分のために何かをしてくれた。その事実だけで、喜んでくれると思うよ」
「……そうでしょうか」
もしそうなのだとしたら。
まるで自分に価値がある。
そう錯覚してしまいそうで、それすらも怖い。




