第三十七話 マリネとメナール
「お、アビー。おはよう」
回復術師のアビケイン。
肩より少し上で切りそろえられた銀髪が綺麗な少年。
十八歳と本人は言っていたが、もう少し若く見える。
アビーは窓が開け放たれたテラス側から入ってきて、ぺこりと頭を下げた。
「看板、見たんですけど」
「あぁ。宿の主人にも許可を得たからな。手探りだけど、まずはやってみようかって。な、ツーク」
『ッス!』
「へぇ。いいと思います」
「一応開店は十一時からなんだが……なんか、食べていくか?」
「あー。今、メナールさんとハルガさん待ちなんで……とりあえず、あとで」
「そうか。立ち話もなんだし、座ってくれ」
「ども」
再びぺこりと頭を下げて、近くの席に座る。
と思えば早速鞄から本を取り出して、読み始めた。
『(……なんか、不思議なお人ですねぃ)』
ツークの言いたいことも分からんでもない。
訪ねてきたかと思えば、俺がいることも忘れて本の世界にすぐ飛び込んだ。
若いのにどこか落ち着いているし、独特な雰囲気もある。
見た目と中身のギャップというのか。
ツークとはまた違ったものを感じる。
だがどんな環境でも『自分』を持ち続けるというのは、こと戦闘においては大切。
状況に飲み込まれて冷静な判断ができないのは、上級者とは言えないだろう。
その点、アビーは若くしてAランクなんだなと再認識する。
「……」
「……」
『……』
紙の掠れる音と、タマネギを切る音だけが食堂を支配する。
黙々と読み進めるアビー。
黙々と手を動かす俺。
なぜか緊張した面持ちのツーク。
不思議だ。
よく分からない空気感。
……だが、嫌いじゃない。
◇
そんな状況が十五分ほど続いた後、変化は訪れた。
「──リシトさん」
「お、メナール。ハルガさんも」
「失礼するぞ!」
見れば、準備万端とでも言うように各々最小限遠出できる荷物を携えていた。
ツークは相変わらずハルガさんに目が釘付けだ。
「依頼か?」
「はい。討伐依頼を」
「そうか、気を付けてな」
「うむ! リシト殿も、どうやら一歩を踏み出した様子」
「しばらくは開店休業みたいなもんになりそうだがな」
「なにを言う! 吾輩たち、楽しみにしていたのである! なぁ、メナール殿?」
「それはもう! 私にも、ぜひお手伝いをさせてください!」
「えぇ?」
友人として一緒に飯を作るのはもちろんいいが……。
営業中に手伝ってもらうのは、どうなんだろう。
ちゃんと給料払えるだろうか。
もし他の冒険者が来るようになったら、かなり驚かれるんじゃないだろうか。
「メナールさん、あなた自分がAランクってこと分かってます?」
ナイスだアビー。
「し、しかし……」
「そうだ。今はまだ開店前だし、一緒に作るか?」
これなら問題ないだろう。
「! は、はいっ」
そう言えば、とても嬉しそうな顔を見せる。
やっぱりメナールは料理の話をすると、どこか年相応な顔に戻るんだよな。
なんでだろう。
「じゃ、トマト切ってもらおうか」
作業台の上にまな板をもう一つ横に並べて、新鮮なトマトを五個並べた。
手招きするとメナールはいそいそといつもの席に荷物を置いて、袖を捲し上げる。
「……なんか、メナールさんってリシトさんの前だと嬉しそうですよね」
「ハッハッハ! まぁ、メナール殿も若くから家を出た苦労人であるからなぁ」
「?」
「剣技はもとより、他人に教えを受ける機会もそうなかったであろう」
「……はぁ」
◇
「こんなもんかな」
薄くスライスしたタマネギ。
メナールに一口大に切ってもらったトマト。
村の人から買う時に思ったが、この村で採れる野菜は魔素がどれも豊富だった。
土地柄、なんだろうか。
「メナールもありがとな」
「いえっ」
「じゃ、これを」
白ワインビネガーを小指にちょっとだけ出して、舐めてみる。
うん。さっぱりしてるな。
塩とオリーブオイルだけで和えても充分うまそうだが……。
もう一つ、味か香りの濃いアクセントがあってもいいか?
うーん。
チーズか、ハーブか。
両方作ってもいいが、これは完全に好みの問題だよな。
……迷う。
「メナール」
「は、はい」
「ちょっと舐めてみてくれ」
「?」
メナールにも小指の先に、ほんのちょっとワインビネガーを出してやる。
「……! さっぱり、ですけど。やはりワインの風味が」
「だよな。今、これとオリーブオイル、塩。それからもう一個入れようかなと思うんだが……。チーズかハーブ、どっちがいいと思う?」
「チーズとハーブ、ですか?」
ふむ。と真剣に悩みだすメナール。
「どっちもうまいのは間違いないから、好きな方でいいぞ」
「……そうですね。野菜が瑞々しいですから、口をさっぱりさせるということでしたらハーブがいいです。もしパンがあるのでしたら、チーズもいいですが」
「パンか。そういや、切れてたな」
肉屋にパン屋。
まだまだ買いたい物がいっぱいだ。
「じゃ、ハーブにするか」
「はい!」
『なにがありやしたかねぇ~』
話を聞いて戻ってきたツークが、尻尾を立てながら【収納】内を探る。
アビーとハルガさんは席で雑談中だ。
『えーっと、タイム~、セージ~、それから──』
「──失礼いたしますわ!!」




