第三十四話 宿の主人
「お、おお……」
『ほえ~~。でかいッスねぇ……』
翌日、ハンナさんと共に騎士団の砦へ。
村の広場北東。
宿から見て、東側に伸びる道をずっと進むと次第にゆるやかな丘を登ることになる。
道なりに進めば道中見回りの騎士、砦と村を行き来する村人らとすれ違い……とうとう目的地へ着いた。
……ら、その規模のデカさに圧倒された。
広い。
左右に首を振っても、その全貌が分からない。
ツークに至っては俺の肩で背伸びをしている。
「ルーエ城だよ」
まさしく居住地であり砦でもある、と言ったところ。
城塞というのか?
メナールやセレとこっち側に来た時に、遠目ではなんとなく見えていたが。
ここまでとはな。
ややオレンジ色に染まった壁が物見の塔を繋ぐようにぐるりと囲み、中の居城を守っている。
遠目に見て一番目立つ建物は、屋敷や王城のような優美さはなく石造りの堅牢な建物。
物見の塔より高いそれ。
屋上にはさらに小窓のついた小さな塔が建っている。
次に目立つ建物は……辺境伯の居城なんだろうか?
やや飾り窓のような遊び心もあり、ちょっと豪華な気はする。
なんにせよ、村の広場は余裕ですっぽり入る規模。
それよりもっとでかい。
まるでもう一つの村だ。
「ほら、行くよ」
「あ、あぁ」
『ウイッス』
ツークと二人で口を開けていると、ハンナさんに呼ばれる。
ちょっと緊張してきたな……。
ハンナさんに誘導されたのは、正門ではなく北側に回り込んだ先にある門だった。
働く者用の出入り口なんだろうか?
見れば門番が二人立っていた。
「──おや、ハンナさん」
「いつもご苦労様ですよっと。主人に、荷物を頼まれたんだがねぇ」
「あぁ、荷だけ検めさせてくれ」
ハンナさんが慣れた様子で鞄から布袋を取り出した。
旦那さんが料理に使う道具が入っているらしい。
「──よし、いいだろう。……? そちらは?」
「俺はリシト、冒険者だ」
「料理が得意らしくてねぇ。食堂、手伝ってもらおうかって。主人に話すところさ」
「おお、それはいい! 冒険者たちは困っているだろう」
「おれ達だけうまい飯を食ってるわけにもいかんからなぁ」
「はいはい、どうもねぇ。さ、通してもらうよ」
「あぁ、どうぞ」
すんなり門を通された俺たち。
俺たちの荷物はよかったのか?
あるいは顔見知りだから形式的なものだったか。
まぁツークがいるから傍目には荷物は見えない。
ツークと一緒に軽く頭を下げ、外壁内部へと踏み込む。
「お、おおおお」
『中はもっとやばいッスねぇ!』
門のアーチをくぐれば、そのまま続く石畳の道とは別に植栽の植えられた中庭のような場所が広がっていた。
「ここは下城だよ。内部へ行くには一旦ここを経由するんだ」
「へぇ」
確かに見渡せば、作業場や倉庫、厩舎のような施設が目に入る。
どちらかと言えば、騎士たちを支える者たちの場所のようだ。
外から見えた大きな建物は、まだ先にある。
想像以上に広いのかもしれない。
「残念だったねぇ」
「ん?」
「大食堂は中城にあるんだけど、今日のあたしたちの目的地はここ。先には入れないよ」
「アハハ……、まぁ。だよな」
『ソンナー!?』
こんなに広い敷地。
好奇心の赴くままに探検したいのは山々だが、かと言って騎士でもないやつが中心部をうろつくのはな……。
「ほら、あそこ」
ハンナさんが指さした方には、……三つの像?
「グランドマスターの像。先代までのがあるね」
ってことは、代々この辺りを守ってきたのか。
それとも別の場所から移ってきたのか。
なんにせよ、こんな像を設けてもらえるんだから慕われてるんだろうな。
「あ、いたいた」
俺がキョロキョロと辺りを見回している間に、ハンナさんは探し人を見つけた。
外でなにやら作業をしている人物。
「──お、ハンナ。……と?」
「初めまして。俺はリシト、冒険者だ」
「冒険者……? っとオレはグレッグ、よろしく」
ハンナさんと同じくらい……、俺より一回り上くらいの年齢。
白髪混じりの黒髪をキュッと一つに結んだ、背の高い男性だった。
グレッグさんと握手を交わすと、ハンナさんは俺が同行した経緯を簡単に説明してくれた。
「……はぁ~、そんな物好きな冒険者もいるもんなんだなぁ」
「いや、俺も料理が好きなんだと再認識したもので。冒険者向けなら、なんとか」
「あぁ、いや。ほら、その……飯バフ? 都市部でやれば儲かるだろってことだ」
『それは間違いねぇッス!』
そうだな。
冒険者の数から言っても、その通りだ。
「……いえ、俺はあの村の役に立てればと思っただけで」
ツークは明らかに目を金貨にして話していたが、食堂のことを知る前からルーエ村を目的地としていた。
村の状況や食堂のことを知って、より村の役に立てればいいと思えた。
「金は大事だが……、それだけじゃないんだ」
うまくは言えないけど、仲間のためにと思い培った自分の特技。
金は本業の冒険者で稼いできた俺にとっては、今一つそこは結びつかなかった。
仲間、……作りたいと思う相手がいるからこそ、作ってきたというのか。
役に立ちたいと思う気持ちを大事にしたいというのか。
「その、もしよければだが……」
あれだけ言いたいことを考えてきたのに、いざグレッグさんを前にすると何も言葉にならない。
大事な食堂を、赤の他人に任せるなんてふつうはあり得ない。
納得してもらえるようにと色々と小手先の理由を考えてきたものの、出てくる言葉は飾らないものばかりだ。
「大切な場所を人に託すのは難しいと思う。……だが、村のためにも、ぜひ俺にあの場所を使わせてはくれないか?」
正しい言葉なのかも分からないが、熱くなる胸から自然と出たのはこんな言葉だった。
言うと同時に頭を下げる。
「…………」
やっぱ唐突だし、だ、だめ……だよな?
「あんた」
「……ん? あ、いや。リシト、楽にしてくれ」
「っ」
元の姿勢に戻すと、グレッグさんは複雑な表情をしていた。
嬉しいけど困っている。
そんな様子だ。
「……村に縁も所縁もない冒険者が、ねぇ。その気持ちは嬉しいわな。無下にできねぇ」
「じゃ、じゃぁ──」
「リシト」
「?」
ちょいちょいと手で招かれるので、彼の傍までいくと耳元に口を寄せた。
ツークも聞き耳を立てる。
「(オレはしばらく戻れないと思うんだが、平気か?
……ここだけの話、前の料理人は処分されたんだ)」
「『!?』」




